世話

「まったく、毎回毎回無茶な戦いをしおって」




「すみません、あれしか思いつかなかったので……」




 戦いが終わり、一先ず怪我の手当をしたジークはミゲルの元へと向かう。右足が動かないので時間がかかったが、後回しにする訳にはいかない。




「この人、生きてるんですかね」




「ああ、薄いとはいえ充纏していたからな。まあ、すぐに起きるとは思えんが……」




 黒焦げになったミゲルはまだ生きているらしく、ジークは迷った末、右足を折った。




「……お主、容赦無いのう……」




「一応ですよ。縄くらいじゃ引き千切っちゃうかもしれませんし、師匠の予想も外れることがありますからね」




「……言う様になったではないか」




 そして傍に落ちていた剣を拾い上げ、謎の文字を興味深そうに眺める。




「結局これは何だったんですか?魔法の様に見えましたが……」




「それは、魔法では無い。……恐らく、魔術。魔王やその配下が使う、魔法とは理論が違う技だ」




 魔王が使う転生の魔術の様に、魔法では成し得ない、現象を超えた結果を齎す技。




「魔術とはその者の魂に刻まれるものだ。だがこれは剣に刻まれていて、わしの知る魔術より威力や効果遥かに小さい。わしが眠っていた数百年に何かがあったのだろうが……」




 イルマは不安に思うが、少なくとも人間の技術になっているのなら喜ばしいことだ。魔法が廃れ、戦える者がいないのでは魔王に対抗できないかもしれないと考えていたが、杞憂だったようだ。




「とりあえずその剣はお主が持っておけ。使えるかは分からんが、その辺に捨てる訳にはいかん」




 これは泥棒ではないかと考え手が止まるが、村の人達に渡しても良いことにはならないだろうとも考え、適当な布に包んで杖代わりにした。




 そしてこの他に憂いは無いかと周りを見渡し確認すると、腕や手を砕かれた者はここから逃げ出していた。全員捕まえるつもりだったジークは、やはり足も潰しておくべきだったかと肩を落とすが、それより重要な事がある。




「カティさん!どこにいますか、助けに来ました!」




 周囲にはいないのでどこかに監禁されているのだろうと考え、全ての方向へ叫び、返事を聞くため聴力を強化する。


 すると鳥の声に混ざって女性の声が遠くから聞こえてきた。


 声を上げながら、聞こえてきた方へ近づいていくといくつかの天幕が張ってある場所に着く。




「ここです!動けないんです、助けてください!」




 一番奥の一回り大きい天幕から声が聞こえ、ジークはすぐに向かい声をかけながら天幕を開けると、髪の長い茶髪の奇麗な女性が手足を縛られた状態で横たわっていた。




「ああ、ありがとうございます!見ての通り手足を縛られてて……って子供……?」




「いや、ぼくはもうすぐ成人で……」




「もうすぐ成人ってことは、まだ子供ってことじゃない!駄目よ、私の事はいいから早く逃げなさい!あいつらが戻って来ちゃう!」




 ジークは思っていた展開と違うのと、子ども扱いされたことに肩を落とすが、とにかく縄を解く。




「山賊達はぼくがやっつけたので、もう大丈夫です」




「やっつけたって、何を言ってるの!というかあなた、左腕と右足を怪我してるじゃない!あいつらにやられたのね。……いい?縄を解いたらあなたは逃げなさい。私が代わりにあいつらをメッタメタのギッタギタにしてやるんだから!」




 尚も騒ぐカティにうんざりしながら、縄を解いた。




(女性というのは、みんなこうなのかな……)




 口にはしなかったが、ジークの少ない経験から浮かんだ考えに憂鬱になる。




「ありがとう。あなたは逃げるのよ、ここは私が……『では行きましょう』ってちょっと!」




 もう疲れていたし、早く帰りたかったので無理矢理カティの手を握って連れ出し、来た道を戻っていく。最初は抵抗していたカティも、どれだけ引っ張っても動かないジークに観念して大人しく手を引かれた。周りをキョロキョロと見渡し、先程まで動いていた口は閉じ、握られた手は震えている。




