黒と赤の戦い1
ジークとセシリアは壁内の町を走り抜ける。既に騒ぎが広まっているのか人っ子一人見当たらず、それぞれが自分の家にこもっているらしかった。
しかしジークが驚いたことはそんなことではなかった。壁内の町の様子が壁外とまるで違うのだ。
石や煉瓦が使われており二階建ても多い。実用性が無い装飾で飾られていることもあり、壁一枚隔てるだけでこうまで様式が違うのかと驚いた。
壁外のとりあえず住めれば良いというあばら家とは根本的に考え方が異なるのだ。
壁外とは全く別な町の様な外観の中、町の中心へと走り抜ける。
その途中で、家や店の前の通路に衛兵達が倒れているのを見つけた。呻いていたり気絶しているのか黙っている者もいた。
「……ジーク、今は計画を止めることが最優先だ」
「……はい」
セシリアとて自分の油断により被害を受けた者がいる状況に何も思わないわけがなかった。油断、慢心、自分の中の甘さに、唇の端を切った。
それが幾分か続き、二人が走り抜けると突然視界が広がった。
そこは町の中央付近にある広場で、その真ん中にダンは一人で立っていた。
「見つけた!」
ぼうっと立っているダンの前に駆けつける。ダンの冷たい目に対し、二人の目には熱がこもっていた。
「……早かったな」
左手に持ったミゲルの剣を石畳に突き刺す。
右手にはセシリアの剣。そして背後に刺してあるのはジークが見たことのない赤い剣だった。
セシリアは初めて見るダンに一瞬困惑した表情を浮かべるが、声を荒げる。
「貴様がダンだな。……貴様の好き勝手ももう終わりだッ!」
今にも飛び掛からんと魔力を籠める。
「すでに俺の仲間を領主の館へ向かわせた」
「ッ!」
しかしダンはセシリアの大声聞こえていないかのように淡々と呟く。
確かにあれだけいた若い男達がいない。この大それた計画をたった一人で実行するとは思えない。
(ダンは一人で執行できるだけの力を持っているけど、だったら最初から仲間を集める必要は無いはずだ。ならダンの言っていることは本当……)
ジークはチラリとセシリアの方を見ると、セシリアもジークの方を見ていた。
「ジーク、ここは――」
「ここはぼくに任せてください」
考えていたことは同じで、しかし最後まで言ったのはジークだった。
反論を述べようとしたセシリアを遮ってジークは続ける。
「ぼくはミゲルともセシリアさんとも戦ったことがある。両方の剣の威力を知っているのはぼくだけです」
セシリアはジークの目をじっと見る。その瞳の色を確認した後、これ以上の話し合いは時間の無駄と考えた。
「ジーク、あの赤い剣には気を付けろ」
そう言ってダンの横を通り抜け奥へと走って行く。ダンは止めるそぶりすら見せず、ジークのことを見つめていた。
ジークもまた、ダンを見据える。ダンの体を纏う魔力はダンの拠点で見せてもらった時(※ep27計画)の比ではない。
当然あの時は本気を出していなかったのだろうが、今のダンからは底知れぬ魔力の高まりを感じた。
だがジークにはそんなことは関係ない。
一歩踏み出し、魔力を高める。
「ぼくは君を止めに来たぞ。ダン!!」
「ああ、お前は必ず来ると思っていた」
黒い髪の少年と、赤い髪の青年が、今ぶつかる――
「彼奴の魔力量は相当だ」
イルマはダンを分析する。
セシリアの見立てでは、あれほどの壁に穴をあける出力を出せば疲弊しているはずだった。しかしジークから見てダンに疲れている様子は無い。
これは単純な想定外で、ダンは思っていた以上に強いかもしれない。
「来ないのか……ならば俺から行こう」
ダンは右手に持ったセシリアの剣を構え一息に間合いを詰める。それは見失う程の速度ではないが斬撃を飛ばす魔術がある以上中途半端に距離を取るのは不利になる。
