進路

その日ジークは村に一番近い森の中にいた。薪を拾うためである。今は温かく、晴れた日が多い。今日も爽やかな風が吹き乾いた薪が多いのがありがたい。背負った籠にせっせと薪を入れていく。当然充纏は維持したままだ。魔力を纏うことは集中力がいるが、肉体労働が楽になるのは大きな利点である。




(みんなができる様になれば、もっと楽になるんじゃないかな)




 ジークはふと考えた。勿論、自分がどうやって魔力を知った等説明できないことが多すぎるので、誰かに教えるということは無いが、そう考えるのも無理はない。いくらお前には才能がある等と言われても、比較対象が無ければその辛さや難しさは分からないものだ。そんな益体もないことを考えていれば、すぐに薪拾いは終わった。薪拾いと考え事をしながら充纏を維持しているとは慣れたものである。




「師匠、終わったので帰りますよ」




 イルマは最近目を瞑って考え事をしているので、一応報告する。別に黙って帰っても、実際にはジークの肉体の中にいるので置いて帰ってしまうなんてことは起こりえないのだが、それでも言っておくのは円滑なコミュニケーションのためだ。二人は離れられないのだから、尊重し合うのが大事なのである。イルマが尊重という言葉を知っているかどうかは分からないが。




「いや、待て。確かこの近くに湖があると言っていたよな?」




「……? はい、言いましたけど……」




 森の中には大きい湖があり、毎年夏になるとそこで水浴びをするのだと以前話したことを覚えていたようだ。イルマは手を頤おとがいにあてながら「そうだな、ここで始めるか」と呟くと顔を上げ「充纏を解いても良い」と続けた。




 そして――




「お主の充纏はこの数日で大きく上達した。最初よりも、強度も効率も数段上がっている。今ならあの石を、拳を傷めずに砕けるだろう。この上達速度ははっきり言って、その……異常じゃ。わしの想像を超えている」




 ジークはイルマから初めてはっきりとした誉め言葉?を聞き少しうれしく思うが、続く言葉に息をのむ。




「故にこれからお主には、魔法使いや魔女と言われる所以、魔法を教える」




 イルマはジークの目を見つめる。覚悟を問うように。




 イルマの真剣な顔、眼差しに対し、ジークは籠を下ろし、目線を交差させ、言った。




「はい。よろしくお願いします!」




(最初は押し切られたから従っただけだった。でも今は違う。ぼくは明確に、魔法使いになりたいと思ってしまった!)




「…………うむ、わかった」




 イルマはジークの目を見つめた後、満足げに頷いた。




「……ではこれより魔法の修行を始める。と言いたいところじゃが、まず魔法とは何なのかを知らなければ修行も何もない。お主は魔法について何か知っていることはあるか?」




 突如始まった講義に困惑しながらジークは答える。




「……えっと、水を出したり、炎を出したり……」




 魔法使いといえばおとぎ話のように、水や炎を出し敵を倒すものだ。ジークは魔力を使えるが、現状肉体を強化することしかできないのだから、それで魔法使いを名乗るのは詐欺というものだろう。




「そうだな。付け加えるなら土と風、雪や砂というのもいた。これがどういう意味か……つまり自然。魔法とは自然を再現し、操ることなのじゃ」




 ジークはいまいち理解しきれていないがイルマ先生の講義は進む。




「魔力には、馴染み、同じものになり、同じものを動かす、という性質がある。簡単に言うと、水に魔力を馴染ませた魔法使いは、水を出したり操ったりできるということじゃ」




 イルマの話は難しく、頤に手を当てて考え込むジーク。だが分かったこともあるようだ。




「う~ん、つまり使いたい魔法……というか自然があるなら、それに魔力を馴染ませれば良いのですね?」




「そうだ。そして魔力は一つのものにしか馴染めない。水と炎を使う、ということはできないし、水をやめて炎に変える、というのも難しい。故にこれから決める魔法が、お主が人生を懸けて極める魔法だと思え」




