謝罪と睡魔
何の動きも無いまま二日が経ち、ジークとセシリアは町中をフラフラと歩くだけだった。頼みの綱もスカとあってはどうすることもできない。
最悪の場合は毎夜壁周りを巡回することも考えたが、広い壁を二人では見切れないし、そのことがバレれば計画の時期をずらされるだけで根本的な解決にはならない。
あくまでも計画を失敗させ、無意味であると分からせなければならない。ただダンを殴っても終わらないのだ。
「三日後が本当だとしたら、明日の夜中といった所でしょうか」
「私達が起きている昼間に実行するとは考えにくい。やるなら夜だろう」
本当だとは思えないが。そう付け足し、腰に細身の剣と背中に布を巻いた剣を携えながらセシリアは歩く。背中の剣は邪魔そうだが、危険な物なので肌身離さず持ち歩くしかない。
歩く度にガチャガチャと音が鳴りその容姿と相まって周囲の目を引くが、本人は全く気にした様子は無くジークばかりが落ち着きがないようだ。
もう数日も町を練り歩いているので、白い美人と黒い子供が聞き込みをしているとちょっとした有名人になっている。
ジークは恥ずかしさから下を向くことが多く、その時はセシリアの気にしなさを見習いたいと思ったものだ。
結局その日も大した成果は得られず、二人は宿へと戻った。野宿でも良かったが一応の備えとしてなるべく町にいたかったので、グロアの報告の後から宿を取っている。勿論一部屋だ。
また少しの予兆も見逃さないため、交代で夜番をしていた。
特に明日は本当かどうかは怪しいが実行日の予定なので油断はできない。既に二人の口数は少なくなっていた。
「あの、すみません、グロアです」
二人がベッドに座っていると、扉が叩かれ声がした。その声はグロアで間違いなさそうだったのでジークは扉を開けると、そこには籠に食料を詰めたグロアの姿があった。
「差し入れ、持ってきました!」
満面の笑みで言うグロアに少しの違和感を持ちながらも、お礼を言いながら中に通した。顔がほんのり赤く見えるのは走って来たからだろうか。
セシリアも少し驚いた顔をしているが、しかし明日に備えて精を付けられるならその方が良い。
「よく私達の宿が分かったな」
驚いていたのはそこかとジークが思うのと同時にグロアの動きが一瞬止まり、また何事も無かったかのように動き出す。
「……町の人に聞いたんですよ。お二人は目立つから。そもそも、わたしには宿を教えてくれてもいいじゃないですか」
「……それもそうだな。私の考えが足りなかったようだ」
やはり笑みを崩さないグロアにセシリアが謝る。いえいいんですと言いながらグロアは部屋の隅にあった小さめの円卓を持ってきて、そこに持参した食料を並べ始めた。
パン、干し肉、あの赤い煮込みもある。そして……
「どうです、葡萄酒も貰って来たんです!」
瓶の中を見ると赤紫色の液体が入っており、酒の匂いがするので間違いなく葡萄酒だろう。ジークは先程扉を開けた時、この匂いがしたのを思い出した。しかし、
「すまない、気持ちは嬉しいが酒は控えているんだ」
「ごめんなさい、ぼくもお酒はちょっと……」
任務中に酒は飲まない真面目と、シスターシグネから言われた酒はあまり飲むものではないという忠告を守ろうとする真面目には、効きが薄いようだった。
「ああ、すみません。なんでわたしってこういう時に気が回らないんだろう……」
「いや、十分助かる」
持っていた籠に瓶を戻しても、机には三人では食べきれるか分からない程の食料がのっている。大した金を持っていない二人からすればとてもありがたいことだった。
良い匂いに思わずパンを手に取るジーク。
「待て、この娘が持って来た物は食べるな」
突然喋り出したイルマに止められ、その方向を向く。声を出しては不審がられるので目で理由を問いかける。
「勘じゃ。わしが今まで生きてきた経験から、この娘は何かを隠しておる。どうにも信用できん」
(今まで生きてきたって、ぼくとそこまで変わらなそうだけど……)
たしかに不自然な点は見られるが、単に実行日と思われる明日に緊張しているだけかもしれないし、そうで無かったとしても態々ジーク達を騙す理由がない。
とはいえ師匠の忠告を全く無視する訳にはいかないし……
「なんだジーク、食欲が無いのか?無理にでも食べた方が良いぞ」
「そうだよ、明日は計画の実行日なんだから精を付けないと!」
「駄目だ、食べるなジーク!この娘は信用ならん!」
三人の圧力に冷や汗が流れる。今は二対一で食べるが優勢だ。しかし師匠の言葉は二人以上の価値がある。とはいえ師匠を理由に断ることはできない。
そこでジークが取った行動は、
「えっと……グロアさんもお腹が空いてるんじゃないですか?」
少し苦しいが先にグロアに食べてもらうこと。これで食べれば安心できるし、どんな言い訳でも食べなかった場合は……
「そう、じゃあ先に頂くね。…………うん、おいしい。煮込みは少し冷めてるからいつもとちょっと違うけど、静かな所で食べるのもいいですね」
煮込みとパンを何も抵抗が無いように食べるので、ジークはイルマの方を見るが、イルマは困惑している。
だがとにかく食べても問題ないことが分かったので、手に取っていたパンを一口齧る。イルマもこれ以上止めることはできないと分かったのか、歯痒そうにしながらも黙っている。
当然一口食べても何も異常はなく、味もおかしくない。
煮込みは味が違うような気もするが、一度しか食べていないし今回は冷めているので変化があまり分からない。しかし上手いのは間違いないので食べてしまう。
そうこうしているとセシリアも食事を始め、腹が空いていたのか多いと思われた食料もあっという間に無くなった。
途中でグロアが自分で葡萄酒の瓶を割ってしまうこともあったが、
「酒は良い。怪我はないか?」
「ごめんなさい。大丈夫です……」
「ああ、それなら良いんだが……」
誰も怪我をすることは無かった。
そして夜が更ける前にグロアを送っていこうという話をしている時、ジークの瞼が突然重くなった。まるでまつ毛の先に重りを吊るしたように下に引っ張られ、同時に意識が遠のいていく。
「……ごめんね、ジークくん、セシリアさん。でも、これしか方法が無かったの」
「……何を……」
薄れゆく意識をなんとか手繰り寄せセシリアを見るが、彼女も同様に上半身がベッドに横になっている。目が開いているかどうかは分からなかった。なぜならその頃にはもう自分の目が閉じていたからだ。
耳元でイルマが叫んでいるはずなのに、はるか遠くから微かに声が聞こえるような小ささに感じる。これでは睡眠を邪魔するどころか子守歌にしかならない。いや、そんなものが無くともあと数秒でこの意識は落ちる。
ごめんなさい
意識が落ちる寸前、最後にそれだけを聞いてジークの意識は溶けて消えた。
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