醜悪

 ジークは東に進み続けた。山や谷を幾つも越え、初めて見る景色に一々感動しては足を止めた。見知らぬ果実を食べ腹を壊したり足を滑らせて斜面を転げ落ちたりと酷いこともあったが、狩りが成功する時が増え、夕食が豪華になった。充纏と高揚感で肉体疲労も少なく、旅は順調といえた。今までは……




「……まずい」




 朝食を食べ終えた後ジークは呟いた。




「なんだ、肉でも腐ってたのか?」




 また腹を壊すぞ、と付け加えるイルマにジークは訂正する。




「ああ、いえ、そういうことではなくて……パンが無くなりそうなんです」




 パンが尽きそうだったのは分かっていたのでなるべく節約していたのだが、流石にもう底をつきそうだった。パンは重要な栄養源だ。肉だけでは元気が出ない。




「それなら、近くの村で分けてもらうしかないな」




 イルマの言葉に早速近くの高い木に登り、目に魔力を集中させて辺りを見渡し始めた……








「……ここがさっき見えたという村か?」




「はい、そのはずですが……」




 ジークは先程木の上からこの村を見つけていた。近くに川が流れ小高い丘の上にある普通の村。しかしそれは遠くから見た印象だった。近づいてみればその雰囲気は異様で、もう朝だというのに誰も外に出ていない。だが新しい足跡があったり時折物音がするので誰も住んでいないわけではなさそうだ。




 そんな村の中を慎重に進んで行くと、一回り大きな家を見つけた。恐らく村長の家だろうと、ジークはドアをノックした。




「すみませーん。村長さんはいらっしゃいますか?」




 しかし返事は帰って来ない。不在なのかもしれない、困ったなあとジークが頭を掻いていると……




「……どなたですかな?」




 ドアの向こうから老人の声が聞こえてきた。村の様子と相まって、ここまで警戒するとは何かあったんだろうかと考えるが一先ず名乗ることにした。




「ぼくは西から来たジークです。旅をしているのですが、食料を交換してほしくて伺いました」




 暫くしてやっとドアが開いたかと思うと少しの隙間からこちらをジロジロと睨め回し、旅人だというのが確認できたのかドアは完全に開かれた。




「旅人の方でしたか。いや、失礼をしてしまって申し訳ない……」




 現れた痩せ気味の老人はそう言って軽く頭を下げる。




「ああ、いえ。それは良いんですが……この村に何かあったんですか……?」




 ジークは気になっていたことを聞くが、老人はため息を吐くばかりだ。




「……立ち話も何ですから、中でお話しましょう。大した歓迎もできませんが」




 ジークは老人に案内されるまま、薄暗い家へと招かれた。








 ジークが椅子に座ると机を挟んで対面の席に老人は座った。




「申し遅れましたな。この村を治めている、アドルフと申します。本来なら旅人の方はもてなして泊まって頂くところですが、今この村には分けられるほどの食料が無く……」




 老人――アドルフはやつれた顔で目線を落としながら言った。彼のその表情からはこの村が抱えている問題が食料だけでは無いことが読み取れた。




 しかしジークはその先を聞くか迷った。ジークの目的は世界を旅して魔王を探すことだし、基本的に自分の村は自分達でどうにかするものだ。部外者が首を突っ込むものではない。先ほどはつい聞いてしまったが早々に立ち去るべきだったかなと考えている時、ふとある言葉を思い出した。






「あなたには一人でも多くの人を、子供達を助ける責任がある」






(ぼくがこの村を見捨てて立ち去ることはできる……だけどもし将来あの村に帰った時、迎えてくれるシグネお姉ちゃんの顔をはっきり見ることができるだろうか……どんな話ができるだろうか……)




 ジークは悩んだ。だが結論を出すのにそこまで時間はかからなかった。




(ぼくは英雄じゃない。だけど自分の危険を顧みずぼくを送り出してくれたシグネお姉ちゃんが恥じるようなことはしたくない。その覚悟を無駄にしちゃいけない!)