ジークは自分の得意な接近戦に持ち込むよう剣を振られる前に飛び込む。
それを読んでいたダンは前蹴りを放つが、ジークはその対応を経験済みだ。
両腕と両足に魔力を籠めて受け止め、勢いが止まった所を掴もうと手を伸ばすが、ダンは蹴った反動を利用して宙に跳んで距離を離し剣に魔力を通して斬撃を飛ばした。
縦に高速で飛ぶ斬撃を半身を引いて避け、後ろで石畳が割れる音がした。
(今の斬撃は……)
ジークは間合いを詰めるため正面から突っ込み、ダンは迎え撃つように無数の斬撃を放つ。
だがジークは避けようとはしない。体の前面に魔力を集中し腕を前にして防御する。かまいたちの様に飛来する斬撃はジークの前面を傷つけ嵐が過ぎた空の様に消えていくが、しかしそれらは掠り傷しか与えなかった。
多少の出血はあるものの、この程度なら戦闘中にも血は止まるだろう。
「ダン、君はセシリアさんの剣を使いこなせていないんだろう」
ダンが飛ばす斬撃は、ジークがあの夜(ep33人殺し)に見たセシリアの斬撃とは似ても似つかなかった。
セシリアが放つ全てを切り裂く煌めきに対し、それは曇った鉄に反射する光と言った所か。
速さも切れ味も数段劣る別物だ。
「……」
だがダンは気にした様子もなく、自分の攻撃があまり効果が無いと見るや、すぐさま元の位置に戻る。やはり左手付近にミゲルの剣を、背後に赤い剣を備えている。
セシリアの剣をあまり気にしなくて良くなったとはいえ状況は殆ど振り出しに戻った。掠り傷とは言え傷を負ったジークと、一つ手の内が割れたダンはどちらが不利か。
そんなことを考えていると、ダンは右手の剣を石畳に突き刺し左手でミゲルの剣を抜いた。
「この剣なら、どうだ」
ジークは一つ息を吐く。あの魔術をどれほど使いこなしているのか。威力が落ちているのか、同じか、はたまた上がっているか。
とてもではないが紫電は何発も耐えられるものではない。より慎重な立ち回りが求められる。
(だけど弱点は同じはずだ。それなら――)
「ジーク、油断するな!」
「……行くぞ」
一足飛びで近づくダンを迎え撃つ。あの剣の弱点は把握済みだ。
雷は近いものに飛び、接触しているものをまとめて打つ。
接近し上段から振り下ろされる剣を避け、懐へ右拳を叩きこむ、がそれも読まれていたのか左肘を引いて防御されそのまま右手首を掴まれる。
(ッ!だけど中央ががら空きだ!)
「バカモノ!其奴の魔力量は……」
左手に魔力を集中し叩きこもうと構えた瞬間、ダンは魔力を増大させ剣に送り込む。魔力は雪崩の様に剣へ流れ込み、剣はその全てを飲み込む。
「あの賊の魔力量を超えているのだぞッ!」
(な、なんで今!?……でもこれで充纏が――)
――解けていない。
依然ダンの体を覆う魔力は健在である。いや、むしろ強まっている節さえある。
そしてダンは魔術発動直前の剣をジークの真後ろへ軽く放り投げ、ジークの右手を離し素早く下がり……
「ぐうああああ!!!」
発動。ジークは真後ろから紫電に打たれた。直前に左手に魔力を集めていたこともあり、防御の構えは取っていない。紫電は比較的充纏の薄い背中へ直撃した。
「ジーク!!」
痺れて動けない隙を見てダンは容赦なく追撃する。
魔力を籠めた拳で顎を打ち、腹を抉る。だが……
「やっぱり、威力は低いみたいだな……!」
腹に直撃する前に右手で受け止め、左手をダンの顔の前にかざし……
ゴウッと掌から突風を噴き出し、体制を崩した腹の中心へ――
「はあああ!!!」
右拳を一撃!
「カハアッ」
鈍い音と共に空気と唾液を吐きだしたダンの腹には、厚い魔力の層を貫いた右拳がめり込んでいた。
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