人殺し

「ダン達の噂は聞いてるよ。ダンが仲間にするのはこの町で生まれたやつだ。俺達みたいな他所から来て居着いたやつは追い返される。だから詳しい話は知らねえ。」




「……俺達だって、現状を変えたくないわけじゃねえんだ。この日の当たらねえ埃塗れのクソみてえな裏路地から抜け出せるならその方がいいんだ」




「俺は自分のクソったれな人生を変えられると思ってこの町に来たし、他の奴らも似たようなもんだ。だが俺達はここでも底辺になっちまった……。だからよ、クソだったのは周りの環境じゃなくて俺達自身だったんだ。俺達が変わんねえ限り、何にもなりゃしねえんだ。でも、もう遅え……」




 なあ、もういいだろ。そう言ってみすぼらしい恰好をした男はセシリアから金を受け取りまた通路に背を向けて横になった。


 話を聞いたジークとセシリアは頭を下げてからその場を去った。


 去り際にジークは振り返り、男の背中を見た。その背中に威厳は感じない。諦めているのか、いないのか。希望があるのか、ないのか。


 自分が変わらなければならないと分かっているのに、もう遅いからと行動しない。




(それで、良いのかな……)




 ジークは否定したかった。だが、その主張を少し理解できてしまった。


 何もできないジークは、ただここを去ることしかできなかった。












 日が落ち、二人は野営をしていた。金を節約するためジークが持っていたパンと干し肉を食べるが、慣れていたはずなのにやけにまずく感じた。あの店で食事をしたことを少し後悔した。


 食事が終われば今日の話をまとめ始める。


 二人は町の人に教えてもらった情報を基に数人の浮浪者から話を聞いたが、計画の内容を知っている者はいなかった。分かったことはダンが集めているのが、この町に生まれ、かつ親がいない、もしくは亡くした者達だということだ。




「何かこだわりがあるんでしょうか」




「大人がいると自分が操りにくくなるからかもしれん。あとは同じ境遇の者が集まれば団結しやすい」




 成功するとは思えない計画に青年が熱を上げる。子供までもが自己を犠牲にしようとする。


 ダンが何をしたいのか、二人は分からなかった。




 明日は一度グロアに会って話を聞こう。そう決めて横になろうとする時、




「ジーク」




「……はい」




 ジークは起き上がり毛布をはぎ取る。セシリアもまた立ち上がり暗闇の先を見つめる。


 やがて現れたのは十人ほどの青年で、二人の周りを取り囲んだ。




「最近この町をウロチョロしてるみてえだな」




 一番体の大きい男が睨め付けながら言った。




「リーダーには放って置けって言われたけどよ、お前らは目障りで仕方ねえ。大人しく俺らについて来るか、ここで痛い目に合うか選ばせてやる」




 周りの男達もニヤニヤと下卑た視線を送ってくる。こういった恐喝を何度もしているのだろう。余裕が顔と態度から溢れていた。


 殴った時のことを考えているのか、その後のことを考えているのかは分からないが、品性のある顔をしていない。はたして彼等には本当に理念があるのだろうか。




 二人が黙っているのを怯えていると勘違いしたのか、体の大きい男はセシリアの前まで寄ってくる。




「お前らもリーダーも不思議な力があるとか言って、どうせ小細工でそう見せてるだけなんだろ?大通りでやってる大道芸にだってタネがあるんだ。人間にそんな力があるわけねえ」




 そう言いつつ興奮して荒くなった鼻息をより近づける。




「だからよ、悪いことは言わねえから俺達について来いよ。そこのガキだってツレって訳じゃねえんだろ?なあに、一晩俺らの酒の相手をしてくれりゃあいいからよ……」




 セシリアの肩を抱こうと回した手をジークが掴もうとした瞬間、木が折れた様な乾いた音が鳴り全員の動きが止まった。


 音が鳴った所、つまり男の腕を見れば前腕の真ん中から直角に曲がっている。それはこの男が特殊体質で関節が多いというわけではなく……




「……あ?……あ、ああおおおおれお俺の腕があああ!!!」




 見見うちに顔色が悪くなり、興奮して赤くなっていた顔は今や真っ青を通り越して白く見える。涙と鼻水と、叫ぶことでよだれに塗れ、とてもではないが見ていられない。周りの男達も何が起こったのか分からず、唖然としてばかりで介抱にいく者はいない。


 いや、ただ驚いているからだけではない。つい先程まで色を込めた目で見ていた女から、異様な雰囲気を感じて動けなかったのだ。




「その薄汚い手で私に触るな下種め。これまでもそうやって民を脅し良い思いをしてきたようだな」




 雰囲気の名は、殺気。男達は生まれて初めて本当の殺気というものを味わった。今まで自分達が言っていた「殺す」という言葉は単なるお遊びだということを今知った。




「そして貴様等、人を殺しているな……?臭うぞ、半端者の手からどうしようもない殺しの臭いが」




 男達は今、肝を掴まれた。それは誰にも言っていない事。彼等に倫理観が全くない訳ではない。本当に殺そうと思った訳ではない。ただやりすぎてしまった。だから隠した。




 そう、彼等はお遊びで人を殺したことがあったのだ。


 それが、セシリアという女にはバレていた。




 何故、どうして。殆どの男が狼狽える中、一人の考えは違った。




 今は理由なんてどうでもいい。重要なのはこの女だけが知っているということだ。今更殺しがバレたところでどうなるわけでもないが、人殺しと言われながら歩む人生など碌でもない。なら、やることは一つだ。




 男は懐からナイフを取り出し、一歩前に出た。その姿を見た他の男達も意図を理解したのか各々の武器を持ってにじり寄ってくる。


 半端者達なりの覚悟が、その汗に濡れた顔に現れていた。




「どうしようも無い奴らだ」




 ジークはセシリアの顔を見ると背筋が凍えた。今まで見た表情とは違う、冷たく憎しみの籠った目。男達を人だと思っていない。それは人に仇なす獣を見る目だった。




「後悔はするのに反省はせず、覚悟を決めたかと思えば殺す覚悟だと……?クズ共が!貴様等のような民の平穏を脅かす者は野放しにされてはならんッ!」




 セシリアは腰の剣に手をかけ、魔力を漲らせる。その出力はジークが戦った時より遥かに高い。




「……ジーク、私を止めるか?」




「……いえ」




 ジークに止める権利は無い。間接的にだが、人を殺したことがある。




 ジークの顔を横目で見て、セシリアは跳べと呟いた。ジークは真上へ高く跳んで真下を見る。




 男達が更に一歩踏み込んだ時、魔力が高まり光を放った。セシリアを中心に一瞬で銀の光輪が広がり、男達が同時に上下に断たれた。


 それはまるで月暈。月の周りに浮かぶ光の輪の様に、単なる幻か、実体を持つ刃か、ジークに見分けはつかなかった。


 そしてジークは抜剣した瞬間が見えなかった。振り終えた瞬間も、見えなかった。




 重力に引かれるまま落ちて、セシリアの横に着地する。膝を曲げて衝撃を和らげ、下がった顔を上げると気づけば喉元に剣がある。


 やはりジークは目で追えなかった。




「ジーク、もう分かっていると思うが、私は君より遥かに強い。そして返答次第では全力で君を討つことになる」




 ジークは返事をする代わりに生唾をごくりと飲んだ。




「君は人を殺したことがあるな……?」

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