 せめて目の前の人は助けよう、そう心に思った。




「アドルフさん、部外者のぼくにできることがあるか分かりませんが、何があったか聞かせてもらえませんか……?」




 アドルフは目が点になって呆けた後、嗚咽を漏らし涙を流し始めた。そして数分経った頃、村に起こった出来事を語り始めた。









 ある山の奥の開けた場所に三十人程の男達がいた。彼等の身なりはとても悪く、本人達は気づいていないが体も凄く臭かった。そんな彼等が何をしているかと言えば、まだ日が高いというのに宴をしていた。身なりに合わない高級な酒を注ぎ、肉やパンを貪り食う。下品な笑い方をしながら下卑た話を大声でしていた。




「いやあこの前の収穫は大量でしたねお頭!」




 この小男は既に何度もした話をまたし始めた。左手に着けた金の指輪が相当気に入ったらしく、その話を何度でもしたいのだ。




 対してお頭と呼ばれた男は、半ば呆れたように言った。




「バカ野郎。あの程度の収穫なんざいつでもできる……この紫電山賊団にいればな……」




「さっすがお頭!紫電のミゲルなんて呼ばれるお方は違うぜ!」




 山賊団のお頭――ミゲルは手下に持ち上げられ気持ちよくなり、口髭を酒で濡らした。




 暫くしてミゲルに酒が回り機嫌が良くなってきた頃、小男は少し声を潜めて聞いた。




「それでどうだったんですか、昨日攫ってきた娘は……?」




 この小男は昨日ミゲルが攫ってきた娘があんまり美人だったので興味が尽きないらしい。もしかしたら自分もおこぼれに、と考えているのかもしれない。




「バカ野郎、村長には今日来る時までに村の食い物さえ渡せば無傷で返してやると言ったじゃねえか」




「へえ、それじゃあいつが本当に食い物を渡して来たら、娘は返しちまうんですか」




 小男は折角の美人を味見をせずに帰すなんてもったいないと思ったが、どうやらそういうことではないらしい。




「……お前は本当にバカ野郎だな。村長が、娘を助けるために村の食い物を渡すなんてこと言えやしねえよ。それに言えたとしても村の奴らは従わねえ」




 では何故そんな回りくどいことを、と小男が考えているとミゲルは顔を歪めこう言った。




「だがよ、俺は優しいから村長が自分の食い物だけでも渡して来たら娘は返してやるよ。……ただ約束と違うから、娘はその場でになっちまうかもしれねえけどなあ!」




 ミゲルは大声で笑い出した。その顔に品性は無く、邪悪で下劣だった。小男はそんな顔を見て少し恐怖するも、この男に付いていけばもっと良い思いができるとも思った。




 二人で笑い、次はどこを収穫――略奪しようかと話しながらご機嫌に酒を飲んでいると、見張りに立たせていたはずの下っ端が走って来た。




「おい、お頭が飲んでるのにお前はここで何してんだ!さっさと持ち場に戻れ!」




 ミゲルが声を上げる前に小男が身を乗り出し大声で叱る。




「いえ、それが……何やらどっかのガキが迷い込んで来ちまったみたいで……どうすればいいかと……」




「ガキなんぞ適当に殺して森に撒いとけばいいだろうが!んなもん一々報告しに来るんじゃねえッ!」




 下っ端は分かりましたと言って慌てて持ち場に戻っていった。




「まったく、最近入った奴はこれだから……見張りもろくにできないんですから……ねえお頭」




 ミゲルはああと生返事を返した。ミゲルの頭にあったのは疑念だった。




(ガキが一人でこんな山奥に迷い込んできた……?)




 紫電山賊団は何度も拠点を変えているが、そのどれもが人が簡単に立ち寄らない山奥に構えている。もちろん今いる場所も同じで、大人だって近づきはしない。そんな所に子供が一人で現れるとは、どうにもおかしいとミゲルは思った。しかし仮にその子供が自分達に恨みを持って乗り込んできたとしても見張りに殺されるだけだろうとも考え、中断した酒を飲み始めた。瞬間に爆音がした。




「なんだ!?アラハバイの奴らか!?」




 突然の大きな音に、飲んでいた者はミゲル以外皆立ち上がり、小男が状況を確認する。現れたのは先程報告に来た下っ端で、




「あ、あのガキ……つよ――」




 後頭部を掴まれ地面に顔を叩きつけられた。半ば地面に埋まっているので今の衝撃で死んではいないだろうが、見ていた者は皆絶句した。何が起こっているのか分からなかった。




「……お前がミゲルだな」




 下っ端の顔を叩きつけた少年は、唯一座っていた男を指さしてそう言った。

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