紫電2
ジークの体に電撃が走る。体の内側が焼ける様に熱く、動きが阻害される。
(なんだ!?あ、熱い……!それに、動けない……!!)
「じゃあなクソガキ。次はもっと強え奴を寄越すんだな」
ミゲルはジークの首元に剣を振り下ろし、
「ジーク!!」
「う、ううおおおおッ!!!!」
ザンと肉が切れる音がして、
剣は、左腕の半ばまで食い込み止まった。
「おいおいマジかよ。あそこから動けるか普通……」
ジークは魔力を全開にして左腕に集中させることで無理矢理動かし、盾として構え一命は取り留めた。しかし……
「だがこのままもう一度浴びせれば……ッ」
ミゲルは何かに気づき、絶好の機会を捨てて後方へ距離を取った。
ジークの右手は今空を掴んでおり、そこはつい先程までミゲルの剣を持つ手があった所だった。
「雷で動けなくなっても、お前の手を握り潰すくらいのことはできるぞ……」
ジークはミゲルの目を強く睨み、魔力を漲らせる。だが、これは虚勢だ。紫電に打たれた上に左腕の創傷もあり、満身創痍とはいかないまでも相当な痛手だ。左腕の傷は血が溢れ、ボタボタと流れ落ちる。しかし、まだ負けた訳では無い。
「いいか、目を離すなよ。奴が魔術……雷を使う時、必ず剣身に魔力を通す。しかし今は剣に近づくなよ。雷の射程距離がどの程度か分からん」
「はい、少し様子を見たいと思います。あと左腕ですが、動きはしますが使い物になるかと言うと……」
「そうか……服を千切って巻いておけ。何もないよりましだ」
ジークは言われた通りに服の裾を細長く千切り、左腕に巻く。
「あと、師匠……すみませんでした……」
イルマはこの戦いの直前にも忠告をしていたが、ジークは聞く耳を持たず、結局これだけの被害を受けた。
「良い、だが村長の娘を助けるということを忘れるなよ」
しかしイルマはあっさり許し、そして目的をはっきりさせた。ミゲルを倒して終わりでは無く、娘を助けるのが重要だと。
ジークの怒りのツボが未だに分からないイルマだが、行動原理において負の感情が優先されるのは良くないと経験的に分かっているからそう誘導した。
「一人で作戦会議とは変わった趣味してるな。いい案は思いついたか?」
追撃をするでもなく、距離を開け軽口を叩く。雷が効いていることは分かっているだろうに、何故追撃に来ないのかジークは疑問に思うが、時間を稼げるならと軽口に乗っかる。
「ああ、お前を倒す案が思いついたよ。その雷の弱点もな」
「……下手くそなハッタリほど寒い物はねえな」
「……ジーク、時には黙っていた方が良い場合もある」
「……」
ジークは黙ってしまうが、同時に気合も入れた。
(とにかく!あの雷は何度も食らえない。射程距離や予備動作を把握しなくては……!)
ジークは拳を構え、ミゲルは剣を構えた。
二本目が、開始される。
まず動き出したのはジーク。様子を見ると言っても受けに回るわけではない。
周囲を走り、山賊が落とした剣をいくつか拾って投げつける。しかし豪速で飛ぶ剣をミゲルは難なく弾き返す、だがそこまでは読み通り。投げると同時に走り出すことで、剣の降り終わりに懐に入ることができる。
魔力を籠めた右手を振りぬく……
「ガキィ!お前のやることなんざ丸分かりなんだよッ!」
右に振った剣から既に左手を離しており、ジークの右手を受け止めると、ミゲルの充纏は堅く、バシィと派手な音が鳴っただけだった。
「……」
剣が迫ってくるので右手を素早く引っ込め余裕を持って後退すると、今度は逆にミゲルが距離を詰め袈裟切りから左一文字の連撃を繰り出す。ジークは紙一重に避けるわけにはいかず、大げさに回避して何とか後方へ跳んだ。
(彼奴、中々雷を使わんな。手の内を見せたくないか、回数に制限があるか……だが少なくとも先程までの距離なら警戒していれば見てから避けられるはず。最初に雷を使った時、わざと剣をギリギリで避けさせたのがその証拠じゃ)
(さっきぼくの攻撃を受け止めた時、ぼくの手を掴もうとすらしなかったのは何故だ?手を掴んでいれば直接雷を当てられたかもしれないのに…………雷……?)
(あのガキ、一向に魔術を使わねえ。……まさか知らないのか?俺の紫電にあっさり引っかかったり、最初の一撃もさっきの攻撃も絶好の機会だったのに使わなかったのは、魔術を知らないから…………そんなことがあり得るのか?……いや、俺みたいな奴がいればあり得るか……なら、弱・点・もまだ知らないはず……)
三者三様に考えるが、情報戦において有利なのはジークだ。なぜなら……
「ジーク、剣を見ていれば雷には――」
「師匠、雷って――」
単純に情報処理速度が倍なのだから。
「……おしゃべりが好きだなあッ!」
ミゲルは素早く距離を詰め、剣の射程ギリギリでしかも大振りで切りつける。これは誘いだとジークは思い距離を離そうと跳んだ瞬間、
「ッ!」
ミゲルは腰の辺りに隠し持っていたナイフを投げつけ、空中にいるジークは避けきれず太腿に深々と刺さった。これはジークの有利だった素早さを大幅に減少させる致命的な一撃だ。慣性により後方へ跳ぶことは成功しているが、当然ミゲルはジークを追い、
「だが油断はしねえ!ここからでもお前を殺せるッ!」
剣の間合いの一歩外で剣に魔力を籠めると、剣はそれを吸い上げ、
(全力で防御を……!)
