晴空の魔法使い

ぱんぱんなこった

終わらぬ戦い

最終決戦

ある山の奥。そこは元々少しの草木と少しの生命が住む静かな山だった。しかし今は違う。岩は紅く融け、岸壁に大きく深い穴が穿たれ、焼け焦げた臭いが充満し、雲に覆われどんよりと暗い空気と相まって地獄と呼ぶべき様相だった。




 そんな場所に二人の人間……いや、人間と人間の様な生物が相対していた。先に口を開いたのは若い人間の女。




「ハァ……ハァ……流石は魔王と言ったところかの……」




 黒いマントと服は所々破れ、とんがり帽子は疾うの昔に彼方へ吹き飛ばされ、長い赤茶の髪が風でなびいている。息が上がっており体力の限界が近いであろう彼女に、人間の男の様な生物――魔王は答える。




「ああ……素晴らしい……ここまで私を追い詰めるとは!」




  余裕がありそうな言葉とは裏腹に、その体はボロボロである。右胸と腹には大きな穴が開き、左肩から先がない。その他には大小あるが体の表面が抉れている。そしてその傷口のどれもが焼け焦げ、炭と化している。この傷で未だ立っている所を見るに、やはり人間ではないのだろう。




「ふぅ……魔王よ、次で終わりじゃ。この戦いも、貴様の時代も」




「来い。お前の力を出し切れ! 人間の強さを見せてみろ!」




 傷らしい傷が無い女の声に対して、満身創痍であるはずの魔王の声は随分と余裕があるが、女のやることは変わらない。最後の一撃を放つため、魔力を極限まで高める。

 呼応する様に魔王も魔力を高め、二人の魔力によって生じた上昇気流は空へのぼり雲をかき混ぜる。回転する雲はより黒く重く、雷を呼ぶ乱雲となり二人の魔力が爆ぜるのを今か今かと待ちわびて…………




 瞬間。




 限界に達した魔力は女の両手から、魔王の右手から放たれた。魔力が二人の間で衝突し大地を揺らすのと、雷が吠え空を震わすのはまさしく同時だった。


 しかし雷が空を震わしたのが一瞬で終わったのに対し、大地はいまだ揺れ続けている。お互い狙いに狂いは無い。寸分の狂いもなく真正面からぶつかり合い押し合い圧し合う。反れることは無い、だが留まり続けることもあり得ない。反発し合った魔力は光と熱を持ってその場で爆発。




 空の天井と大地の底を貫く光の塔がそこには在った。











 音は無い。だが元の静かな山に戻ったのではない。山が無いのだから。大地の底まで続く穴の淵、二人は倒れていた。死んではいなかった、が当然無傷ではない。女はやけど、顔の右半分以外焼けていないところは無く、両腕は真っ黒な炭になっている。

 魔王も同じくやけど、その上右肩から脇腹まで消失している。しかしこれは奇跡である。魔力も狙いもタイミングも同じであったから爆発は上下に分かれた。

 

 少しでも何かが違えば爆発は広範囲に及び二人は一瞬で消し炭と消えただろう。よってこれは万に一つもない奇跡である。その奇跡の上で二人はもうすぐ死ぬ。そしてお互いがそれを理解していた。




「……ああ……言葉もない……人間よ、名を名乗ってくれ……」




「イルマ……魔女イルマ……お前を殺す者だ」




「……イルマ……そうか、しかと覚えておこう……」




 二人は死にかけている、故に声が小さい。雑音がないとはいえ、大穴の端と端では声は届かないはずだが、今はお互いの耳に、あるいは魂に届いているのだろう。




「終わりだ……魔王……わたしの故郷も、人生もすべてこの時のために捧げられたん

だ……お前の死をこの目で見て、やっと終われるんだ……」




 イルマは泣いていた。涙は出ていない。魂で泣いていたのだ。口調も変わっている、いや戻っているのか。死の間際で丸裸になった魂は、隠していたものをさらけ出していた。魔王も同じようにさらけ出す。




「終わり? ……いや、終わらんよ……私もイルマも……楽しみははまだまだ続く……!」




「何を……?」




 イルマは顔を上げて、驚愕した。「あり得ない」「そんな馬鹿な」声には出さなかったが、その半分動かなくなった顔でもわかるくらいに動揺していた。




 魔王が上体を起こしていた。いやそれはどうでもいい。

 魔王の魂が鼓動している。 死の間際で漸く見える魂。それが文字とも図形とも区別がつかない何かを纏いより大きく鼓動している。イルマは知っていた。幾人もの魔人を屠ってきた経験から理解している。


 あれは魔術発動の予備動作だ。戦いが始まっても一向に使ってこない魔術。魔人が使えて魔人を生み出した魔王が使えないとは思っていなかったが、このタイミングはなんだ? まさか回復の魔術!? だとしたら……もう……




「イルマ……君を私の魔術に招待する。」




 イルマは理解できていない。何が起ころうとしているのか。




「私の魔術は【転生】だ。魂を魂のまま保存し、来るべき時に器に入る。それが私の魔術」 




 イルマは理解できない。魔王が何を言っているのか。

 それだけあり得ない技術。魔王だから許される魔術。




「イルマ、君がここで死ぬのはあまりにもったいない。君は私が未来に連れていく」




 イルマは理解したくなかった。この男の言葉を。




 この男のせいでどれだけの人間が死んだ? いくつの村が焼かれた? 何人の子供が泣いた? 

 イルマは激怒していた。この男の言葉と、自分自身に。




 ……こんな男に認められて何を嬉しがっているのだわたしはッ!




「…………待っていろ魔王……わたしが必ずお前を見つけ出し、魂まで燃やしてやる……!」




「……ああ、楽しみに待っているとしよう」




 魔王の魔術【転生】が発動した。




 静かな山だったもの。そこに残ったのは、雲と大地に穿たれた大穴、それと二つの抜け殻だけだった。

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