静かな空
キィィィィイイイン!!
甲高い音が響き熱と光が膨れ上がる。
膨大な力が剣身という器から溢れだし、今……
「来るぞ!!」
解放。空に向けて橙色の熱線が放たれた。
太く輝くそれは空の一点を貫く槍。高熱が光を歪め陽炎を見せる。だが近くにいた二人はその陽炎を見ていない。あまりにも光が強すぎるため目が開けられないからだ。
太陽に近づき過ぎれば翼は溶け地に落ちる。既に二人の肌は焼け始めている。
それだけではない。熱せられた空気と光が広場全体の温度を上げている。このままではやがて周囲の家屋が燃えてしまう。
さらに……
「……ッ!!」
高圧の水流が噴出口をこじ開けるように、溢れだす熱光は柱の根本から大小様々に分かれ新たな柱を作り出す。その全てが上向きだったので辛うじて家屋には当たらなかったが拙いことには変わらない。
地表に生まれた小さな太陽は暴れ狂い、自分を生んだ者さえも焼き焦がそうとしている。
「ダンッ!!」
「分かって……いる……ッ!!」
このままでは拙い。この熱光を町の中心で炸裂させる訳にはいかない。そうなればこの町は火に包まれる。
(熱い空気は上に行く……だから、下からだ!下から空気を取り入れて持ち上げる!)
ジークは右腕を下から掬い上げるようにゆっくりと持ち上げる。
きっかけは既に作ってある。あとは乗せるだけだ!下から回転を加えて……上へ!!
爆発的な温度上昇による空気の乱れ。この環境ではジークは完璧に風を操ることはできない。
だが、それで問題ない。隅から隅まで全部を操る必要は無い。それをジークは先程の砂塵の壁で知った。
ある一定以上の速度になった時、風は風を呼ぶ。
空気を動かしたとき、その空気が元々あった空間に別の空気が流れ込む。流れ込んだ空気はまた押し出し空間を作る。連鎖する反応は更なる空気を呼び、その連なりが風となる。
ジークは今まで何となく回転を加えていたが、それは正しかった。回転とは空気が相互に作用しあう安定した形。それが上に伸びれば伸びるほど細く強く速さを増す!
ジークは持ち上げる。右腕と共に。
(重い……!!だけど……持って行く……!光も……熱も……全部ッッ!!)
俺はまだ死ねない……やり残したことがあるんだ。俺はまだ……何も成していないッ!!
(全部……上へ!!)
ダンは好き勝手に咲く熱光を両手で束ねる。根元から脇に伸びる幾つもの枝はゆっくりと、中心の一つに合わさろうと空へと傾いていく。
立っているのもおかしいダンの心には今、熱と光があった。
「ジークッ!!!」
幾つもの枝が一つに束ねられた時、ダンの叫びにジークは呼応する。
((今だッ!!!))
「はああああああッッ!!!!!」
回転。上昇。ジークの右腕と共に空気は動き風になる。熱せられた空気は渦を巻きすべるように上へ向かう。回転は加速し次なる風を呼び更に加速する。
足元から入った風がうねりながら頭上へ吹き抜ける。
それは竜の如く、大きな口を開けて柱を飲み込みながら昇って行く。
「行けえええぇぇぇッ!!」
竜は唸り声をあげ加速し空を貫き昇る。光も、熱も、後悔も、決意も、全部飲み込むように。空に伸びる太陽に寄り添うように。
空の先、光の柱はすっかりとその腹の中に収まっていた。
熱も光も外には漏らさない。全部、全部、竜が食らった。
キイイィィィィン……
柱は勢いを落とし、細くなっていく。溜め続けた魔力を使い果たし、枝より細く、針より細く、静かに消えた。柱を食らって上った竜も、役目を終えて空に帰った。
ダンもまた、掲げた腕を下ろす。
イルマは目を離さぬようジークに伝えた。
「ジーク!」
光を失い元に戻った赤い剣にジークはなけなしの魔力を籠めた石で殴りつける。もう二度と道具の反逆が起きない様に。
派手な音を鳴らして赤い剣はあっけなく真っ二つになった。魔術はもう使えない。
支えを失ったダンもうつ伏せに倒れた。どこにも力が入らないらしい。
