穴
きっかけは爆音だった。遠くで起こった何かが空気と地面を揺らし、ジークの意識を揺さぶった。
「……きろ……起きろ!」
「う……あ……?」
目覚めかけた意識にイルマの一声がかかる。暗闇がはれ、ベッドから飛び起きた。
(えっと……そうだ、確かぼくはグロアさんの差し入れを食べて、それで……)
振り返りセシリアを確認すると息をしているようなので、致死性の毒ではないようだ。
なぜ、いつから。疑問はあるがとにかくセシリアを起こして状況を判断しなくてはならない。
深く眠っているセシリアの肩を揺らし声をかけながら窓の外を確認すると、既に日は登っており朝と昼の間位の時間に見えた。
「んあ……何だジーク。起こすならもっと優しく……」
「そんなことを言っている場合じゃないんです!グロアさんが持って来た差し入れに睡眠薬が入っていたんです!」
「……何だと?」
寝ぼけ眼を擦りながら起きたセシリアに昨日の出来事を話す。どう毒を盛ったのかは分からないが、最後のごめんさいという言葉は、恐らく自分の意思で実行したという意味だろう。
「だが、何故そんなことを……」
「剣じゃ」
セシリアの疑問にイルマが答える。当然セシリアには聞こえず、ジークだけが聞くことになる。
「剣……? そうだ、セシリアさん!セシリアさんとミゲルの剣は!?」
「剣?剣なら常にここに……無い。無いぞ……馬鹿な!あれが無くては……!」
自分の腰に無いと知るや、ベッド、机、果てはグロアが置いて行った籠の下まで調べるが当然あるわけもない。
「あの娘は剣を二本とも持っていきおった。大方ダンとかいう小僧と通じていたんだろう」
そんな訳はない、と言いたいところだが状況がそれを許さない。少なくとも毒を盛ったのも、剣を持って行ったのも事実だろう。否定する材料は殆ど何もない。
その内また大きな音が鳴った。先程の音より小さいが、あまり丈夫ではない壁外の家屋を揺らすのには十分な衝撃だった。
「そうだ、もう既に計画は始まっている!セシリアさん、すぐに向かいましょう!」
もはや一刻の猶予も無い。二人は玄関ではなく窓から飛び出し、音がする方向へ駆けて行く。
大通りを通って行くと、普段ならこの時間は人がいるはずだが、今日は人数が少ないように見えた。その少ない人達も、音のする方向から逃げる様に散っていく。
「なんで剣を持って行ったんでしょうか」
その様子を横目で見ながらジークが疑問をぶつける。単純に二人に邪魔をされたくないなら強い毒を使って殺せばよかったはずだ。
「私に戦わせたくなかった、は違うな。ならばあの剣が必要だった……?」
セシリアの言葉に、ジークはダンと話した時のことを思い出す。
――「やはり君も特別な力を持っているんだな。俺はこの力で実現する。少々値は張るが、この力を動力にした武器も買う予定だ。そしてジーク、君にも手伝ってもらいたい。そうすれば、革命はより確実になる」――
(この力を動力にした武器って、魔術が刻まれた剣のことだったのか!そしてぼくを呼んだのはその剣を持っているか確認するため……)
ジークはダンの思惑をやっと理解し、そして恐怖した。あの時からもう計画は始まっていたのだ。
そのことをセシリアにも伝えると、苦虫を嚙み潰したような顔をする。
(だから私はまだ甘いと言われるのだ。これでは協会の皆に合わせる顔が無い!)
