計画

 突如後ろから聞こえた不名誉な問いかけに、ジークは驚き振り返る。




「あ、君はさっきの……!」




 そこにいたのは、先程ジークが財布を取り返したスリの少年だった。走って来たのか少し息を切らし険しい顔をしている。




「オレたちのボスがお前に用があるんだ!オレと一緒に来い!」




 ジークはてっきり文句を言われたり仕返しをされたりするのかと思ったがそうではなく、ただついて来いという。突然の要求に戸惑うが、




「ジーク、付いて行ってやれ。気になることがある」




 イルマにそう言われ、渋々頷く。




「ついて来るのか、来ないのか。どうなんだ!」




「い、行くよ。君に付いて行けば良いんだろ」




 少年はついて来いと言って歩き出し、慌てて後ろに続く。




(何でこの子はこんなにも偉そうなんだ……)




 ジークは普段子供の行動や言葉に怒ったりしないが、今回は直前の気分の落ち込みもあって少しだけ腹が立った。イルマの命令に対する怒りが無いのは調教のおかげだろうか。




「でもお前がすぐについて来るって言って良かったよ。来ないなんて言い出したら、その場でお前がオレの財布を盗んだってわめき散らすところだった」




(……すぐに行くって言って良かったあ……)




 通りの人にスリ扱いを受けるところを想像した恐怖で、立っていた腹は案外すぐに引っ込んだ。












「……ぼくはジークっていうんだけど、君の名前はなんていうの?」




 ただ付いて行くのもつまらないので、会話をすることにした。




「……トール」




 少年――トールはぶっきらぼうに名前だけを答える。




「トールのボスはどんな人なの?」




 自分の慕っている人の事なら何か話してくれるかと思ったが、トールは黙ってついて来いと言わんばかりに無視をして歩き続けた。


 大した情報が得られず、ジークは頭を掻いた。




 ジーク達は気づけば薄暗い路地裏に入っていた。建物の間隔が狭いため日光があまり入ってこず、ほこりの臭いが充満している。偶にネズミの姿も見え、衛生面が悪いことは言うまでもない。




「……お前、なんでこの町に来たんだ?」




「えっと、人探し……かな」




 トールから振ってきた話に少し嬉しく思うが、本当のことを言っても仕方ないので少しずらした回答をした。




「家族はどうした」




「……?別れてきたけど」




 問いかけの意味があまり分からず次の言葉を誘ったが、それっきりトールは黙り、しばらく迷路のような路地を歩き続けた。そして……




「ついたぞ」




 そこにはボロボロの少し大きな建物があり、入って中を見てみると今朝見た酒場と似たような構造をしていたので、ここも昔は酒を出していたんだろうと理解できる。


 そのかつて使われていた椅子に十人ほどの若い男達がまばらに座っている。




「ダン、連れてきたぞ」




 店の奥、椅子に座り腕を組み、俯いていた男が顔を上げた。




「歓迎するよ、旅の人」




 その冷たい瞳に、ジークは一つ冷や汗をかいた。












「ぼくに用があるって聞いたけど」




 ジークが話を切り出すが、男は考え事をしているのか中々口を開かない。


 焦れたジークがもう一言加えようとした瞬間、




「ダン」




 男が口を開く。




「俺の名だ。ダンという」




「……ぼくはジーク」




 名乗られた以上は名乗り返すのが礼儀だと、ジークは自分の言いたかったことを我慢して相手に合わせた。




「なあジーク、この町をどう思う」




「どうって……」




 自分が質問していたはずが逆に質問され戸惑うが、無視することはできなかった。


 ジークはこの町の印象を振り返ってみる。




「ジーク。この町は人が多く、活気があって、多くの人が笑う素晴らしい町だ」




 最初に訪れた時は店の熱気に押されてしまったが、少し慣れた今は確かに歩くだけで楽しい町だ。だが……




「だが、この町は同時に歪みも抱えている。ジーク、この町は、中が外を食っているのだ」




「それは……」




 ジークはその言葉の意味があまり分からなかった。




「この町は既に壁の中より外の方が人口が多い。各地から商人を集めているのも外の人間が呼び込んでいるからだ。更に店を出している者は、中に安くない税を払っている。だというのに……」




