紫電1

少し前、ジークはアドルフからこの村を襲った出来事を聞いていた。




 この村は元々平和で、豊かではないものの幸せに暮らしていた。しかし一月程前から山賊が現れ、この村を守ってやる代わりに食料を寄越せ、と言ってきたという。最初は渋々したがっていたが、要求はどんどん大きくなり始めた。当然反抗する者もいたが、そういった者達は全て殺されてしまった。そして昨日……




「わたしの娘が……カティが攫われてしまったのです!返してほしければ村の食料を渡せと! だが、言えるわけが無い……村を治める者として、わたしの娘の為に餓死をしてくれ等と言えるわけが無いッ!」




 アドルフは床に蹲ってまた泣き始めた。嗚咽を漏らし、打てる手は無い無力感に押しつぶされていた。自分の娘がもう戻ってくることは無いと理解していた。




「師匠、少し寄り道をしても良いでしょうか」




「……お主の旅だ。お主の好きにしろ」




 イルマは元々ジークがどんな決断をしようと止めるつもりは無かった。しかしジークの問いかけに答えようと目を見た時、一瞬たじろいでしまった。その目が何を映しているか分からない程に黒く染まっていたからだ。イルマは前にも見たその目が、とても怖かった。




 ジークはイルマの気も知らずに、アドルフの隣に膝をついて背中をさすった。泣く子を宥めたことはいくらでもある。年齢が大きく違くても、泣いているなら殆ど変わりない。アドルフは少しづつ落ち着きを取り戻していった。




「アドルフさん、山賊がどこから来てるか分かりますか?」




 アドルフは直前まで泣いていたのもあって何を聞かれているのか分からず一瞬呆けてしまった。




「ひ、東の方からということは分かっていますが、詳しい場所までは……」




「そうですか、方角さえ分かれば十分です」




 そう言って立ち上がり入口へと歩いていく。




「ま、待ちなさい!まさか山賊たちの元へ行くつもりですか!」




 ジークは立ち止ったが、返事も振り返りもしない。




「あなたは多少腕に覚えがあるのでしょうが、山賊達は何十人もいるし頭も恐ろしく強い!……わたしは、話を聞いてもらえるだけで嬉しかった。まだ若い旅人であるあなたが、この村の為に死ぬことなどないッ!」




