食事

「とはいえ、どうするつもりじゃ?いつ、どこで計画が実行されるか分からんのに」




「う……」




 ジークは痛い所を突かれ唸る。本人に聞きに行っても教えてくれる訳が無い。


 計画を止めると息巻いてはみたものの、ではどうやって止めるかについては何も考えていなかった。




「それにお主をあっさり返したのも気になる。態々自分のところまで呼んで計画の説明までしたのに、断れればしょうがないで済ますか?」




 力ずくなり脅迫をするなり、強引な手段を取ってもよさそうだが、彼等は何もせず案内までつけて返してくれた。


 そしてジークは彼等の計画に反対し止めようとしている。これでは無駄なリスクだけを背負っている様にしか見えない。




 ジークは考えてみるが、いかんせん情報が少なすぎて何も分からず、頭を抱えて途方に暮れてしまった。




「あの……」




 なんとなく流れる人々を眺めていると、後ろから声をかけられた。今日は良く声をかけられる日だなと思いながら振り向くと、そこにはジークと同い年くらいの女の子が立っていた。




「ダンくんの所からトールと一緒に出てきましたよね」




 ジークは警戒する。あの計画に賛同する者かもしれない。




「あの、そんなに警戒しないで下さい……私もあの計画に反対しています。そして止めたいとも思っているんです」




 女の子はついて来てくださいと言って歩き出す。ジークは少し迷い、今はとにかく情報が欲しいので付いて行くことに決めた。




(それにしても、後ろから声をかけられたり、後ろについてまわったり、一日に二回もするようなことじゃないよ……)




 強引な案内に辟易していると、女の子は振り返ってこう言った。




「えっと、わたしグロアっていいます。トールの姉です……」




(ああ、なるほど)




 ジークは思ったことは言わず、ただ名乗り返す。


 役に立つか分からない情報が、早速手に入ったようだった。












 日が完全に隠れるころ、二人は酒場へと入っていった。


 明るい店内では多くの人が酒を飲み食事をしながら騒いでいる。夜になるとここまでにぎやかになるのかとジークは驚きながら、席の間を縫って歩く。


 その間もまた追い出されるのではないかと不安になっている中、グロアは店主に挨拶をすると店の奥にある小さい円卓へと向かった。

 

 そこには二つの椅子が向かい合わせで置いてあり、グロアはジークを手前に座らせて、自分は奥に座った。




「あの、何か頼みますか……?」




 ジークはそう言われて自分が腹が減っていることに気づいた。今日は活動し通しで何も食べていない。何でもいいから今すぐ食べたいところだが、ジークは金を持っておらず払うことができない。


 しかしそのことをグロアに伝えると……




「……わたしここで働いているのでちょっと融通が利くんです。だから、大丈夫です」




 空腹も限界に近いたジークはその行為をありがたく受け取る。丁寧にお礼を言って、後で干し肉を上げようと思った。


 グロアは近くの店員にいくつか注文し、ジークに向き直る。




「えっと、トールはどんな様子でしたか……?」




 注文したものが来るまでは世間話をするというのは理解できるが、その話題がトールの様子とはどういうことだろうか。




「……普段のトールが分からないけど、思い詰めてるというか……」




「やっぱり、そうですか」




 姉であるなら自分より詳しいのではと思っても、何か事情があるのだろうと口にはしなかった。


 そのうち店員が現れて二人分の赤い煮込みと飲み物を置いて行った。更にはいつものより少し柔らかいパンもあり、ジークは思わずよだれが垂れそうになる。




「フフ、先に食べちゃいましょうか」




「ああ、ええ、そうですね!いただきます!」




 ジークはまず初めて見る赤い煮込みを匙で口に入れた。




 その瞬間、香辛料の香りが一気に鼻を抜け脳を刺激する。舌の上では崩れて融けた具材の濃厚な旨味が暴れまわり、鼻の奥と舌の上の同時攻撃にジークは気絶寸前まで追い詰められる。


 だが何とか耐えきって飲み込んでやり、勝ったうまいと叫ぼうとするが、まだ終わりでは無かった。


 煮込み奴は去っていく直前、火を放っていたのだ。舌が燃える様に辛く慌てて飲み物を流し込むと、これまたどうして衝撃を与えてくる。


 この杯に入っているのはただの水ではなく、恐らく果汁が混ざっている。

 口をつける際に漂ってくる爽やかな果実の香りと、口内を引き締める酸味。

 その裏に隠れるほんの少しの苦みが更に食欲を刺激する。




 そしてジークは一旦匙を置き、震える手でパンを千切る。


 分かっている、分かっているのだ。をしてしまえば、もう戻れないかもしれない。忘れられずに、何度も思い返してしまうかもしれない。だが……もう誰にも止めることはできない。




 千切ったパンを煮込みに浸け、零れ落ちない様に顔を近づけ……口に入れた。




(ああ、ああ……!)




 乾いたパンに、煮込みが恵みを与えた。




 最初に舌の上で濃い味が広がり、咀嚼しているうちに煮込みが染みていない部分と混ざり合い味の濃淡を感じることができる。

 更にパンの堅さが良い具合に煮込みを口内に引き留め味を長続きさせて、この幸福をこれでもかと噛み締める。




 熱くなってきた口を果実水で流し、またパンを千切ると今度はそれを左手に持って、右手に匙を持った。そう、ジークはその魔力を籠めた目で見逃していなかった。煮込みの中に、肉があることを。




 掬ってみればそれは内臓肉のようで、ジークは少しがっかりした。山で取った動物の内臓肉を食べた時は、どうしても臭いが目立って好きになれなかったからだ。だが意を決して口へ運ぶと、その印象は完全に反転した。


 丁寧に処理されているのか嫌な臭みは一切ない。どころか、少し残った内臓特有の臭いが煮込みの香辛料と見事に調和し、香りだけで料理を完成させてしまっている。


 長時間煮込まれ柔らかくなった内臓肉はコリコリとした弾力を残しつつも歯切れが良く、そこに左手に備えたパンを加えてやれば……もう、言うまでもない。








「ごちそうさまでした……ああ、おいしかったあ……」




 あっという間の出来事だった。グロアは目の前で勢いよく平らげていくジークに驚くことしかできない。ただ、良く見るとそのジークは空になった自分の皿を見つめているようで……




「あの、ジークくん。おかわりする……?」




「え、良いんで……いや、そこまでしてもらうのはのは悪いですよ……」




 グロアはまたクスリと笑うと店員を呼んで同じ注文をした。


 ジークは恥ずかしいやら嬉しいやら、複雑な表情をしてグロアに感謝を伝えた。




 本題に入るのはもう少し先になりそうだった……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る