廃れたもの

野宿

 村から離れた森の浅い所で、パチパチと焚き木が弾ける音がする。燻った匂いが立ち込め、赤く燃え上がる炎はそれをじっと見つめる少年の顔を、揺らめき照らす。少年の目の下には涙の跡があり、先程まで泣いていたことが良く分かった。




「……もう良いのか」




「……はい、自分で決めたことですから。それに魔王も探さなくてはなりません」




 少年――ジークは顔を袖で擦り、自分の弱い心を火にくべる様に薪を投げ入れた。そして背嚢からパンを一つ取り出し、少しでも柔らかくするため木に刺して炙り始める。村から出て初めての夕食はこれだけ。スープくらいは欲しいが贅沢は言っていられない。ジークはもそもそと乾いたパンをかじり始めた。


 そんな様子を、赤茶の長い髪にとんがり帽子をかぶった若い女――魔女イルマは眺ながら考える。

 まだ早かっただろうか。あと一、二年待っても良かったのではないか。




(いや、早すぎることなどない。奴が完全に復活してからでは遅すぎる)




 イルマはジークが食べ終えるのを待って今後の予定を確認した。




「明日からわしらはあそこを目指すんじゃろ……?あの、なんじゃったか、あら……」




「アラハバイ、ですよ師匠。ここよりずっと東にあるとても大きな町で、そりゃあもういっぱい人が集まるようです」




 行商人が言うにはジークの村の何十倍も大きく、あらゆる所から物や人が集まる商人の聖地なのだとか。町は元々壁に覆われていたが、人が集まりすぎて壁の外に町ができ、今では壁の内より外の方が大きいらしい。ジークは人が集まるなら情報も集まるだろうと考えそこに行くことを決めた。




「行商人の方は大人の足でも何月かかるか分からないし、途中山賊が根城にしている所を通らないといけないからやめた方が良いと言っていました。危険な旅ですが情報を得るならそこが良いと思ったんです」




 ジークはそう言って手から風を送り、焚火を煽る。そう、この一月で風魔法をほんの少しだが使えるようになっていた。今はそよ風、範囲を絞ればすこし強い風程度だが、偉大な進歩であった。さらに元々の充纏による肉体強化があれば、危険な旅も乗り越えることができるだろう。




「そうだな、魔王を探すのに危険は回避できない。だからこそわしはお主を鍛えるのだ。今のお主はそこいらの山賊には負けん」




 イルマにそう言われて、ジークの心は少し軽くなった。ジークは自分の首にかけた青い石のネックレスを握る。




「……そうですね、でも油断せずに行きましょう。また魔獣が出るかも知れませんから」




 今日は早めに寝ますと告げ、ジークは横になって目を閉じた。




 初めての野宿は、焚火と風の音、梟の鳴き声が子守歌となりジークは悪くないな、と思いながら意識を落としていった。








 朝起きるとジークはまず水筒の水を一口飲んだ。それから妙に寒いなと思っていると焚火の炎が消えかかっており、慌てて薪を足して風を送る。やっと体が温まったころ腹の虫が鳴き出し味気の無いパンを齧った。食べ終え、ふうと息を吐いて立ち上がると体が固くなっていることに気づきストレッチをする。




「ははっ。いつもと順番がめちゃくちゃだな」




「笑ってないで、教えてくださいよ!夜中だって炎が消えそうになったのに……」




 イルマは転生する前、一人で世界を回っていた。ならば旅の知識や経験があるはずだが……




「旅とはな、知らないことがあるから楽しいのだ。人から教わる旅なんぞ見てられるか」




(それはつまり、ぼくがあたふたしているの見たいってことなんじゃ……)




 ジークはため息を吐きながら荷物をまとめた。最初の朝は上手くいかず少し気分が落ち込むが、まだ旅は始まったばかりなんだと持ち直し森の外へ歩き始める。森は早朝で薄暗いが昨日歩いた道は分かる。静かで、小枝を踏む音と小鳥の鳴き声しか聞こえない中、ゆっくりと進んで行けば木々の間から漏れる光は強くなっていき、森を抜けると……




 そこには青い空と、白く輝く太陽が山の上に陣取り、緑色の大地はキラキラと光を反射させていた。眩しくない優しい光がジークの体を包み、焚き火とは違った温かさを与えてくれている。空も、山も、太陽も今までと殆ど変わらないはずなのに、この

景色をジークはまるで違うものの様に感じた。




(……これが、旅の楽しさってことなのかな……)




 ジークはイルマの言葉を思い出した。先ほどまでの憂鬱はもう無い。ジークの口角が上がる様に、心も高揚していく。




 あの太陽の下には何があるのか。山の向こうはどうなっているのか。見てみたい、確かめてみたい!




