協力者
「では、また後日会いましょう」
「うん、送ってくれてありがとう。わたし頑張るから!ジークくんも気を付けてね」
月の位置が高くなった頃、グロアの家の近くで二人は分かれた。
グロアを見送った後、ジークは昼間とは違った怪しい雰囲気の通りを抜ける。横目で酔っぱらいを見ながら町の端にたどり着くと、そのまま町を出て草原を歩く。少し肌寒いそよ風と、冷たい月の光がジークの心を冷やした。
「そろそろ良いでしょう」
町から十分に離れたと判断し、ジークは跡をつけてきていた人物に声をかけた。
「ほう、バレていたか。思っていたよりやるようだ」
振り返って見てみればそこにいたのは正しく絶世の美女で、銀の髪と純白の鎧は月光に煌めき、神話の時代なら女神と称えられても嘘ではないだろう程だった。
あまり異性に興味が無いジークでさえ、正面から見れば息を飲む。
「尾行には自信があったんだがな。ミゲルを倒した実力は伊達ではないということか」
声もまた透き通るようで、しかし警戒が込められ突き放すような音は全く油断していない事が分かり、ジークも少しの挙動も見逃さない様に見据える。
「そんな恰好をしていれば誰だって気づきますよ……それよりどうしてミゲルのことを」
自分がここまで警戒されている理由はミゲルとの戦いを知っているからと理解したジークは、では何故それを知っているのか問いかける。
(あの村の住人では無いだろうし、ではぼくが去ってから調査したんだろうけど、一体何のために?)
「そんなことはどうでも良いだろう。重要なのは君がミゲルからその剣を奪い、その力で人々を脅かそうとしているということだ」
(剣……?)
目の端で腰に下げた剣を見る。恐らくこの剣は重要なもので、だからこそ彼女はそれを追ってきたのだろう。
(……ということは、戦闘を回避できる……?)
ダンの刺客か、それにしては目立ちすぎると良く分からなかった彼女の目的が分かり、交渉の余地が出てきた。特に戦いたい訳ではないジークは交渉で済むならその方が良い。
「人々を脅かすというのはよく分かりませんが、この剣を渡すというのは吝かではありませんよ」
彼女が何者か分からない以上、この剣を渡すわけのは慎重にすべきである。もしかしたらミゲルの様な悪党かもしれないからだ。
「黙れ、私を騙そうとしても無駄だ。まだ人を殺したことは無いようだが、力に飲まれた者は大抵周りを巻き込み碌な結末を迎えない」
女は腰に佩いた剣を抜く。シイィーンと金属が擦れた様な甲高い音が鳴り、髪と同じく銀色に輝く細身の剣身が姿を現した。全身で月の光を反射する女は、白い羽衣を纏っているようだった。
「その剣を手放し、私について来い。大丈夫だ、悪いようにならないよう私が話を通してやる。だが抵抗するようなら、殺しはしないが……」
女は全身を充纏し、実際に輝く羽衣を纏った。そして今にも飛び掛かりそうに構え、ジークはその様子に大変に焦った。
「おいジーク、この女、魔術の関係者なんじゃないか?あの剣にも魔術が施されてるぞ」
そう言われて良く彼女の剣を見ると、確かに文字とも模様とも区別がつかないものが彫られていた。そして魔力を使うとなればミゲルと同じような魔術を使う者と見て間違いないはずだ。
(そういえばミゲルは、追ってきたとか流派とか良く分からないことを言っていた……!)
