後悔
村はざわついていた。来るはずだった山賊達が来ず、一日経ってしまった。今までにも予定がずれることはあったが、今回は村長の娘が攫われということもあり何かあったのではと話している。
特に村長であるアドルフは心当たりがあり、娘のカティと旅人のジークの安全を願いながら、丘の上から東の空を少しの異変も見逃さない様に観る。
「……あれは」
夕方、遠くの方に点が二つ見えた気がした。奥に伸ばした黒い影を揺らしながら、少しづつこちらに近づいて来ている。
「まさか……」
アドルフは走り出す。まさか、いや違う。期待しない方が良いと分かっていても、足は動き続ける。丘から転げ落ちてもすぐに立ち上がり、足が縺れても息が上がっても走り続けた。そして……
「父さん!」
返ってきた。二人が、カティとジークが返ってきたのだ。カティに至っては傷すら見えない。
駆け寄ってきたカティを抱きしめると、涙が溢れだした。
「すまない、カティ。わたしはお前を……」
「ええ、分かっているわ父さん。でも、大丈夫。私は大丈夫だから」
二人は抱きしめ合い、泣き合う。殆ど諦めていた未来が、ここに実現した。
「ねえ、あなたが山賊達を倒したって本当?」
「ええ、まあ……」
ここは村の中央にある広場。机と椅子を出し、カティが返ってきたことを祝う慎ましやかな宴が開かれている。人も食料も減ってしまったが、だからこそ宴は開かれるべきだ。そうで無ければ、人の心はすり減っていく一方だから。
「坊や、凄いのね。強そうには見えないけど……腕、触ってもいいかしら」
「だからぼくは坊やじゃ……」
ジークはそう言いつつも腕を触らせ、黄色い歓声を受けて照れる。最初、山賊に夫を殺された未亡人達に囲まれたときは来るのが遅いと怒鳴られると思ったが、予想に反して歓待され調子を崩してしまった。
ジークは自分が狙われていることに気づいていない。
遠くから主役であるカティが睨みを利かせるが、気にする者はいなかった。
「ジークさん、宴はどうですかな?まあ、大したものはお出しできませんが」
丁度困っていたところにアドルフ救世主が現れ、周りに断りを入れて二人きりにしてもらう。女性達は渋々ながらも、また話そうねと約束して散っていった。
「……ジークさん、わたしは本当にあなたに感謝しているのです。ありがとうございます」
隣に座ったアドルフは、ジークに向かって深く頭を下げる。ジークは自分がそこまで感謝される人間では無いと思っているので、なんだか逆に申し訳無くなってきた。
「あ、頭を上げてくださいアドルフさん。……それより、村の人達に言わなくて良いんですか?」
アドルフは、村の人達には家から出るなと言っただけで、結局ミゲルが言った交換条件については伝えなかった。
それはつまり、もしジークがこの場にいなかったらカティはほぼ確実に殺されていたということであり、その責任を全て自分が背負うつもりだったのだ。
「……良いんです。今更伝えても困ってしまうだけですから。カティは無事に帰ってきた、それで良いんです」
(今更伝えても……か)
二人は気分を変え、他愛もない話を始めた。お互いの村の同じところや違うところを話せば、楽しい時間はあっという間に過ぎる。
「さて、お疲れでしょうからそろそろお開きにしましょう。今日はわたしの家の空いている部屋に泊まってください」
「ありがとうございます。でも、戻る前に少し散歩をしたいのですが……」
アドルフは少し考えて、あまり遅くならない様にとだけ言って家に帰っていった。
残ったジークは一人、村の外周をふらふらと歩く。
「師匠……ぼくは世の中のことを何も分かっていなかったみたいです……」
「……どうした、急に」
歩きながら、自分の考えを聞いてもらう。
「あんな人間がいるということを理解していなかったんです。本で読んだことはありましたが……」
ジークの村に、ここまでの山賊が襲ったことは無い。精々が数人の痩せた賊が現れて、村の男たちに追い返されたくらいである。その他の脅威といえば、野生の動物が人を襲うこと。
しかしそれは自然が相手であり、仕方の無いこと、どうしようもないことと納得はしていた。しかし……
「納得できないんです。あの人達は獣と違って理性がある。奪ったり、殺したりする必要は無いじゃないですか。でもあの人達は、簡単に物を奪って人を殺した。……それが楽なのか、楽しいのかは分かりませんが、そんなの勝手すぎるじゃないですか!」
「……」
「アドルフさんは条件を伝えないことを選びましたが、本当に伝えなくて良かったんでしょうか。山賊の勝手に巻き込まれて、今回はぼくが偶然いてなんとか勝ったのでカティさんは助かりましたが、ぼくがいなかったらカティさんは多分、殺されていたと思います。……そうなった時、アドルフさんは後悔しないんでしょうか……」
立ち止り、ずっと考えていたことを吐露した。分からず、結論が出ない問いを、誰かに聞いて欲しかった。欲を言うなら、答えも。
「……そうだな、まず賊というのはいつの時代もいるものだ。それは多分、人間も獣と同じように勝手な生き物だからだろう。他人の物は欲しいし、嫌いな奴は消えてほしい。獣と違うのはお主の言う様に理性があることだが、獣の部分が大きいのか理性が小さいのか、ああいう奴らはどうしても出てくる。それは仕方の無いことだし、人間も自然の一部ということだ。全員が幸せになる道など端から存在しない」
「……」
「それとあの村長が後悔するかどうかだが、するだろうな、一生」
ジークは、じゃあと口を開きかけるが、イルマは続ける。
「だがな、その時はそれが最善だと考えたんだろう。村人と自分の娘を天秤にかけて、村人をとった。それが良いか悪いかは分からん。だが、村長は覚悟を持って選んだはずだ。後悔をするという覚悟をな」
「後悔をする覚悟……」
ジークは暗闇の中で呟く。
「ジーク、お前はこれから何度も後悔するだろう。何度も選択を間違え、良くない結果を呼ぶだろう。ではその度に後悔するのか? それでも良い。しかし、生きるということはどう後悔を背負うかだ!間違えた時ではない……後悔とは、選択をする時にあるのだ!」
イルマはジークの目を見る。
「お前はどうする。この先、山賊やもっと強大な敵が現れる。その理不尽に晒される人を見る。その時に、お前はどうする。お前の後悔はどこにある!」
「……ぼくの、後悔……」
ジークは幸せな人生を歩んできた。一度死にかけたが、それを除けば外敵の脅威も飢饉も無い平和な人生だった。それが急に力を得て、戦い、村を出た。旅をするのがジークの夢だったが、ではこれからも幸せかといえばそうではない。
(ぼくは、シグネお姉ちゃん達が傷つくのは見たくない……)
人が傷つき、倒れる姿を見るかもしれない。
(カティさんやアドルフさんが奪われてほしくない……)
人の醜い部分や汚い部分を見るかもしれない。
(辛い顔でいる人を、見て見ぬ振りしたくない……)
なら、せめて自分だけは、どうか自分だけは……
「……ぼくは、自分に後悔したくない。人が傷ついたり、奪われたりするのは嫌ですけど、なによりそれを見ないふりして逃げる自分に、ぼくは一生後悔すると思います。だから……」
ジークはイルマの目を見る。
「ぼくは人を助けます。自分の為に」
イルマはそうか、とだけ呟き、目を閉じた。
月明かりの下、少年は覚悟をした。
自分の勝手の為に……
後悔を背負う為に……
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