行き先
剣は赤く、熱を発する。取り込んだ魔力は高速で変換され舞い上がる熱気は光を歪める。
「な……ッ!まだやるのか……!?」
いつの間にかダンはその剣を硬く握っている。そしてもう既に大量の魔力を消費し肉体も瀕死のはずなのに、残った魔力を無理やり捻り出し剣に送り込んでいるように見えた。最後の一撃を放とうとするかのように。
しかし……
「グウ……アアアァァァッ!!」
(手が剣から離れない……!!まさか……)
剣の反逆。使い手の意思を無視し魔力を奪い取る暴走。剣は魔術を強制的に発動するようダンの魔力を奪ってゆく。
「魔術の暴走……?そんなことが……いや、それより拙いぞジーク!あのままでは奴も、此処も……ッ!!」
(俺の中の大事な何かが奪われ……力に変わって行く……あの男が言っていたのはこういうことだったか……ッ)
魔力は誰もが持っている魂から溢れる力。泉から湧き出る水の様に、いくら消費しようとも全くの零になることはまずない。しかしもし、水が少ないからと云ってその泉を無理矢理掘り起こしてしまえば、二度と水が湧き出ることは無いだろう。それはつまり
今、人が剣を使っているのではない。剣が人を使っている。赤い剣はダンの手を、魔力を、魂を掴み、ただ魔力を寄越せと唸っている。無尽蔵に魔力を要求するそれは、まるで意思を持つ怪物かの様に赤い眼光を光らせどんどん温度を高めていく。
もうすぐ壁を穿った時の魔力量に到達するというのに治まる様子を見せない。容量上限が無くなり限界を超えた出力を出す魔術は際限なく魔力を吸収し、ダンの魂が破壊された時……
「大爆発だ……!わしにも規模は分からん……ッ!」
「そ、そんな……」
人と道具という主従が逆転した。このままではダンも、ここ一帯も、太陽に直接焼かれたように消えるだろう。
(だがどうする……?あの剣を破壊するか……いや、解放された熱でジークが死ぬ……ならば奴を殺すか。……それも同じことか)
イルマは必死に考えるが、解決策は簡単には浮かばない。その間も状況は悪化し、しかしジークも無暗に手を出せず足踏みをする。
「……終わりだな」
ダンは目の前で立ち尽くすジークに言った。
「分かる……俺はもうすぐ死ぬ」
俯いていて顔は見えない。だが膝はつかず、今体を蝕んでいる剣を杖にしてでも立ち続けている。
「……なら俺の命に代えても、この力を壁の内側に向ける。そうすれば……全部……全部……」
心の内にある黒いもやはダンの一部となって燻り続けている。ダンを支える様に、動かす様に。
死を目前にしても折れず立ち続け、自分の最後まで目的を果たそうとするその姿にジークは……
「逃げるのか……?」
「…………何だと?」
怒り。ジークの右拳がミシリと鳴る。甲に浮く血管がその手に込められた力の大きさを物語る。
「壁を破壊して……町の人達を傷つけて……ここまで散々好き勝手しておいて、どうしようもなくなったら死んで逃げるのか?」
「逃げるだと……?俺が、死に逃げていると言いたいのか…………お前はッ!!」
ダンは剣に引き寄せられる力より強く握りしめる。その力は弱っていることを感じさせないほどに強く、そして怒りを感じさせるには十分だった。
「そうだ。君は死んで逃げようとしている。この後にすべきことも全部投げ出して楽になろうとしているんだ。変える変えると言って、変えた後のことは何も考えちゃいない。……君のやっていることは無責任で空っぽな、ただの子供の我儘だ!」
ダンの怒りは十分ではなかった。尽き欠けていたはずの魔力が体から滲み出て立ち上り天を衝く。青ざめていた顔に血が巡り赤く染まる。腹の内側が燃える様に熱くなる。
「ふざけるな……ふざけるなッ!!持って生まれたやつに何が分かる!……これは俺の覚悟だッ!何も成せなかった、何も成さなかった俺の覚悟だッ!力を得たからこそ、ここで俺は――」
「――違う!それは覚悟なんかじゃない……単なる逃げだ!色んな人を巻き込んで人生を変えたくせに、その人達の先のことは何も考えていない。……この町のこともッ!!」
「……違う……俺は……」
一瞬で湧き上がった魔力も、血も、熱も、今はどこかへ行ってしまった。剣を握る手も力なく柄を覆っている。
違う。俺はただ、変えたかったんだ。自分の運命を変えたかったんだ。
力を手に入れたから、それで俺は……
「許さないぞ……!」
ジークの右拳は今も尚力ちからを宿している。だがもうそこに怒りは無い。そこに宿るのは決意だ。ジークは今、心に決めた。
「ぼくは好き勝手して死んで逃げるなんて許さない。理不尽に傷つけられる世の中を認めない。だから――」
止めろ。その目で俺を見るな。
「君を死なせないし、これ以上誰も傷つけさせない」
ジークの目は眩しかった。黒い瞳の中の心は、ダンにはあまりに眩しく、だが反らすこともできず……
俺は……俺は……
「どうすれば良かったんだ……」
口を衝いた言葉。ダンはずっと分からなかった。今までの自分を否定したくなくて求めなかった。力が無いと言い訳して何もしなかった。
あの時、もっと腕の中にいたら何か違っただろうか。あの時、手拭いを絞って、町の中を走っていたら何か違っただろうか。
あの時、俺も混ぜてと言っていたら……
「……分からないよ。ぼくは君の人生を知らないから、どうすれば良かったかは分からない。でも……」
ジークは、尚も真っすぐダンを見つめる。そこには嘘も、慰めも無かった。
肉体を越えて見つめ合うその先を、お互いが理解したかった。
理解できる気がした。
「……君が生きているなら。これからも生きるなら。どうすれば良かったじゃなくて、どうすれば良いかなんだ。選択は過去じゃなくて、今にあるんだ」
「これから、決めるんだ」
これから……決める……
「俺は……」
どうしようもない人生だと思った。何も持っていなくて、何も手に入れられないと思った。
「俺は……」
希望が欲しくて、でも一人が怖かった。一人が怖かったからあの人を拒絶した。
「俺は……」
力を手に入れて何でもできる気がした。仲間を集めて全部変えられる気がした。だけど結局、俺は誰も信用していなかった。変えると言って、変えた後のことは何も考えていなかった。
まやかしの仲間。まやかしの目標。そんなものに皆を巻き込んで、焚きつけて、利用した。
あいつらも、トールも、グロアも……
俺はまだ何も成していない。何も成せていない。
だから俺は……まだ――
「――俺はまだ、やるべきことがある……!」
ダンの心に一筋の光が射した。ガラスの器をキラキラと反射させ、中に入った黒いもやも照らした。
それは僅かな光で、ダンの心を全て照らした訳ではない。
それでも良かった。
心の行き先が決まったようだから……
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