企む者

 雑踏ひしめく通りの中、ジークはトボトボと歩いていた。




「はあ……」




 昼間から酒場に入り、魔王の情報や仕事の依頼がないか聞こうとしたが、ガキが来る場所じゃないと追い返されてしまったのだ。


 そして他に行く当ても無く、今はただアラハバイの中をさまよっていた。




「スリだ!」




 前方で誰かが大声で叫んだ。続けて待てだの誰かだの叫びながら、その声はこちらに段々近づいて来る。通りの人の多くは慣れた様子で巻き込まれない様に脇へ退けていく。


 対してジークは初めてのことに慌てながらも、通りの真ん中に残った。




(スリ……ここでは良くあることなのかな?)




 何にしろ、見逃す理由は無い。スリを捕まえるため、軽く充纏する。




「誰か、捕まえてくれ!」




 声がすぐ近くで聞こえ、いよいよスリが出てくる。それは通りに残った人の間を縫うようにすり抜けジークの目の前に現れた。




(……ッ!?)




「兄ちゃん!そいつを捕まえてくれ!」




 小さい袋を脇に抱えて走るそれは、子供だった。




 ジークは迷う。




 捕まえる……でも子供で……だけどスリだ……見逃す……いや……




 迷った末、ジークが取った行動は……




 スリの子供はジークの横を走り抜け、奥へと消えていった。




「はあ、はあ、兄ちゃん何であいつを捕まえてくれなかったんだ!……クソ!あのガキ、俺のカネ全部持っていきやがった!」




 目の前で息を切らして悪態をつく男に、ジークは手に持った袋を渡した。




「……これですよね。あの子、落としていきましたよ」




 男は目を丸くして袋を手に取る。




「ああ、これは俺の財布だ……中身も全部ある」




 情緒が反転し声を上げて喜ぶ男に名前を聞かれるが、名乗る程の者ではないと断り足早にその場を去る。後ろからおーいと呼ぶ声を無視して、喧噪が戻った雑踏の中を歩いた。




「……師匠、ぼくの選択はあれで良かったんでしょうか……」




 ジークは俯き、あまり表情が見えない。




「……さあな。だが、お主が悩んでいるのは、何が正解だったか、という点では無いのではないかの?」




 ジークは何も言えず、ただ雑踏に流された。












 薄暗い路地の裏、通りの喧騒が微かに聞こえる陰気な場所で、男達が話している。




「トール、革命には金が必要だって言ったよな。何故お前だけ手ぶらなんだ」




 くすんだ赤髪をした若い男は、前に並んだ子供の内の一人を叱責する。その声は静かで、その言葉は荒くないのに、空気は重く冷たかった。




「き、聞いてくれよダン!あいつ、俺が回収した金を盗みやがったんだ!本当は今頃オレが一番――」




 突然赤髪の男――ダンの両脇にいた男が子供を地面に押さえつける。




「ダンさ・ん・だろうがトール!何回言っても分かんねえか!?」




「てめえの失敗をごまかしてんじゃねえぞ!」




 二人に押さえつけられながらも、子供――トールは弁明を続ける。




「本当なんだ。あいつ、走り抜けようとしたオレから一瞬で抜き取ったんだ……!あいつ、もしかしたら……」




「……二人共、トールを離せ」




 二人は渋々といった様子でトールを離す。ダンは地面に倒れるトールの前にしゃがみ、その凍えるような目で見降ろした。




「トール、今の話は本当だな」




 トールはこの言葉の意味を理解している。だからこそ、はっきりと答えた。




「ああ、ウソじゃない。本当だよ!あいつ、すごい速さだったんだ!」




 ダンの冷たい瞳はトールの目を見つめる。いつもこうだ。ダンに隠しごとはできず、トールはこの時恐怖で泣きそうになる。




「そうか、そいつの特徴は?」




 ダンは納得したようで顔を上げ、トールはいつの間にか止めていた呼吸を再開した。




「えっと、髪は黒くて、年はダンと同じくらい。それから……腰に剣をさしてた!」




 またもトールに制裁を加えようとする二人をダンは手で制し、その場にいる者全員に命令する。




「みんな、聞いていたな!今の特徴に合う奴を連れて来い!まだこの町を出ていないはずだ」




 ダンと両脇にいた男を残し、その場にいた者は全員即座に散っていった。




「計画が早まるかもな……」




 ダンは薄く笑ってそう呟いた。












 周りに流されるまま通りを歩けば、先程まで気にしていなかったものが目に付く。それは子供の多さ。普通に通りを歩いている者もいれば、屋台を眺めていたり路上の芸を見物する者もいた。


 恐らく殆どが孤児なのだろう。身なりに気を使っている者はいなかった。




「ここに孤児院はないのか……」




 自分が孤児院にいた経験から、思わず呟いてしまった。




「多分ありはするだろう。しかし人が増えれば孤児も増えるのに対して、孤児院はあまり増えん。どうしても溢れる者は出るのだ」




 イルマの話は理解できる。だが納得はできない。ジークは語気を強めて返す。




「ではこの町を治めている人は何もしないのでしょうか」




「……壁の外にいる者は、元々この町の住民ではなく勝手に住み着いた者だそうだな。ならばこの町の領主に彼等を保護する責任は無いだろう。この町は、この町の住民が最優先だ」




 ジークは何も言い返せない。だがそれは当然だ。大した知識も考えも無く、目の前に起こった理不尽に喚いているだけなのだから。




「……すみません、師匠。ぼくは自分が何もできないのを人のせいにしようとしていたみたいです」




 しかしジークは自分を良く見ている。




 村を出て、美しい景色を見て、優しい人達に出会い、獣の様な男と戦った。そして今、それらとは全く別の人の営みの負の面を直視し、ジークの心に暗い影を落とした。


 ジークはその影が自分で落としたものだということが、今分かった。




「そうか。だがなジーク、覚えておけよ。彼等は彼等なりの生活をしているのだ。弱者が全て被害者であるとか、不幸などと思うなよ。外から来たものが一面だけを見て正そうとするのは、傲慢というものだ」




 イルマの説教はいつも少し難しく、理解するのに時間がかかる。




(ぼくは、どうするべきなのか……)




 見捨てれば確実に後悔する、しかし助けると言っても何をすれば良いのか分からない。ジレンマに陥ったジークは悩むしかなかった。




(悩め、ジーク。正解など無い。お前の心で決めた道を進むしかないのだ)




 少年の苦悩する姿を満足そうに眺めるイルマは、しかし気になることもあった。




(子供達の動きがどうにも組織立っているように見える。盗んでいるのが食料ではなく財布ばかりなのはおかしい)




 イルマが見ていたのは、すれ違う人や、屋台や芸を見る人から財布を盗んでいく姿。孤児がお金を持っても、売ってくれる所は少ない。だったら直接食料を盗んだ方が良さそうだが、彼等は皆手慣れた様に財布だけを盗んでいた。




(子供達を裏で操っている者がいる。単なる金稼ぎか、あるいは……)




「いた!オレの財布を盗んだのはお前だろ!」




 突如後ろから聞こえた不名誉な問いかけに、ジークは驚き振り返る。




「あ、君はさっきの……!」




「オレたちのボスがお前に用があるんだ!オレと一緒に来い!」

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