晩餐

「師匠、教えるってどうすれば良いんですか……?」




 ジークは今、コニーたちを連れていつも修行していた草原にいた――








 ジークはシスターシグネと話し合った後、気まずい顔でコニーとヨハンに魔力を教えたいと言った。しかしシスターシグネはまずコニーとヨハンがそんな話をしていたことに驚いた。コニー達には、ジークを焚きつけるために村を出ると話したが特別な力に関しては何も言わなかった。そして次にその特別な力が教えられるものだということに驚いていた。ジークが死に際に偶然生み出したもので、会得できる技術だと思っていなかった。彼女はしばらく考えた後……




「あの子達が望むなら教えてほしいわ。……あとついでに……」








 ――「ジーク先生、早く授業を始めましょう」




 シスターシグネも弟子になっていた。ジークは全く予想していなかったが、教えることで少しでも生き残る確率が上がるなら、と思い弟子にした。それなら他の大人たちも一緒に教えて戦力を増やせば良い、と彼女に提案したのだがここには弟子が三人とジークの四人+魂しかいない。




「村の人たちはねぇ……子供があのバケモノを倒したなんて信じられるか、村は俺たちが守るから引っ込んでろ!って追い返されちゃった……」




 孤児院と村人の関係は良好である。仕事を手伝ったり食料を分けてもらったり仲は良い。しかしだからと言って子供が熊より大きいバケモノを倒したなどと信じられるわけもなく、村は男たちが守るのだと張り切っていた。シスターシグネが追い返されたのもその責任感の現れだろう。




「そうですか……多い方が良いと思ったんですが、仕方ありませんね。……では!……その……し、師匠どうすれば……」




 どうにも締まらないジークはイルマに助けを求める。




「はあ……まったく、お主の弟子なんだからお主がしっかりしないでどうする!お主がやったように教えれば良いんじゃ!」




「で、でもぼくだってまだ修行の身ですよ。それにぼくがやったようにって魂に触れるとか――」




「それはわしがいたから特別にできたんじゃ。魂を探すならまず魔力を――」




 目の前でぼそぼそ喋りながらあたふたしているジークを見て三人は首を傾げつつも落ち着くのを待った。そして暫く経って落ち着きを取り戻したジークは一つ息を吐き、今から魔力を感じてもらうと言った。


 やっと授業が始まると表情を引き締めた三人に、まずジークがさせたことは魔力を知覚させること。魔力が理解できればそれを辿って魂を見つけやすくなるからだ。ジークは自分の魔力で撫でたり包んだりしてみるが、しかし反応は薄く、その日三人は何も掴めなかった。




 不思議そうに考え込むジークにイルマは言った。




「こやつ等に才能が無いわけではない。時間さえかければ充纏ぐらいならできる様になるだろう。一流を目指すわけではないのだから、このくらいで良い」




 はあ、と気の抜けた返事をしたジークに対し、イルマはこれは言っておかねばならないと考えた。




「ジーク。お主には魔法の才能がありわしという師がいたから、たった一日で魔力を扱えるようになったのだ。そしてその速度は異常だ。お主は特別で、恵まれている……そのことを忘れるなよ。決して自分が普通などと思ってはならん」




 ジークはその言葉を真に理解したわけではないが、そんなことはありませんと否定するほど愚かでもない。ただその言葉を真に理解できるまで反芻し続ける。それはイルマにしては珍しい単なる説教で、その言葉に重みを感じたからだった。




 太陽が傾き空が赤くなり始めたころ、まだやりたいと喚く二人を宥めながら三人は帰路に就く。シスターシグネは仕事があるからと一足先に帰っていた。ジークを真ん中に並んで歩いている途中、コニーは俯きながらジークに尋ねた。




「なあ、ジーク兄。おれって本当に強くなれるのかなあ……」




 ジークはイルマに言われたことを思い出すと、一拍置いて答え始める。




「……強くなるよ。コニーもヨハンも、努力を続ければ必ず強くなる」




「……ほんと?ジーク兄よりつよくなる?」




「ああ本当さ!だけどぼくより強くなるのは難しいと思うよ。だってコニーとヨハンが強くなってる間、ぼくは追いつかれない様にもっと強くなってるからね!」




「ええ!ずるいよジーク兄!」




 三人は歩きながら笑っていた。コニーとヨハンはもう下を向いておらず、その胸には希望があった。そんな二人を見てジークは笑いながら孤児院まで競争だ、と提案した。二人は快諾するが、ジークは、これが魔力の力だ!と言いながら大人気なく圧勝し、散々文句を言われるのであった……








 その日の夜、夕食はいつものようにスープとパンだった。食べさせる気があるのかと疑いたくなるほど硬いパンも、スープに浸ければ途端に柔和な表情を浮かべ口の中に入ってきてくれる。ジークはこの大して味のしない質素な夕食は嫌いではなかった。


 一緒に食事をする子供たちの話を聞くのが好きだったからだ。その日もジークは魔力で強化した指でパンをちぎりながら、子供達の話を聞いていた。あそこの畑の手入れを手伝ったとか奇麗な石を拾ったとか、他愛も無い話を聞いていると一人が意を決した様に口に出した。




「……ジーク兄ちゃん、この村をでていくって、ほんと……?」




 会話が止まってしまう。いつ話をしようか迷っていたので不意を突かれた形になった。シスターシグネはコニーとヨハンにしか話していないと言っていたから、どこかで聞いていたのだろう。だがむしろ丁度良いと、雰囲気が暗くならない様に声の調子を上げて答えた。




「……うん。ぼくはもうすぐこの村を出る。具体的な日取りは決まってないけど、一月後には出ようと思ってる」




 一月後というのは今決めたことだった。あまり長く居過ぎても決意が鈍りそうだし、短すぎては魔力を教えられない。故にジークは一月後と決めた。その話を聞いた者の反応は大きく二つに分かれる。驚きで口が開いたまま閉じない者と、目尻に涙を貯め今にも泣きだしそうな者。そして後者の筆頭がジークの傍に寄ってきた。




「やだ……!ジーク兄……いっちゃやだぁ……!」




「ごめんね、エリカ。でも、ぼくは外の世界を見たいんだ……」




 泣きながら両手を突き出すエリカを抱っこすると、他の子供たちも集まってきた。ある者はエリカのように抱っこをして、ある者は頭を撫でたり声をかけたり。その中にはコニーとヨハンもいて、ジークは二人の目を見ながら肩を叩いた。普段なら食事中に席を立つと注意するシスターシグネだが、今日ばかりは何も言わなかった。子供たちが落ち着いたころにジークのもとへやって来てただ黙って抱擁を交わす。




その後に食べたすっかり冷えたスープは、塩気が濃く感じた……

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