潜入

「……あの、それであの計画のことなんですけど」




 腹を摩って満足げな顔をしているジークに、グロアは本題を切り出す。


 ジークは椅子に座り直し、一つ咳ばらいをした。




「はい、ダンから話は聞きました」




 今日起こった出来事について、一つずつ語っていった。


 スリをする子供達、ダンの計画、トールの覚悟、そのどれもが衝撃的で、ジークは話しているうちにやはり納得できないと思った。




「そうですか、やっぱりダンくんが子供達にスリを……」




 トールは今、グロアではなくダンの所で生活している。やらなければいけないことがあるとグロアの元を離れスリを始め、何度注意しても止めなかった。


 その話をする時、グロアはずっと辛そうな顔をしていた。




「きっかけは分かっているんです。お母さんが死んじゃったから……トールはお母さんが大好きだったので」




 トールとグロアの母は病で亡くなった。それ自体は珍しいことでは無いし、悲しいことではあるが乗り越えていかねばならないことだ。しかし、この町においては事態が少しややこしいことになる。もしその病が医者に診てもらえば治る範囲のものだったら。その医者が壁一枚隔てた先にいるのだとしたら。


 希望はあったのにそれに縋ることすらできなかったというのは、後悔とも違う後味の悪さを胸に残すことになる。




「わたしは納得しているんです。外町に住んでる以上は仕方ないですから。でも、トールは最後まで門を通せと……」




 ジークはトールの言葉を思い出した。あの言葉は、トールの諦められない思いが変化した、少しでもこの町を変えたいという意思なのだろう。その事自体を否定するつもりは無いが、しかし子供がそれだけの意思や覚悟を持つことができるだろうか。




「ダンくんです。ダンくんが、トールだけじゃない、他の子供や同年代の男の子達をまとめあげてこの町を変えるんだと声を上げているんです!ダンくんがおかしくなったあの時から……」




 ダンは一度死にかけた。よくある病で、当然医者には診てもらえず死を待つしかないと思われたが奇跡的に助かった。だがそれで話は終わらなかった。




「ダンくんは不思議な力が使えるようになったんです。力が強くなったり、怪我が早く治ったり、物を硬くすることもできていました。その時からおかしくなったんです。選ばれたとかこれで変えられるとか言い出して、気づいたらもう……」




 ジークはその時魔力に覚醒したのだろうと思い、イルマに確認する。




「死にそうになった時魔力に目覚める者はいる。その上ダンとやらは才能もあったんだろう、自分の力に飲まれてしまったんじゃ。突然力を得た者は、そういったことに陥りやすい」




 ジークは改めて、イルマの存在に感謝した。絶対に口には出さないが。




 グロアは俯いていた顔を上げ、声を荒げた。




「とにかく、男の子達も馬鹿なんです!領主をころ……あの計画を成功させたとしても、わたし達の扱いが良くなるなんてあり得ません!それはダンくんだって分かってるはずなのに、みんな乗せられてるんです!」




 興奮して赤くなった顔を、深く息をすることで冷やす。




「わたしはただ、もとのダンくんに戻って欲しいんです。力なんて無くていいから、また三人で一緒に……」




 ジークは右手を差し出した。


 その言葉と思いから譲れないものを感じたから。


 目の前で困っている人を見捨てたくないから。


 グロアの目から零れた涙を見たから。




「グロアさん、一緒にダンを止めましょう!ぼく一人では難しいですけど、二人なら何とかなります!」




「ああ、ジークくんありがとう。わたし一人じゃどうにもできなかったの……」




 グロアは顔を上げジークの右手を両手で掴んだ。一人で心細かったのだろうか、ジークは初めてグロアの笑顔を見た。




「あ、ごめんなさい……」




 グロアは慌てて掴んだ手を離し、先程とは違った理由で顔を赤くした。そんな反応は初めてで、ジークも照れてしまう。




「あ、あの、ジークくんは戦えるんですよね。剣とか持ってるし……」




 赤い顔を手で覆いながら、目線で腰の剣を示した。




「この剣は飾りみたいなものですが、戦えますよ。……ぼくもダンのように不思議な力が使えるんです」




 自分の力をひけらかすのは好きではないが、今回は情報を共有する方が大事だと判断し話すことにした。




「えええ……!ダンくん以外にもいたんだ……!」




 口に手を当てて驚くグロアは、今度は顔を引き締めて気合を入れた。




「わたし、今まで怖くてあの建物に入れなかったけど、次は絶対に入って情報を手に入れます……!」




(それって、今は何の情報も無いってこと……?)




