黒と赤の戦い2

 ジークは今も魔法習得の修行を続けている。そしてミゲルとの戦いやセシリアによる死の実感が、そよ風を突風にした……












「カハッ」




(今のは……)




 ダンは息を吐き一歩後退りながらも全身に魔力を漲らせ、ジークへ突撃する。狙いはジーク……ではなくその後ろにあるミゲルの剣で、構えるジークの頭上を飛び越え剣を回収し再び間合いの有利を得た。




(ジークの奴め、油断しよって……それにあの腰の入っていない拳はなんだ!雷を受けたことに加え魔法の行使で充纏を疎かにしたな。あれでは決定打にはならん……)




(ぼくが助かったのは偶然だ……任せてって言ったのにあっさり攻撃を受けるなんて……ぼくは馬鹿だ!目の前の相手に集中しろ!)




 ジークの拳はダンの充纏を貫き肉体に到達したものの、その実殆ど腹筋で止まっていた。思っていた程の威力は出ていない。


 ジークもダンも、初手はお互い軽微な被害を与えあって終わった。


 ジークは痺れが残っていないか確認しつつ、内心でその魔術の使い方に驚いていた。


 ミゲルの剣を運んでいる時、少しだけ使ったことがある。その時は大した威力も出ず、紫電を操ることはできなかった。


 魔力の量か流し方か、恐らく何かしらのコツがあるのだろうがジークは分からず、それっきり触れることは無かった。


 しかしダンはこの短い間で威力が低いなりの戦い方を見つけ出している。発動寸前の剣を手放すなど、ジークには考え付かなかった。




(近距離戦に持ち込んで一気に決めた方が……)




 バチリバチリと音が弾ける。ミゲルの剣に纏う紫色の雷は、空気を焦がしながら剣に連れ添う様に付いて行く。


 それは一瞬の輝きではなく、ダンが剣を構えている今も紫色の光を発している。




「此奴ッ!雷を最低限の出力で維持しおった!」




 イルマはダンの技に目を見張った。




「充纏も解除しておらん……魔力量のごり押しか……!だが――」






 ジークは初めて見る自分以外の才能に、息を飲んだ。


 だがやることは変わらない。


 飲んだ息を、静かに吐いた。




 二手目。




 ダンは走り出し紫電を纏う剣を振るう。対するジークは懐から石礫を取り出し、魔力を籠め打ち出す。


 石ころといえど、魔力を籠めて高速で飛ばせば嫌がらせにはなる。


 ダンは顔を顰め、剣を横にして弾く。




(まだだ!)




 速度が落ちたダンに対し、ジークは尚も石の弾丸を打ちだしながら接近する。


 狙う場所を体の中心から四肢に分散させることで防御をし難くさせる。


 そして剣の間合いのギリギリ外で、右足に魔力を籠め思い切り石畳を踏み貫き破片を飛ばす。しかしそれは先程までの石礫とは違い魔力が込められておらず大した威力にはならない。ダンも理解しているのか防御するそぶりを見せず、むしろ踏み貫いた隙を突くように剣を振り上げる。




 だが、ジークの狙いはそんなことではない。


 踏み貫いた足とその周辺に魔力を籠め、メキメキと物体を破壊する音を出しながら今度は逆に足回りの石ごと振り上げる。放たれたのは弾丸ではなく砲弾。複数の拳より大きい石が脚力と魔力によって発射された。




 ダンは剣では弾けないと判断し魔力を前面に集中させ防御する。鈍い音を出しながら受け止めるが、致命打にはならない。が、既に王手をかけられている。


 ダンは視界の端で、拳を構えているジークを見ていた。




 ジークは踏み込み、魔力が籠った右拳ががら空きの左わき腹を抉った。低く籠った音と共に拳は内臓を直撃する。




 ダンは息が止まり、膝をつき、地面に頭を垂れた。




「――所詮付け焼刃じゃ。この程度ではジークとの実力差は埋められん」




 立ち上がれず、しかしそれでも剣は離さないダンを見て、ジークはどうのような顔をすればよいか分からなかった。




「才能はある。気力もある。だが師がいなかった。それが敗因じゃ」




 確かにダンは強かった。しかし、単に才能があった者と、才能と善き師がいた者、どちらが強いかなど比べるまでも無い。




 剣を杖代わりにふらつく体を無理やり立たせる。腹部への打撃は地獄のような苦しみが続く。魔獣でさえ悶絶する攻撃を食らってただで済むわけがないし、戦闘を続けられるとも思えなかった。




 口の端から涎を垂らし、荒い息を吐きながら剣を構える。戦えるはずもないのに、虚勢か、見栄か、いやそんなものではない。その冷たい瞳に宿る炎は、そんなくだらないものを燃やしている訳ではなかった。




(何で……)




 ジークには分からなかった。


 才能を持ちながら、仲間をもちながら……




「何で……何で立ち上がるんだ!何で革命なんだ!……君の強さなら、なんだってできるじゃないか!」




 炎を宿す瞳をジークに向ける。




「……黙れ」




――愛してくれる人のいない痛みが……




――孤独に喘ぐ寂しさが……




 震える切先を突きつけた。




「お前に何が分かるッ!!」




 フラフラと何も切れそうにない、しかし途轍もない力の籠った剣に、ジークは一歩後退った。












 ダンは母親の顔を知らない。無論父親の顔もだ。物心がついたころには路地裏で生活していた。赤ん坊が一人で生活できる訳がないので誰かは世話をしていたはずだが、終ぞその顔を知ることは無かった。覚えていたのは、自分の名前だけだった。




 小さなころから一人で生活することを余儀なくされる。当然働けるわけもなく、しかしは腹は減るので常にどこかしらの残飯を漁っていた。盗みは殆どやらなかった。


 それは盗みが悪いことだからしないといった話ではなく、目の前で盗みに失敗した者が棒で滅多打ちにされるのを見て、単に勇気が出なかったからだ。


 (はら……へった……)


 一日の大半は食料を探すことに費やす。他にもいる孤児や浮浪者と取り合いになることもあるので、なるべく探す範囲は広い方が良かった。


 偶に自分だけの残飯置き場を見つけたときは嬉しくて飛び上がる程だった。だがすぐに他の孤児が集まって、体が小さい内はあっさりと追い出されたりした。




 そうやって気分が落ち込んで歩いている所に、表の通りから子供達の声が聞こえてきた。なんとなく覗いてみると、数人の子供が走り回っていた。


 何をしているかは分からない。ダンは遊びというものを知らなかった。遊んでいる暇など無かった。


 ただその日を生きるのに必死で、生きるだけで一日が終わっていた。


 だから子供達が何故笑っているか分からなかったし、周りの大人が子供達に向ける微笑みの意味も分からなかった。


 (たのしそう……)


 ただ胸にもやもやとした言いようの無い気持ち悪さを抱えていた。


 それに名前がついていると知ったのは、随分と経ってからだった。




 ダンは路地裏で何年も過ごした。空腹で死にかけ、熱が出て死にかけ、夜の寒さで死にかけ、棒で滅多打ちにされ死にかけ、しかししぶとく生き残った。


 他の見知った孤児の何人かが上の理由で死んだが、だと思っていたので特に何も思わなかった。




「あ、あの、道が……分からなくて……」




 路地裏を歩く途中、声をかけられた。


 グロアとの初めての出会いだった。

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