 一歩踏み出し、歩き出した。軽く蹴り出し、駆け出した。強く踏み込み、走り出した。馬の様に、風の様に、何にも縛られず、解放されていた。ジークは今、完全に自由だった。








「もう、良いのか?」




 散々はしゃぎまわり、山を二つほど超えたあたりでやっと落ち着いたジークにイルマは声をかけた。ジークは、子供みたいだったなと顔を赤くして俯く。イルマはそんなジークをニヤニヤしながら眺めた後、日が高くなったことを確認した。




「今日はこのあたりで狩りをするぞ。当然素手でな」




 素手の狩り。つまり充纏を使えということだ。それは単に強化した脚力で追うというだけではない。

 ジークはごまかす様に咳ばらいをした後、気を取り直して目の内側に魔力を集めた始めた。




(魔力によって五感を強化できるが、それは繊細な魔力操作が要求される。ジークは力任せな放出ばかりで繊細さがまだまだじゃ。よって狩りでこれを鍛える)




 狩りが成功せねば肉は食えぬぞ、とイルマは煽った。ジークはシスターシグネに自分で狩りができると言ったが、それは心配させないために少し、いやかなり見栄を張った言い方だ。確かに一度鹿を狩って帰ったことはあったが追跡して見つけた訳ではなく、偶然出会って脚力で無理矢理捕まえただけ。狩りが本当に成功したことは一度も無かった。


 ジークは目に魔力を集中させながら注意深く動物の痕跡を探した。この森は村の近くの森より木々の感覚が狭く、日が遮られ見通しが悪い。しかしだからこそ色々な動物たちが生息しているはずだ。




 しばらくするとジークは何かを発見した。




「これは……」




 丸っこいポロポロとした糞があった。魔力に集中し近くの地面を舐める様に観察する。そして見つけたのは三角形の様な特徴的な足跡。




「……やった、ノウサギの痕跡を見つけました!」




 ジークは喜ぶが狩りはまだ始まったばかり。いつも痕跡を追い切れず獲物を逃がしてしまうのだ。だがジークの気合の入れ方は今までと違う。食料は限られているので自分で狩りが出来なければやがては空腹で死んでしまうだろう。そんなプレッシャーが逆にジークの集中力を上げた。




(ずっとパンだけを食べ続けるのは嫌だ……!)




 まだ旅は二日目だというのに早々にパンだけの生活に恐怖を感じたらしく、目を皿のようにして探せば痕跡は連鎖的に見つかった。視覚の強化により常人なら見逃す足跡や体毛等を見つけ、確実にノウサギを追跡できた。




(もうそろそろ近づいてきたはず……)




 今度は耳に魔力を集め聴覚を強化した。目を閉じ耳を澄ませると……




 ガサッ




(聞こえた!右手側の奥!)




 ジークは慌てて走り出す。途中で視覚の強化に切り替えると、あの足跡も見えた。




(やった、もうすぐだ!さっきの音からしてあの藪の奥!)




 少し開けていて隠れるところもなさそうだとあたりをつけ、絶対に捕らえると心に決め……




「捕まえたああああ!!」




 藪を越え一直線に頭から飛び込む。そしてジークの胸にはノウサギ……の糞があった。




「……え……あれ……?」




 キョロキョロと辺りを見渡してもノウサギはいないし、当然隠れるところも無い。それなのに足跡は途中でぱったりと消えている。




「……え……な、なんで!?ノウサギが消えた!?」




「……プッ……アハハハハ!」




 突然笑い出すイルマにジークは困惑する。ひとしきり笑い終わった後、イルマは訳が分からない顔をしているジークに解説した。




「ノウサギはな、止め足と言って自分の足跡を辿って後戻りすることで追跡を逃れる習性がある。お主はそれにまんまと引っかかったわけだからな、もう遠くまですたこら逃げてる頃だろうよ。それに……クク……糞まで残されるとは、余程性格の悪いノウサギだったらしいな……クッ」




 イルマはまたこらえ切れず笑い出し、ジークはノウサギに完全敗北した事実に呆然とした。




 そして今日も涙目でカチカチのパンを齧るのだった……

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