追跡者

 数日経ち、腕と足の怪我が治ってきて自分で朝食をとった後、カティは席を外し、アドルフは話があると言ってきた。


 そろそろ出て行ってくれと言われるのかな、とジークは考えていたが、全く別の話だった。




「昨日、頭を含めた山賊達を処刑しました」




 処刑……つまり彼等は死んだということ。




「そう、ですか」




 分かっていたことだ。自分の家族を殺した者を、態々食事を与えて生かす訳がない。それに悪いことをした者に罰が下らなければ人の社会は成り立たない。平和な村に育ったジークにもそれくらいは理解できる。




「勝手にしてしまってすみません。しかし……」




「いや、良いんです。殺そうとした者は、殺されても仕方ないですよ。……だから、ぼくに後悔はないです」




 アドルフはただ頷いた。


 そして空気を換える様に別の話を切り出す。




「ところでジークさん、村の女の何人かがジークさんを歓迎したいと……『ジーク!今日は私に付き合って!』」




「カティさん!?」




 アドルフの話を遮って急に現れたカティに驚くも、ジークの今日の予定が決まった。












「それで、一体何をするんですか?」




 カティに手を引かれて、村を歩きながら訪ねた。




「まあまあ、すぐに分かるから」




 答えを濁されては、黙ってついていくしかない。手を引かれるまま、村の中央から外れ、村を出て花を摘み、少し歩くと目的の場所についた。そこは……




「お墓……」




 四角く切り出されたような墓石が幾つも並び、所々に花が供えてある。


 二人はその中を進み、ある墓石の前で止まった。




「これね、私の婚約者の墓なの」




 墓石を見れば、ダニエルと刻まれていた。




「ダニエルさん、ですか……」




 そうよ、と一言呟き、カティは膝をつき目を瞑って祈る。ジークもそれに倣った。




 目を瞑ると、草が擦れる音が聞こえ、風が自分の輪郭を教えてくれる。だけど自分以外の存在は不確かで、まるで一人取り残されたような感覚がある。だからジークは墓が苦手だった。




 カティはゆっくりと目を開けた後、墓石の前に花を供えた。




「……彼はね、体が大きくて、大雑把で、よく大声で笑う人だった。あなたとは真逆ね」




 ジークは何と返したら良いか分からず、次の言葉を待った。




「でもね、優しい眼差しと覚悟を決めた表情はそっくり」




 ジークの目を見つめながら、そう言った。




「宴の日の夜からあなたの顔は、ダニエルが山賊達に立ち向かうと決めた時の顔によく似ている」




 ジークの頬に手を添える。




「その顔は、まるで自分の命より大事な物を見つけた時の様だわ。そしてその為に自分の命さえ捧げようとしている。……私は、あなたがダニエルみたいに死んでしまうことを恐れているのよ」




 頬に添えた手を下ろし、ジークの手を包んだ。




「ジーク、ダニエルの仇を取ってくれてありがとう。ダニエルはバカだったしちょっと私の趣味じゃなかったけど……でも、私の夫になるはずだった人で、愛するはずだった人よ。……だから、ありがとう」




(ぼくは、感謝されているのか……)




 ジークは初めて人からの感謝が腑に落ちた。自分がどう思っているか、何を考えているかではなく、結果が一人の人間の心を救った。だから感謝されたのだ。




 カティは立ち上がり、ジークに手を差し伸べて立ち上がらせた。




「ジーク、笑って?あなたのその顔はとてもかっこいいけど、普段からするような顔じゃないわ。ほら、口角を上げて」




 カティが自分の口の端を指で上げるので、ジークも同じ様に指で上げる。




「う~ん、もっとこうニィーって……そうそう、そんな感じよ。それで目を見開いて、舌を出したら……フフ、ジークあなた、ハハ、変な顔!アハハハ!」




 ジークは指示通りにしたのに笑われ、顔を赤くする。




「もう、カティさん!ここはお墓なんですから、そんな大きい声で笑わなくても……」




「フフ、いいのよ他に誰もいないんだから。それにダニエルだって喜ぶわよ。彼、私の笑った顔が好きだったみたいだから。それよりどう?少しは表情が柔らかくなったんじゃない?」