紫色の雷へと変えると、空を駆け弾けるような音を出してジークを襲う。
(グウゥ!!)
雷は全身ではなく、特に右足……太腿を集中して狙い打った。焼き鏝を押し付けられているかの様に熱く、自分の物では無いかの様に肉の内側が暴れまわる。
「……ほお、雷の性質を知っていたか」
ジークは右足に魔力を集めていた。しかしナイフへ流れた雷はそのまま右太腿を焼き、焦げた臭いを発して機動力を完全に失わせ、片膝をつかせた。
「だが動けねえだろ。なら……」
「ジーク!わしが合図する。ナイフを抜いて奴に投げろ!」
「これで終いだ」
ミゲルは剣先をジークに向け、魔力を移動させ、剣に籠めようと……
「今だッ!!」
太腿のナイフを掴んで投げる。瞬きにも満たない動作だったが、しかしこの程度の反撃は簡単に捌かれる、はずが……
ガキイィン
「……チッ」
ミゲルは慌てた様に弾き、剣を体の近くに寄せていた。
予想外の反応にジークは混乱するが……
「ジーク、復唱しろ。お前の雷の弱点、それは――」
「……お前の雷の弱点……それは、発動時に充纏が薄くなることだ……!」
ミゲルは何も答えない。
「消費量が大きいのか、魔力を籠めたら一気に吸い上げて充纏が疎かになっていたぞ……そしてもう一つの弱点、それは雷の性質」
ミゲルは少し眉根を寄せた。
「ぼくの手を掴まなかったのは、直ぐに弾かれて充纏の薄さに気づかれたくなかったというのもあるけど、掴んだままだと自分も雷に打たれるから、掴みたくても掴めなかった!」
ミゲルは一つ舌打ちをした後、声を張り上げる。
「…………それが分かったから何だって言うんだぁ!?お前はもう動けずッ!飛び道具も無くなったッ!状況は変わんねえんだよ!」
剣先を向け、魔力を移動させ始め……
「ジーク!」
「はい!」
左手に握りこんだ乾いた土を風に乗せてミゲルの顔へと投げつけ目潰しをし、
「クソッ!」
残った左足に魔力を籠め、一気にミゲルの懐へ飛びつく!……しかしミゲルはすぐさま膝で腹を蹴り上げ引きはがし、地面に倒した後、胸を右足で抑えて身動きを封じる。
土で汚れた目を擦りながら、ジークの胸をグリグリと踏みつける。
「バカがよぉ。目潰しをしたら、その後は密着しに来るって分かるじゃねえか。それしか俺の紫電を避ける方法が無いからな……」
「グッアアア!」
右足を何度も何度も踏みつけ、その度にジークは悲鳴を上げる。左手で抑えようとするが、碌に動かない手では何もできない。
「だが、この状況なら紫電を使う必要は無え。このままお前の首を切ればそれで終わりだ。……じゃあな、クソガキ」
剣を逆手に持ち、ジークの首へ振り下ろす――
「あ”あ”ッ!?」
――瞬間に、左膝の裏辺りに激痛を感じ、確認すると……
「ク、クソガキがああッ!」
ジークの右手にあったのはナイフ。それはミゲルの懐に飛びついた際、腰の後ろからくすねた物だった!
(自分の攻撃に利用するナイフが、一本しか無い訳がない!)
ジークは引き抜き、振り上げ、今度は踵へ突き刺そうとすると……
「クソッ!!」
ミゲルは慌てて後方へ跳び、しかし空中にいるミゲルの腹へと鋭く投げる!
カキイィン
だがナイフは腹へは届かず、高い金属音を出すだけで終わった。
「バカがッ!焦りやがって!」
(なんだ……?何故、今投げた)
ミゲルは勝ちを確信し、高揚する。と同時に何か分からない不気味さを感じる。
「自分から勝ち筋を捨てるとはなあッ!」
(これは……誘導されている……?)
熱くなる体と頭に、冷静な心は警告を発する。だが……
「ここから紫電を撃って終わりだッ!」
(いや、あり得ない。こいつは魔術を…………魔術……?)
剣先を向け、魔力を移動させる。剣に魔力を籠めると、体中の魔力を吸い上げ充纏が薄くなる。
(こいつが目潰しをした時、無風なのに土がまっすぐ飛んで来やがった……まさか、あれは…………ん?)
ミゲルを思考の海から引きずり出したのは、赤い布。
細長い赤い布の端が、剣先の近くに漂っている。
「雷の性質、それは近くの物や金属に流れやすいことと、水を伝って流れることだ。血液だって、水みたいなものだろ?」
ジークは何もつけていない左手を見せながら言った。
(包帯代わりにしていた布が無い……!)
ではあの赤い布の反対側はどこにあるか。
(こいつはさっき、左手で俺の右足を……!)
ミゲルは気づいた。だがもう遅い。
既に紫電は、発動している。
「クソガキがあああああ!!!!」
紫色の雷は、血に染まった道を伝い本人へと返って行った。
晴れた日の雷鳴は驚くものだが、この結果に驚きは無い。
「雷に打たれるなんて、バチがあったんだね」
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