その後
魔獣を殺してから一週間後、ジークはまだベッドの上にいた。
「シグネお姉ちゃん……もうそろそろ起き上がっても良いんじゃないかな……」
「いいえ、駄目よジーク。背中の傷も右手も、まだ治っていないの。分かるわよね?まだまだベッドから下ろすことはできないわ。それにね、あのあとわたしがどんな気持ちであなたを探しに行ったか分かる?その気持ちが分かるまでこの部屋から出ることは許しませんからね!」
魔獣を殺した後、ジークはボロボロの姿で約束通りエリカとヨハンのもとに戻った。二人に大きな怪我はなく(ヨハンはエリカに抵抗された時に引っ掻かれたり噛みつかれたりししていた)安心したジークはその場に倒れ動けなくなってしまった。
意識はあったので泣き狂う二人を宥めながらどうしたものかと思案していると、そこにシスターシグネとコニーが現れたのだ。あとはコニーが二人を、シスターシグネがジークを背負って村へ帰るだけ。
その途中シスターシグネは、恐らくこれがジークをおんぶできる最後の機会なのだと、その重みを感じながら悟ってただ一言。
「よくやったわ」
それを聞いてジークの意識は、昔より小さくなって、でも温かさは変わらない背中に落ちていった。
(結局、あのバケモノはなんだとかどうやって倒したとか、何も聞かれなかったなあ……)
魔獣の死骸はまだ湖にあるし、森は荒れているし、ジークは傷だらけなのにそれらに関する質問が一切ない。勿論完治してから聞くつもりの可能性もあるが、ジークは恐らく聞いてこないだろうなと思った。
「おい、気を抜くなよ。充纏が乱れているぞ」
イルマは相変わらずな様子でジークをつつく。しかしベッドの上でやることが無いジークに不満は無く、ひたすら魔力操作の修行をしていた。特に背中と右腕を早く治すため集中させているがあることに気が付いていた。
(やっぱり魔力操作、上手くなってるな……)
魔獣を殺した後初めて充纏を行った時から気づいていたがジークの魔力操作は魔獣を殺す前より一段上手くなっていた。割れた拳を治すために意識していたから得意だった右腕への充纏も、更に磨きがかかっている。これはやはり魔獣の魔力を取り込んだせいなのだろうか、とイルマに尋ねるがその答えは否であった。
「魔力を取り込んだからと言って魔力操作が上手くなったりはしない。お主が極限まで魔力を高め振るった影響でお主の限界の壁が一枚壊れたのだろう」
自分のおかげで強くなったことに素直に嬉しく思い、魔力操作にやる気が漲ってきた。今なら魔法の習得ももっと上手くできる気がする。
「そもそもあの魔獣は大した魔力を持っていない。恐らく目覚めたばかりで枯渇していたんだな。まあもし奴に魔力があったらわしらに勝ち目は無かったが」
「……え?」
あれだけ倒すのに苦労した魔獣が全然本気ではなかった。その意味にジークは心臓が跳ね背筋が凍った。
「弱点とは魔力が多く通う重要な部位の事だ。本来ならあの額の目も何かしらの機能があったはず。奴が人間をなめずに森で魔力を蓄えていたら危なかったな」
跳ねる心臓をなんとか押さえつけ、重要なことを聞く。
「あの……魔獣はまた現れるんでしょうか……?」
現代にも魔獣はいるがジークは今まで見たことが無かったし村に出たことも無い。初めて見て戦った魔獣がとても強く、だが本気でなかったと言うなら次に別の魔獣と戦った時勝てる保証はない。
「多分な。魔王が既に目覚めて活動しているのかまだ眠っているのか分からんが、その影響が出ているのは確実だ。かつての敵が目覚め、今いる魔獣が強化されるだろう。ここらへんも今は魔力が薄いが今後はどうなるか分からん」
ジークの予想通り、最悪の肯定だった。
「そうですか……」
ジークはそれだけ答えて、静かに充纏を維持し続けた。
それから更に一週間、エリカを抱っこしたり、ヨハンやコニーを褒めたり、シスターシグネのご機嫌を窺ったりしてやっと部屋を出る許可がもらえた。しかしまだ仕事の手伝いはしなくて良いと言われ暇になったが、ジークは丁度良いと思い修行をしていた草原へと足を運んだ。その足取りは軽いとは言えずいつもより少し時間がかかった。晴れて心地よい風が吹いている草原もいつもより暗く見える。
「師匠……。その、伝えなくてはいけないことがあります……」
ジークはイルマの顔を見れず俯きながら話す。これから話すことは約束破りに近いことだからだ。
「ぼくは……この村を出ることができません……」
出ることができない。卑怯な言い方をしたとジークは思うがもう取り消せない。
「……なぜだ」
当然理由を聞かれる。本来イルマは魔王を倒すためジークを弟子にした。しかしそのジークはここまで強くしてもらったのに魔王を倒しにも探しにも行かないと言う。旅に出ることは保留にしていたが、だからといってただ行きませんと厚顔無恥に伝えることはジークにはできなかった。
「……この村を、みんなを守るためです。また魔獣が現れた時ぼくしかみんなを守れない……。だからぼくはこの村を出ることができない、いや……出たくありません……!」
一分も残さず本当のことを全部言ったジークはただイルマの返答を待った。呆れられるだろうか、激怒されるだろうか、もしくは、失望……。だが帰ってきたのはどれでもなく……
「……なぜだ」
……なぜ?なぜとは?