「あ、あの、魔術を使うんですよね?もしかしてミゲルを追って……」
「そうか、ミゲルから聞いたか、ならば猶更引くわけにはいかない。君は必ず私と一緒に来てもらう」
充纏の出力が上がり魔力が輝いた瞬間、ジークも充纏し前方に転がる。
ジークが場所の背後で、彼女は左手で空を掴んでいた。
「ふむ、この女から仕掛けてきては仕方あるまい。ジーク、油断するなよ」
「師匠……!まさかわざと……」
「……抵抗するか。ならば骨の一本や二本は覚悟しろよ」
女は一瞬で距離を詰め剣を振り下ろし、ジークは更に距離を詰め剣を持つ腕を下から止めた。
「ぼくはこの町でやることがあるんです……!付いて行く訳にはいきませんッ……!」
ギリギリと音を立て、拮抗した力はぶつかり合った。
空いた手で少年の服を掴もうとするが弾かれ、距離を取られてしまった。少年の体を覆う魔力は分厚く、体格で勝る自分と互角とは、とセシリアは驚いた。だからこそミゲルを倒せたのだろうと考え警戒度を引き上げる。
(この少年はまだ何もしていない……魔術は使えん)
そう判断したセシリアは一息で距離を詰め速さを生かした瞬時の連撃を放つ。
魔力と月光を纏う剣は夜の闇を切り裂き、幾つもの銀の軌跡を残す。
しかしその全ては空振りに終わり、少年の服すら切ることは無かった。
(速いな……深手を負わせるつもりは無かったとはいえ、全て避けるか)
見る間に少年の危険度は上がっていく。
(このような少年が、魔術協会に見つかってすらいなかったとは……これだけの才能、何が何でも連れて行く!)
当初の目的であったミゲルの剣など忘れ、今はただ少年を協会に入れ魔術を学ばせたかった。
そんなことを考えているとふわりと風が吹き、違和感を覚えた。先程から吹いている風とは違う、何かおかしい風。
(何故顔にだけ……ッ!)
風に乗って目に砂が入り思わず顔を背け、しかし充纏の出力を上げ防御の構えを取るが、この隙を突くような攻撃は無い。
(何だ今の風は。偶然か、いやまさか……)
薄く目を開けると既に目の前に少年の姿は無く、ミゲルの剣だけが地面に突き立っている。
(……?剣だけを置いて逃げたのか……え?)
トンッという音と共に膝裏に衝撃が走り、膝から崩れ落ちる。そして何が起こったか分からないまま背・後・にいた少年に取り押さえられた。
「え、な……えっ!?一体何が……えっ?」
「膝カックンですよ、知らないんですか?無傷で捕らえるならこれだと思ったんですが……」
砂の目潰しによる緊張、目を開けたら剣を置いて逃げたという緩和が油断を招き、魔力の揺らぎを見逃すことなく膝裏への意識外の一撃が膝を刈り取ったのだ。
「クッ……私についてくれば君の力は必ず人の為になる!この町で悪事を働いても……」
「それですよ」
うつ伏せのまま騒ぐセシリアに、少年は不思議そうに言った。
「ぼくは悪事なんか働きません。むしろこの町で起ころうとするある計画を止めたいんです」
「では、ダンという男が領主を殺害する計画を立て、君とさっきの女の子はそれを止めたいというのだな?」
女――セシリアはあぐらをかきながら手首の動きを確かめていた。
「ええ、まあ信じてもらえるかは分かりませんが」
ジークは話をややこしくしたミゲルの剣を取り、布を解いて剣身を出した。
「この剣は処分に困ったからとりあえず持っていただけで、魔術の関係者が回収すると言うなら返します」
「その剣を渡してくれるなら助かる。だが魔術の関係者というのは知らんな」
頑固な人だなと思いながら剣を渡し、本物と確かめてもらってから再度布を巻いた。
「まったく、大した戦闘にならんとはつまらんのう」
そのやり取りに興味が無いのか、イルマは暇そうにつぶやいた。
態々戦いたい訳ではないジークは、イルマにバレない様に横目で睨んだ。
「しかし君について来て欲しいのも事実だ。そうだな……私もその計画を止めるのを手伝おう」
「……え?」
セシリアはさも良いことが思いついたようにその奇麗な顔を上げた。
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