ぼくも、とジークもダンの横に座った。深く息を吐いて、空を見上げる。
先程まで光と風が貫いていた空は、今は何事も無かったかのように静かに佇んでいた。
「おい」
ダンに呼ばれ、ジークは振り向く。
「……お前は何で、ここまでするんだ」
ダンは反対方向を向いていたので、ジークからは顔は分からなかった。だからどういう意図があるのかも分からなかった。
だがどうでもよかった。答えは決まっているのだから。
「ぼくが……目の前で困っている人を見捨てる人間になりたくないからだよ」
なんだ、じゃあお前も……
「勝手な奴だ……」
……そうだね。ジークのその呟きは、風に乗って何もない広場に溶けていった……
*
「おい、なんだよ。失敗してんじゃねえか」
壁の外、物陰に隠れながら二人が話していた。最初に口を開いたのは恐らく女。どちらも頭まですっぽりと布で覆われ厚手の外套を身にまとっているため容姿は何も分からないが、僅かな胸の出っ張りと声の高さから女のようだった。
その女は深くため息をつくと、光と風の塔があった方角を眺める。
「派手な爆発が見れるって期待してたのによぉ、なんだありゃあ?ションベンみてえにちょろちょろ垂れ流しやがってッ!クソッ!舐めてんのか!?」
舌打ち、近くにあった木箱を蹴飛ばし、乾いた大きな音がしてバラバラに砕け散る。
「変だな。確かに魔術は暴走したのに、上手く対処されたみたいだ。でもそんなことができるのかな……?」
「あの女魔術師がやったんだろ。つーかアイツしかいねえだろ」
「……」
もう一人は恐らく男。若さを感じるはっきりとした声の主は顎に手を当てて考え込んでいた。
(あの女魔術師がやった……本当にそうかな。それに光を覆う様に伸びた竜巻、あれは単なる自然現象なのか?……女魔術師と一緒にいた少年……彼も魔術師なのかな)
「気になるな……」
「ああ!?なに悠長なこと言ってんだ!実験は失敗した!あの剣、回収すんのか!?」
女は指を指しながら一々悪態をつく。男が全く意に介さない所を見るといつものことなのだろう。
男は一瞬考えて、町の外側を向く。
「いや、止そう。爆発しなかったということはまだ奴らが生きてるってことだ。その状態で回収するのは危険すぎる」
男は歩き出すが、答える気配もついてくる気配もない女にため息をつき、振り返る。
女は外套から溢れるほどに魔力を纏う。それは刺々しく、毒々しく、荒々しかった。今にも跳び出し全てを破壊しそうな暴力性を秘めたその魔力は、女の歪んだ自己を良く表現していた。
「……おい、じゃあアタシ等はこんなうまそうな町に何もせず帰るのかよ。そんなもったいないことするぐらいなら、いっそのことアタシが――」
「――止めてよねヴィオラ。僕たちの役目は実験の記録と剣の回収だ。もう役目は半分果たしてる。これ以上いる意味は無い」
女はその言葉に振り向き、潰れたばかりの虫を見てしまったような顔をして魔力を引っ込めた。
「チッ……一緒に来たのがテメエじゃなきゃ一暴れしてから帰れたのによ。気色悪い魔力しやがって」
男もまた魔力を纏っていた。女ほど魔力量があった訳ではないが、それは粘つき、絡まり、引きずり込む。建物の陰にあるその魔力は、まるで闇から手招きし掛かった者を沈めてしまうような陰湿で陰惨なものだった。
「酷いなぁ。まあ、分かってくれたなら良いんだけど……」
(……彼にあの剣を売ったの失敗だったかな。……あの女魔術師と少年、彼らが今後の障壁になる……)
「ほら、もう行くよ。Dr.《ドクター》が待ってる」
男と女は歩き出す。誰にも見られない様にひっそりと。
一人は全部がぶっ壊された街を夢見て、一人は涙と鼻水で濡れた顔を妄想して、誰にも見られない様に、ひっそりと……
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