 ジークは生唾をごくりと飲む。ジークに魔法を極めるという考えは無かったが、イルマに決まったことのように言われ、少し認められたような誇り高い気持ちになった。しかしジークは困った。魔法を選ぶ判断材料が無い。




「……どう選べばいいのか、わからないんですが……」




「うむ。参考までに、わしのいた時代では使用者が多い順に、水・土・炎・風・その他、じゃった。それぞれ利点はあるから、強さは関係ない。そしてこの森には水と土と風がある。お主にはこの三つのなかから選んでもらいたい」




「……? 炎はダメなんですか?かまどの火とか」




 イルマが炎の選択肢を外しているのが気になった。やはり魔法使いと言えば炎だろう。カッコ良いし、強そうだし、わざわざ最初から外す理由が分からなかった。




「炎は……やめておけ。馴染ませる時にやけどを多くする。それに……炎は復讐者が好んで使うものだ。炎を使うと碌なことにならない……」




 それは順序が逆ではないか、とジークは思ったが少し俯きながら言うイルマを見て、言葉を返すのは止めた。どうしても炎が使いたかったわけではない。




「あー、わしがおすすめするのは風じゃ。わしが若いころに戦ったことがあるが、そやつは魔力量は大したことなかったが、わしをぎりぎりまで追い詰めた。当然わしが勝ったが。使用するには高度な魔力制御が必要になるが、相当なポテンシャルを秘めている。そしてお主にはそのポテンシャルを引き出せるだけの才能がある」




 やはり褒められたジークは風に大きく心が傾く。元々魔法にこだわりなど無かったし、そこまで言ってくれるならと思うが……




(あれ?そういえば……)




「師匠は何を使うんですか?」




 ジークは頭は悪くないが、偶に察しが悪い時がある。




「わしの魔法は……少し特殊だ。参考にならん……」




 ここまで説明してきて、自分の魔法に一切言及しなかったのだ。言いたくないのだろう。それが何故かを伝えるには、まだ二人の関係は遠い。




 イルマは軽く咳払いしてから言った。




「最初に脅しておいてなんだが、どの魔法であっても失敗ということは無い。結局は本人がどう使うか次第じゃ。わしはお主が何を選んでも一流の魔法使いにすると約束する。なんなら数日考えるか?急いで決めるものでもないからの……」




 珍しく下手に出たイルマに、ジークは少し驚くと同時に深い感謝の念も覚えた。おそらくジークに風魔法使いになって欲しいのだろう。ならばいつものように命令すれば良い。だが今回ばかりは命令できなかった。




 一度選んだら変えられない選択。イルマは自分の意思を押し殺してでも、ジークに自由を与えてくれたのだ。




(師匠……)




 チラチラとこちらを窺うイルマを見て、ジークの心は決まった。




「師匠……イルマ師匠。決めました」




「そ、そうか?いいんだぞ、もうすこし……い、いや。お主の決断を聞こう」




イルマは居住まいを正して、ジークの声に耳を傾ける。




「はい。ぼくは……風魔法使いになりたいと思います」






 イルマはジークの目をじっと見つめる。風が走る音も、葉が擦れる音も、なくなった。物音一つしない世界で二人の心は今、明らかに通じた。






「……そうか。お主が自分で決めたのなら良い。…………では早速、風魔法の習得に入る!なに、簡単じゃ。ただ魔力を空気中に放ってから魂に戻すのを常に循環させれば良いのだ。そのうち魔力が馴染む。ほら、さっさとせんか!」




「ちょ、ちょっと。急にいわれても……」




 急に元のテンションに戻ったイルマに、ジークはついて行けない。だがイルマは、ついて行けなかった人間を無理やり連れていく人間である。




「バカモン!魔王が復活しているかもしれないんじゃぞ!一分一秒も惜しいんじゃ!不完全でもやれ!それとも何か?あれだけ褒めてやったのに、わしの期待を裏切る気か!?」




 そういうことを言わなければいいんだけどなあ、とジークは思いながら、この騒がしく楽しい日常が続いてほしいと願った。




 近づいてくる脅威も、遠い未来にある悪意も知らずに……

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