 わたしはスパイわたしはスパイと自己暗示を繰り返すグロアを見ながら、ジークは前途多難だなと思った。












(はあ、アラハバイに着いたはいいものの、旅人の容姿について聞くのを忘れるとは……)




 セシリアは暗くなった通りを歩きながら困り果てていた。旅人の特徴は剣を持っていることしか分からない。今の時代、帯剣している者は少ないがいないわけではない。その情報だけでは広いアラハバイから見つけ出すことは不可能に近い。




(どうする、あの村に戻って確認するか……いや、その間にアラハバイを出るかもしれん。……良く考えたら今アラハバイにいるかどうかも分からんではないか……!)




 後先を考えないで突っ走る性が災いし頭を抱えるが、良い考えは思いつかない。そのうちグウと腹が鳴って、赤面すると同時に自分が空腹なことに気づいた。丸一日補給も無しに走り続けたのだから当然だ。


 セシリアは一旦考えるのを止め、とりあえず腹ごしらえをしようと近くの適当な店に入った。




 照明に照らされ酒を飲み賑わう店内を進み、店主が酒を出す台の前に座った。純白の鎧が珍しいのか視線を周りから視線を向けられるが、いつものことなので気にしない。




「酒精が無いものを一杯くれ。それとおすすめを一つ」




 まだ任務中ではあるので酒以外を注文し、何か情報が無いか聞き耳を立てる。だが聞こえてくるのは女がどうとか博打ががどうとか下世話な話ばかりですぐに耳を閉じてしまった。


 どうしたものかとため息をつくと、想定より早く注文したものが届き気持ちを切り替えた。悩んだままする食事ほど楽しくないものは無いと思っているからだ。




(この赤い煮込みは辛そうだが…………うむ、香辛料の香りが効いていて、後を引く辛さが更に匙を進ませる。……この果実水も良く合う)




 気づけば皿は空になり、セシリアは同じものとパンを追加で注文した。予想外の掘り出し物に気分は上がり、まあ何とかなるだろうと考え方を変えなんとなく店内を見回した。下世話な話は好きではないが、人々の生活している様子を見るのは好きだった。セシリア自身、何故かは分かっていない。ただぼうっと見ているだけで心が落ち着くのだ。




「……剣とか持って……」




(……剣?)




 微かに耳に入った音の方を向くと、店の奥にまだ大人には見えない二人が座っていた。酒場に子供だけでいるのはおかしいが、何より手前側に座っている少年だ。その少年は腰に剣を下げていた。剣身は布で巻かれ判別がつかないが、資料にあったミゲルの剣の太さと近い気がする。




(……まさかな)




 だが子供にミゲルが倒されるとは思えない。単なる偶然、親から護身用に持たされた物だろうと勝手に納得しようとした時、




「……ぼくも……不思議な力が使えるんです……」




 嫌な汗が噴き出る。不思議な力とは、魔力のことか。




(馬鹿な!本当にあの少年がミゲルを倒したというのか……!?まさか、あの女性が妙に庇っていたのは子供だったからか……!)




 セシリアは迷う。あの少年が探し人なのはほぼ確実だが、ここで声をかけては戦闘になってしまうかもしれない。周りの人間を巻き込めない以上、一人になった所を狙いたいが対面にいる女の子が厄介だ。関係性が分からない。




「……わたしはスパイ……」




 セシリアの手は震えが止まらず、注文の品が届いたのも気づかなかった。あの大人しそうな女の子はこの町に潜入するスパイで、少年は態々彼女に接触した。それは何故か……




(魔術を使ってこの町を乗っ取るつもりか……!)




 少年の目的を看破したセシリアは、あの二人から目を離さないことに決めた。




(あの少年は既にミゲルを倒すほどの実力者……!絶対に一人にしてはならない!)




 二人の様子を睨みつけながら、いつの間にか届いていたパンを一口齧った。












「あの、ジークくん……奇麗な女の人がこっちを睨みつけてるんだけど……」




「え?……う~ん、心当たりは無いけどなあ」

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