今はとにかく現場へ向かうのが先決だ。二人は人を引いてしまわない最速で駆け抜けた。
ああ、なんて素晴らしい剣だ。一つは力を込めると雷を発する。下手をすると味方を焼きかねないが、あの雲を走る雷をこの手で出せるなど、夢のようだ。
この剣も見事だ。振る速度に合わせて斬撃が伸びる。俺が振る速度では大した距離にはならないが、練度を上げれば更に鋭い牙になる。
そしてもう一つ……
ダンは路地裏から現れた。その後ろに何人もの若い男達を引き連れている。壁の近くに建物は無いため突如現れた男達は目立ち、通りすがる者も警備する者も注目する。
ダンはそれらを確認すると、手に持った剣を高く掲げた。その剣はミゲルの物でもセシリアの物でも無い、別の剣だった。刀身は赤く、やはり文字の様なものが刻まれている。
「みな、聞け!我等はこれより革命を行う!壁の中に閉じこもりながら我等を支配し、我等が得た物を奪おうとする者を討つ!」
聞いていた者は皆ポカンとしていた。急に現れて何を言い出すかと思えば、革命とはなんだ。しかし武器を持っているし、男達の様子から見ても只事では無いことは分かる。
市民は巻き込まれないよう足早にその場を離れ、警備の者は部下らしき人に声をかけダン達の元へ向かわせる。
すぐに壁の外を巡回していた警備隊が来ると、ダン達の周りを取り囲む。
「なんだ貴様等は。革命だかなんだか知らないが、貴様等の様なチンピラがこの壁に近づくな!痛い目に合いたくなかったらさっさとその場に跪け」
腰に佩いた剣とは別の、罪人を叩く用の棒を手でパシンと鳴らしダンを睨みつける。
しかしダンも男達も全く怯まない。これから大きく分厚い壁を打ち破ろうとしているのに、目の前の警備隊など薄い紙っぺら一枚に過ぎない。
ダンは前に出て、隊長と思われる者に近づく。
「貴様、抵抗する気か?今なら棒叩き三十回で済ませてやるぞ。だがそれ以上近づくなら五十……」
ダンは剣を持っていない左手で腹を打ち抜く。警備隊の隊長は訳の分からない声を出して腹を抑え蹲る。隊長の左隣にいた者が抜剣しようとした手を掴み後ろへ強引に投げ、右隣にいた者を右足で蹴り上げる。他の数人も男達と合わせて身動きを封じた。
「お前ら、殺すなよ。こいつ等は革命の生き証人になってもらう」
ダンは前へ進み壁に近づく。ここは町の南東で門は無い。ダンはあえて門が無い所を選んだ。
これより行うことはダンが力を得てからずっと考えていたことで、壁までの短い道のりをゆっくりと踏みしめながら歩んでいく。
「この壁が俺達を、人間を隔てる。人間を選び、分断するのだ。」
右手に持った剣を両手に持ち、切先を壁面に向ける。
「この壁の外に生まれただけで、真面な職も、医療も受けられない。孤児が増え、浮浪者が溢れている」
魔力を最大まで増幅させ体を覆わせる。
「だが壁の中にいる者は、自分達は関係ないと見て見ぬ振りをする。壁が一枚あるだけで、全く別の世界だと誤認する」
溢れた魔力を剣に送り込み、剣は送られた魔力を飲みつくさんとする勢いで吸収し、剣身は熱を帯びる。
「故に我等はこの壁を破壊する。この壁を破壊し、人間に隔たりは無いのだと証明するッ!」
ほぼ全ての魔力を吸い尽くし赤熱した剣は唸りを上げ、膨張した空気は光を歪める。
「見ていろ、これが革命だ。今、時代が変わるのだッ!」
剣の光と熱が切先に集中し、出来上がった光球を物凄い速度で打ち出す。光球は一瞬で壁の中央に到達し、収束した熱と光が発散、爆音を鳴らす。
太陽が地上に降りたのかと疑うほどの眩しさと熱さを伴う衝撃が走り、一番近くにいたダンは、軽くだが後ろに吹き飛んだ。
咄嗟に庇った目を開けると地面が見え、目が潰れていないことを確認する。とはいえ地面はぼやけて見え焦点が合わない。ふらつく体を何とか立たせ、壁を見る。
祈るつもりは無かった。最後まで誰にも、神にさえ任せるつもりは無かった。それでも壁を見る時に一瞬、誰にかは分からないが、一瞬だけ祈ってしまった。
そして壁は…………穴が開いていた。
大きく、赤く爛れた穴が、開いていた。
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