 ジークは反省した。そして黙って手を強く握った。









「本当にみんな死んでる……」




 死んではいませんよと訂正し、なるべく山賊に近寄らないように間を抜けていく。




「この足じゃ今日中に村に着くことはできないと思います。食料や野宿に必要なものが入った僕の荷物があっちにあるので、それを持って麓に降りましょう」




「ね、ねえジーク。ここにいっぱい食べ物があるんだから、少し持って行った方がいいんじゃないかしら」




 確かに見渡せば、テーブルの上には肉や酒がまだ残っている。探せばパンや穀物も見つかるだろう。しかし……




「……ここにあるのは、あいつらがどこかから奪ってきた物です。ぼくはあいつらを倒しましたけど、だからと言ってぼくがここにある物を持って行って良い権利はありません。……カティさんにはその権利があると思いますけど……」




「そう……そうね、でもやっぱりいいわ。よく考えたら重い荷物を持って帰れないから」




 カティはジークの手を両手で握って少し前を歩く。本当は肩を支えてあげたいが、ジークの方が肩の位置が低く上手くいかなかった。もどかしい気持ちと、説明できない込み上げてくる気持ちが混在した。




「ね、ねえ……ジーク……何で私を助けてくれたの……?」




 ジークは困った。殆ど成り行きで、一時はカティのことは忘れてさえいた。しかし先程の反省もあり、そのまま伝えるのは拙い。迷った末に、無難な回答をすることにした。




「ぼくは旅をしているのですが、その時に大切な人から、人を助けなさいと言われたんです。ただそれだけですよ」




「旅……そう……大切な人……そう……」




 カティは顔を伏せてしまった。




(何か悪いことを言っちゃったかな……?)




 イルマは何かを言おうとして、止めた。




 そのうちジークの荷物の元へ着き、ジークが背負おうとするのを阻止してカティが背負って、山を下りていく。木々の間隔が広く傾斜が緩いので、ゆっくりではありつつも何とか下りていくことができた。カティはその間、ずっとジークの手を握っていた。









 途中で暗くなったので、二人は薪を集め夜を明かすことにした。食事はパンと燻した肉で、ジークはテーブルに乗った肉が一瞬過ったがすぐに頭を振った。対してカティは嬉しそうに食べる。それどころかジークの左手が使えないことを理由に、パンや肉を千切って食べさせようとまでしてくる。




「あの、大丈夫ですから!右手は使えますし」




「駄目よ、ジークは怪我人なんだから!はい、口を開けて?」




 渋々雛鳥のように口を開けて、パンが運ばれてくるのを待つ。こんな経験、小さいころに風邪を引いて以来だなと懐かしみながら、楽し気な笑みを浮かべているカティを見た。




 親鳥はパンを与え終えると、満足した様に頷き、




「さあ、そろそろ寝ましょう。毛布は……一つね」




 ジークに断りを入れてから背嚢を探り、毛布を取り出す。




「はい、なのでそれはカティさんが……『二人だとちょっと小さいけど、仕方ないわね』……え?」




 気づけばジークは、カティ毛布に包まれていた。




「……え?」




「ジーク、最初は山賊をやっつけたなんて信じてなかったけど、あなたって本当に強いのね。私、結構力があるのに全然びくともしなかったんだもの。驚いたわ」




「あ、ありがとうございます。だけどそうじゃなくって……」




「だから一人で旅をしているのね。なら、私はあなたの背中を押したその大切な人に感謝しなくちゃいけないわね」




「そ、そうですか?きっと喜ぶと思いますが……」




「本当?それなら私も嬉しいわ。……話が長くなっちゃった。今日は疲れたし、早く寝ましょう」




「そう、そうですね。早く寝ましょう……」




 何かおかしい気もするが、疲労が限界に達し、胃に食べ物が入ったジークは考えることができない。




「おやすみなさい、ジーク」




 いつもより暖かく、柔らかい寝心地にジークの心は溶けていった。

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