 ダンは立ち上がり、右を向く。他の男も同じ方向を睨んでいて、その先には恐らく壁があるのだろう。




「中の人間は孤児を放置し、医者の独占どころか壁の中に入るのに高い税を払えという。奴らはこの町で生まれ育った俺達を町民とは認めていない。……そんなことはあってはならない」




 まただ。ダンは冷たい目をジークに向ける。静かな怒りと失望、そして憎悪を一緒にしたような目だ。




「俺達は皆、この町で生まれ、この町で育った、この町の住民だ。それをどうしても認めない中の奴らに思い知らせるため……俺達は革命を起こすことにした」




「革……命……?」




 聞きなれない言葉に思わず聞き返す。ただ先程から悪い予感が止まらない。




「俺達はあの壁を壊し領主を襲撃する。そして、俺達が新たな領主になる」




「何を……」




 ジークはまた冷や汗が流れた。ダンの言いたいことや理念は理解するが、その解決策があまりにも強引すぎる。到底納得できるものではない。




「領主を襲撃なんて、できるはずが……」




「できるさ。君にも分かるだろう」




 ダンはそう言ってジークの前に立つと、体の表面を薄い膜が覆い始めた。それはダンが魔力を使えることを証明していた。


 ジークは身構え、退路を確認する。




「やはり君も特別な力を持っているんだな。俺はこの力で実現する。少々値は張るが、この力を動力にした武器も買う予定だ。そしてジーク、君にも手伝ってもらいたい。そうすれば、革命はより確実になる」




 ダンは右手を差し出した。


 男達の顔には覚悟が満ち、計画は必ず実行されると物語っている。




 だがジークはその手を取らない。




「壁を守る兵達はどうする」




「計画の邪魔をするなら、武力で排除するしかない」




「領主はどうなる」




「殺す。居続けられては困る」




「……子供達がスリをしているのは、君の指示か」




「……そうだ」




 ジークは怒りを顕わにして充纏し、ダンの目を睨んでその真意を問うた。




「君は、自分の目的の為に多くの人を、子供達を傷つけるというのか!」




「そうだ。大いなる目的のためなら少数の犠牲は仕方ない。そうでなければ、何も成し遂げることはできない」




 ジークはダンの右手を払う。魔力を纏った右手は簡単に弾かれ、痛々しい音がした。




「君の言いたいことは理解するが、その計画には賛同できない!自分の目的の為に人を傷つけていいなんて、あっていいはずがない!」




 ジークはその主張を明確に否定する。魔獣の件も、アドルフの件も、仕方ないで済ませる訳にはいかないからだ。




 ダンは右手を摩り、しかし大きな驚きも無くジークの言葉を受け入れた。




「そうか、残念だが仕様がない。トール、送って差し上げろ」




 入り口に控えていたトールが現れ、ジークを連れ出そうとする。


 しかしジークは出ていく前に、ダンに宣言をする。




「ぼくは君の計画を必ず阻止するぞ。革命なんて、させやしない!」




「この計画に変更はない。君がいつまでこの町にいるかは知らないが、気が変わったら連絡してくれ。その時は子供達に伝えるといい」




 最後まで子供達を便利な道具扱いしているようで、ジークはその性根が心底理解できなかった。ただ拳を握りしめ、トールに従い建物を出る。


 話しているうちに日は傾き、じーくの苛立つ心は暗闇に包まれたままだ。




「お前はオレたちに同情してるのかもしれないけど……」




 前を歩くトールが呟く。




「スリが悪いことなのも、町のみんなから嫌われることも分かってやってるんだ。それでオレたちの扱いが変わるなら、よろこんでやるんだ。……自分の家族をおいて行けるような奴には分かんないだろうけどな」




 ジークはその言葉に小さくない衝撃を受けた。生きる為でなく、無理矢理従わされているからでもなく、子供達が自分から、目的の為に自らを犠牲にしようとしている。そんな光景を、ジークは知らなかった。




「じゃあな。オレはお前に手伝ってほしいとは思ってない。人が見つかったら、さっさと帰れよ」




 人がまばらになった通りへ出ると、トールはそう言ってすぐに行ってしまった。




 赤い西日に照らされながら、ジークは決意する。




「師匠……ぼくはダンを止める。それがぼくのするべきことです……!」

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