 言われてみれば、ジークの顔はなんだか明るくなったように見える。気負い過ぎていた物を下ろせたのか、ジークは視界が広がった気がした。




「ねえ、今日は遊びましょう。私、久しぶりにかくれんぼがしたいわ!花かんむりを作るのもいいわね。かけっこは、まだ無理よね」




 目の前で楽しそうに今日の予定を組み立てるカティの姿を見れば、ジークは気づかないうちに微笑んでいた。




「ほら、行きましょう?」




 ジークは差し出されたカティの手を掴み、何をしましょうかと想像を膨らませた。












 山賊達がいた場所から少し離れたところに、数人の男達がいた。関係性は分からないが、共通しているのは身なりが汚いことと、。彼等は焦った様に何かを話し合っていた。




「おい、どうだった?」




「いや、駄目だ。お頭も他の奴らも、あの村の連中に連れて行かれてた。今頃は拷問にあった上で殺されてるだろうよ」




「クソ!あのガキがいなければ!お頭以外にあんなふざけた野郎がいるなんて……!」




「今はそんなこと言っても仕方ねえだろ。どうする、俺達はみんな片手が使えないんだぞ。これじゃあ狩りもできやしない」




「食い物も持っていかれちまったし、マジでどうする!?」




 結論の出ない話し合いを、時折暴言も交えつつ長引かせていると、一人が妙なことを言い出した。




「おい、なんか音がしねえか?こう、ガシャンガシャンみたいな」




 言われて耳を澄ますと、確かに金属がぶつかり合うような音がして、それが徐々に近づいて来ている。彼等は片手で持てる短剣を構えて、木の裏に隠れた。


 そのうち現れたのは……




「女だ……」




「貴族か……?」




 装飾が施された真っ白な軽鎧を纏い、銀に煌めく髪を後ろで一つにまとめている。その顔は羞花閉月、男達は目を奪われ離せなくなった。




「そこの者達、少し話を聞きたいのだが」




 自分達の存在がバレていることに驚くが、男達は短剣を閉まってから大人しく姿を現した。




「お前達、ここで何をしている」




 それはこちらのセリフだ、という言葉を飲み込んで一人が言い訳を述べる。




「いやあ、あっしらは賊に攫われたところを、なんとか逃げ出したんですがね、ここがどこか分からなくてどうにも迷っちまったみたいで……」




 男は、我ながら上手い言い訳だと内心でほくそ笑む。




「そうか、それは大変だったな。私もこの辺に詳しくないが、麓まで案内することぐらいならできる」




「そうですか、それはありがてえ。ただ、あっしらはもう何日もまともな飯を食えてねえんです。できれば、食料も……」




「ふむ、あまり余裕は無いのだが、少しなら分けてやろう」




 よし、と心の中で拳を握る。このままいけば食料を奪って、ついでに……




「ところで、紫電のミゲルという名を知っているか?」




 男は冷や汗がどっと流れた。




「……さあ、聞いたことがありやせんね。もしかしたらあっしらを……」




「嘘だな」




「……え?」




 男は思わず声を出してしまった。この女は突然何を言い出すのだ。まさか賊だということがバレたのか、いやボロは出していないはず、そんなことを考えていると、




「嘘をつくな、賊共め。貴様等の手からは血の臭いがプンプン漂ってくる。正直に話せば墓に入れてやろうと思っていたが、やめだ」




 最初からバレていた、その上で泳がされていたことに、男達のなけなしのプライドが反応する。




「バレてたんじゃあしょうがねえ。おい、どこの貴族の女か知らねえが、世直しの旅なんかするもんじゃねえことを教えてやる!」




 男達は短剣を構え、女を囲むように動く。


 だが、彼等は分かっていなかった。この女が、最初から彼等の位置と、人数と、素性を把握していたという意味を。




「黙れ、人々の安寧を脅かすクズ共。貴様等は全員、この山で獣に食われながら朽ちるのだ」




「死ねえッ!」




 女が腰の剣を抜いた、男達が見たのはそこまでだった。


 なぜなら、その時には既に彼等の首と胴は離れていたから。




「……またミゲルの手がかりを失ってしまった。一人くらい生かしておくべきだったか……」




 周囲の木が倒れ轟音を鳴らす中、女はそう後悔した。

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