盗み
山の麓から一人の女が出てきた。奇麗な装飾が施された新雪の様に白い軽鎧を身に着けた女で、美しい銀の髪を頭の後ろで揺らしながら顔をしかめさせていた。
(山の奥で交戦したような場所を見つけたのに、死体一つ無いとはどういうことだ……?地面に流れた血の量も少なすぎるし、円卓や椅子の多くが奇麗に残ったままだった。あれはまるで、一人の強い人間がとんでもない速さで、かなりの規模だった山賊を全員無力化させた様な戦いの跡だった。しかしミゲルの紫電が発動した痕跡もあったし……)
「やはりあいつ等を全員殺したのが悔やまれるな」
思わず自分に悪態をついた。この女はあまり後先を考えないで行動する癖があり、今回はそのせいで手がかりを失ったようだ。
「……まあ良い。とにかく聞き込みをしなくては」
女は同時に前向きさを持っているようで、一旦カ考えるのを止めて山の上から遠くに見えた村へ行ってみることにした。
関節を曲げて不具合が無いか確認し、少し足踏みして地面の感触を確かめる。
「魔術師になって馬がいらなくなったのは良いが……元貴族としては複雑な気分だな」
ぶつくさと独り言を呟いて、女は走り出した。それは徐々に速度を上げ、緑の大地を白銀の閃光が貫いた。
アドルフとカティが軽い昼食をとっていると、入り口のドアを叩く音がした。
「すまない!この村の長はいるだろうか!」
聞いたことが無い女性の声に一瞬戸惑うが、出ない理由も無いのでドアを開けて名乗った。
「私はセシリアという。アドルフ殿、少し話を伺いたいのだが、お時間は宜しいか」
「は、はい……!」
その高貴な雰囲気と顔に気圧され固い返事をした後、ぎこちなく家の中へ入れた。
まさか貴族だろうか、部屋が汚いといちゃもんをつけて切られないだろうかと怯えながら席へ案内し、カティにお茶を頼む。
「ああ、あなたにも話を聞きたいから、三人分頼む」
お茶を淹れたら引っ込むつもりだったカティは先に逃げ道を封じられてしまった。貴族という人間についてあまり知らなかったので関わりたくなかったが仕方ない。
せっかく平和になったこの村に厄介事が降りかかりませんようにと祈るばかりだ。
アドルフは対面に座るが、セシリアは一向に話し出さない。恐らくお茶が入るのを待っているのだろうが、座っている姿でさえ美しく、背筋はまっすぐ伸び、体は動かない。最近腰が曲がってきて姿勢が悪くなったアドルフは少し恥ずかしくなった。
そうこうしている内にカティがお茶を配り、アドルフの隣に座った。
「すまない、助かる」
セシリアはお茶を一口飲んで、本題に入った。
「人について聞きたいのだが……紫電のミゲルという男を知っているか?」
「……ええ、まあ。その方がどうかしたんですか?」
聞き覚えがあるなんてものでは無い。その男は何日も前にこの村で処刑した。アドルフは自分が悪いことをしたとは思っていないが、セシリアがどう思うか分からない。
「ミゲルは元々ある組織の人間でな、だが組織の技術を持ったまま姿をくらましたのだ。私は対象の確保、殺害の命令を受けている。何か知っていれば教えて欲しいのだが」
思っていたより大きい話に狼狽える。確かにミゲルを処刑する時、瀕死の重傷のはずなのに刃の通りがやけに悪かったと聞いている。それが組織の技術とやらなのかは分からないが納得できる話ではあるし、殺害を目的にしているなら既に死んでいても問題ない気はするが、ジークのこともある。
「奴は山賊達を束ね、馬車を襲って金品を奪い、殺人を繰り返している。奴がこの近くにいればあなた達も例外ではない。……何より、無辜の民を傷つけるような人間を私は野放しにできない!」
先程までの雰囲気から一変、鬼気迫る表情に冷や汗が流れた。だが何がセシリアをそうさせるのかは分からなくても、自分達を心配して言っているのは分かる。
話してあげたい気持ちと、勝手にジークのことを話すべきではないという気持ちに挟まれ、アドルフは唸る。
その時、肩を叩かれた。横を見るとカティが目で訴えかけている。
大丈夫だと、そう言っている気がした。
そうだ、何もジークの名前を出す必要は無い。通りすがりの名も知らぬ旅人ということにすればいいじゃないか。そう考えてアドルフはミゲルの顛末を話し始めた。
「申し訳ありません、わたしは隠し事をしていました。……紫電のミゲルは、既にこの村で処刑をしております」
「……何だと?ミゲルを処刑?あなた達が捕まえたというのか」
ここだ。ここでジークの名前を出すわけにはいかない。
「いえ、わたし達はむしろ奪われる側でした。しかしある時ふらりと現れた旅の人が倒して下さったのです。わたし達はその後止めを刺したに過ぎません」
「旅人だと……?しかし奴は魔…………いや、そうか。それなら仕方ない」
セシリアは納得したようで、死体と遺品の確認を求めた。
「すみません……賊の死体はまとめて焼いてしまったんです。ただ、遺品なら蔵に全部取ってあります」
「……そうか、死体の確認も必要なんだが、無いなら仕方ないか……?まあ、アレさえ持って帰れば良いだろう」
アドルフはセシリアと、一応カティも連れて蔵に向かった。
「おお、中々大量だな」
蔵の中には泥で汚れた皮鎧から金でできたナイフまで、沢山の財宝が揃っている。
「ええ、どう処分していいか分からずとりあえず保管しているんです」
ミゲルの遺品は一番右手側ですと続けた。セシリアが移動すると入り口から入った光が中でキラキラと反射している。今更ながらカティにこの光景を見せるべきでは無かったと後悔するが、カティはあまり財宝に興味が無いようでほっとした。
「アドルフ殿、こちらに来てほしい」
少し焦った声で呼ばれ、何事かと不安になる。目的の物が盗まれていたら、詫びのしようもない。
「ミゲルは今私が佩いている剣より一回り程大きい剣を持っていたはずだ。それはどこにある」
はて、剣?ここに運ばれたときには既に何も持っていなかったはず。
その事を伝える、とセシリアは見てわかるほど狼狽する。
「で、ではミゲルを倒した旅人が持っていなかったか!?」
そう言われてアドルフは思い出そうとするが、どうにも分からない。
「そういえば彼、剣を持っていたような……」
入り口のカティの呟きに、セシリアは飛んでいく。
「何か旅人に関する情報を知らないか!?あの剣が盗まれたらまずいことになる!」
カティは、奪われたという言葉に反応してしまう。
「彼は人の物を盗んだりしないわ!東に行くって言ってたから、事情を話して返してもらえばいいじゃない!」
言ってからしまったと口を抑えたが、もう遅い。
「東……アラハバイか!情報提供感謝する。アドルフ殿も助かった。では私はもう行く」
そう言ってセシリアは蔵を出て勢い良く走っていく。急に現れ急に去っていく様子は、まるで嵐のような人だとアドルフは思った。
(ジーク、ごめんなさい。ちょっとしゃべっちゃった……)
カティは心の中で懺悔した。
(まずい、まずいぞ!ミゲルを倒すほどの力を持った魔力使い!そいつが剣を盗んで魔術を理解したら……一刻も早く剣を回収しなくては……!)
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