何を聞かれているのかジークは分からず混乱するがイルマは続ける。
「なぜ村を守れるのがお主だけと決まっておるのだ。他にもおるではないか」
更に意味が分からない言葉にジークは聞き返そうとするが、イルマはそれっきり口を開かなかった。決心して打ち明けたのに結局何も解決せず、ただ渋い顔をして孤児院に帰るしかなかった。
数日たった日の夕方に、二人がジークの部屋に来た。それはコニーとヨハンで、ジークは珍しい組み合わせだなと思いつつ二人をベッドに座らせた。しかし二人は眉根を寄せ一向に口を開く気配が無い。何の話をしに来たのだろうかと思うが、その緊張した様子から自分から口を開くのをただ黙って待った。やがて二人は顔を合わせ一つ頷くとコニーから話し始める。
「……ジーク兄、おれたちを弟子にしてほしいんだ!」
……弟子にしてほしい。聞いたことがある響きだ。意味は真逆だが。しかしジークはどういう意味か分からなかった。人前で魔力を使った覚えが無かったからだ。
「ジーク兄は魔法みたいな力が使えるんでしょ。エリカをバケモノから守ったり、ぼくたちを抱えてすごい速さで走ったり、あんなの普通じゃありえないよ!」
……あ。
ジークは言われて思い出した。あの時は一刻も早く離れることを考えていたので気が回らなかったが、確かにあれは人間業ではなかった。ジークはしくじったと思ったが、しかし考えを改める。そもそも魔法を秘密にするという約束は無いし、隠していたのは戦いに巻き込まれない様にしたかったからだ。だが既に彼らは巻き込まれ、この先も魔獣やそれに類する敵が現れないとも限らない。
(なら自衛のためにも魔力を教えてみるというのは良い考えかもしれない……)
ジークはその考えを口にしようとするが、コニーがおかしなことを言うので喉に詰まってしまった。
「ジーク兄が出て行くまででいいから、頼む!もうおれだけ逃げるなんて真似はしたくないんだ!」
「ぼくからもお願い!ぼくもみんなを守りたい!」
「……コニー。今、ぼくが出て行くって言った……?」
聞き捨てならない言葉にジークは思わず聞き返す。イルマに村に残ると伝えたばかりだしそんな話をしたことは無い。
「え……うん。ジーク兄はもうすぐ村を出るんだろ。外の世界を見るのが夢だったからって……」
「それって誰が言ってたの……?」
焦ってコニーの言葉尻に被せて聞いてしまう。ジークの顔色は少し悪くなっていた。
「誰って……――だけど……。ジーク兄が話したんじゃないの……?」
ジークは言葉を失った。何故。どうして。分からないが今はどうでもよかった。
「コニー、ヨハン。すまないけど、この話はまた今度にしよう。すぐに結論が出る話じゃない……。だけど悪い返事はしないつもりだ……」
「う……うん、分かった。返事待ってるから……」
空気が変わったのが分かったのか、コニーはヨハンを連れてそそくさと部屋を出ていった。ジークは少し罪悪感を持つが、振り切って彼女の部屋に向かう。部屋はあまり遠くないのですぐに着き、ノックをする。返事を確認したジークはドアを雑に開けて、言った。
「……シスターシグネ、お話があります……!」
「あら、どうしたの。かわいいジーク……?」
窓から差し込んだ夕陽に照らされた顔は、妖しい笑みを浮かべていた……
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