 アドルフは声を荒げジークを止める。ジークの優しさを背中から染み入る様に理解していてからこそ、このまま行かせる訳には行かなかった。




 だがジークは決して振り返らずに答える。




「アドルフさん、心配してくれるんですね。……ならやっぱりぼくは行かなければならない。こんな優しい人から奪い、殺すような人間を許しておけない」




 歩き出すジークの背中を見て、アドルフはこの若人を止めることはできないと悟った。ならば、せめて……




「……山賊の頭は紫電のミゲルと呼ばれていました。不思議な術を使うと……」




 ジークは入り口を出たところで少し止まり、必ず連れて帰りますと告げてドアを閉めた。




 アドルフは家の外で強風が吹いた音を聞いた。










「……お前がミゲルだな」




 ジークは下っ端の後頭部から手を放し、髭面の男に指をさしてそう言った。この中で唯一座っている人間であり、テーブルの上も豪華なことからそうだろうと思った。




「て、てめえ!俺達が紫電山賊団だってわかってんだ――」




 髭面の男は小男を制し、ジークに答える。




「ああ、俺がミゲルだが。ガキが俺に何の用だ?」




「そうか……」




 ジークは一言答え、魔力を漲らせる。髪と目はどす黒く染まり、魔力は白く濁っている。




「俺を追ってきたんだろ?てめえ、どこの流派のも――」




 瞬き、ジークの拳がミゲルの顔面に突き刺さる。魔力を籠めた拳は重く鈍い音を鳴らしてミゲルを吹っ飛ばし、肉や酒をのせたテーブルを縦に割ってぶちまけた。




「お、お頭……?」




 小男は何が起こったのか分からず、オロオロしながら殴り飛ばされたミゲルを見る。しかしその表情は明るくなった。




「痛え……クソッ!鼻が折れちまったじゃねえか……」




 ミゲルは立ち上がる。ジークの一撃は確かに入ったが、意識を奪うことはできなかった。ミゲルの顔を見ればに覆われていた。




「おめえら、何してやがる!さっさとあのガキをぶっ殺せッ!」




 血だらけの鼻を抑えながら声を張り上げると、唖然としていた山賊達に殺気が漲り武器を手に取ってジークを囲んだ。




 だがジークは怯まない。むしろ殺気はジークの方が鋭いかもしれない。




「お前らは平気で奪い、殺す。魔獣以下の存在だ。……だが僕は殺さない。お前らは全員手足を折ってあの村に連れて行く。お前らを裁くのは、あの村の人達だ……!」




「訳の分かんねえこと言ってんじゃねえッ!」




 ジークの言葉など何も理解せず、まずジークの後ろの豪華な剣を持つ男が切りかかってきた。




 上段から力いっぱい振り下ろされる剣をジークは振り返らずに体をずらして避け、男の手首を掴んで握りつぶす。男は悲鳴を上げて膝をつく。




「う、うおおお!!」




 今度は左右から二人が同時に攻めてくる。しかし左から来た槍を掴んで止め、右から来た棍棒の柄を、拳で相手の指ごと粉砕し、慌てて槍を手放した男の足の甲に槍の石突で思い切り突くと、乾いた音が鳴って男は立っていられなくなった。




「アアアァ!!クソオオ!!!」




「痛え……指が、俺の指がぁ……!」




「ウッウッアア足がァァ……」




 あまりの光景にまた動けなくなった山賊達を見て、ジークは自分から仕掛ける。




 正面から時計回りに、外に渦を描くように高速で一人ずつぶちのめしていく。一人目は油断している隙に手首を手刀で折り、二人目は足を踏みぬいた。三人目も四人目も、武器を振り上げた者は腕を砕き、逃げようとした者は足を砕いた。




 骨が砕かれる音と苦痛に呻く声が徐々に近づいてくる恐怖に失禁する者もいたが、当然その男は腕を砕かれる。




 ジークが囲いから抜けるころには、痛みに堪えきれず悲鳴を上げる者と、痛みに耐えきれずうめき声を上げる者が不快な二重奏を奏でていた。





 そして残すは二人、ミゲルとその傍に駆け寄った小男のみだ。




「あーあー、俺のかわいい仲間達をこんなにしちゃってよお。どうしてくれんだあ?」




 ミゲルの出血は止まっていた。自分の仲間を犠牲にした時間稼ぎは、どうやら成功したようだ。




「これは落とし前をつけてもらわなくちゃいけねえなあ」




「お、お頭……?」




 ミゲルは左手で小男の肩を強く掴んだ。




「お前が隙を作れ。その間に俺が切る」




 だが小男は足が震えて動かない。




「なあ……あー、俺とお前の仲だろう。結構長いもんな俺達。一年くらいだったか?」




「い、いや三年『そうだ三年だったな!……だからよ、分かるだろ……な?』 で、でも……」




 チッ、とミゲルは舌打ちをして小男の背中を切り裂いた。




 鮮血が舞う中、小男は何かを呟いて息絶えた。




「な……!」




 ミゲルはジークの動揺を見逃さず急接近し胴を真横に薙ぐ、が紙一重で躱し慌てて距離を取った。




「チッ、最後まで役に立たねえ野郎だな」




 ジークの腹には真横に一本赤い線が走っていて、これ以上深ければ内臓が転び出るところだった




(……こいつ、自分の仲間さえ……)




 ジークはより黒く、より白くなる。




「おいジーク、あの剣はなにかおかしいぞ。今だって剣身に魔力を籠めていなかった。それにあの剣身に書かれた文字の様なもの、まさかと思うが……」




「……何を――」




「取ったと思ったが、速いな……お前、どこの流派のもんだ?」




「……さっきから訳の分からないことを言うな。ぼくはお前をぶちのめしてあの村に連れて行くだけだッ!」




「ジーク!」




 ジークは頭に血が上りイルマの話を聞かず荒く息を吐き、ミゲルは話の通じないやつはこれだから、と言う様にため息を吐く。




「そうか、ならお前を殺した後に調べるとするよ」




 ミゲルは剣を構え、一歩でジークを剣の間合いに入れる。だがジークには良く見えていた。剣は上段から振り下ろされ、しかしその軌道は読めているので半身を引いて躱し、空いた顔面へ拳を打とうとする瞬間、視界の端に映る剣身には文字の様なものが彫られていて……




「ジーク!駄目だ、離れろ!!」




 既に遅く、剣身は魔力を帯び、魔力は紫色の雷へ変わり、ジークの体を雷が駆け巡る。




「グウゥッ!!」




 動きが止まったジークに剣を振り上げ、




「じゃあなクソガキ。次はもっと強え奴を寄越すんだな」




 振り下ろされる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る