初戦【魔獣】2
「本当にこれで来ますかね?」
子供たちを避難させた後、ジークはそう呟いた。
「間違いなく、来る。あれは知恵はあるがすぐに調子に乗ったり怒ったり感情の制御ができておらん。自分が滅多打ちにされた後獲物を奪われたと気づけば、すぐ頭に血が上ってまっすぐこちらに走ってくるよ」
イルマは疑問に答えさらに続ける。
「いいかジーク、重要なのは次の一撃だ。次の一撃で奴を倒さねばならない。あの気色の悪い額の目に、お前の全力を叩きこんでやるのだ!」
イルマはそう鼓舞するが、ジークの心には迷いがあった。
(全力……。魔獣の腹を殴った時は全部本気のつもりだった。それでも倒せていない。本当にぼくの拳は通用するのだろうか……)
初戦で格上と戦ってしまったが故の自信の喪失。それをイルマは感じ取り別な感情でごまかせと言う。
「ジーク、怒りだ。怒りが力を引き出す。奴が何をしたか思い出せ」
そう言われてジークは魔獣がしたことを思い出す。
(怒り……。そうだ。あいつはみんなを食べようとして、エリカを丸飲みにした。ぼくが着くのがあと少しでも遅れていたら、エリカは死んでしまっていたかもしれない……。それにもしここでぼくが負けたら、あいつは必ず逃げたみんなを追って村を襲い、村の人たちを、シグネお姉ちゃんを殺して食べるに決まってる……!そんなことは……絶対にさせない……!)
ジークは決める。それはここで必ず魔獣を倒すという意思。次に魔獣と会った時、倒す。
少しでも高さを稼ぐため岩に登り、怒りを右手に籠める。
(あいつを倒す……。いや……殺す……!)
ジークは動物を殺したことが無かった。村に家畜はいないし狩りについて行ったこともない。ジークの中に自然と在った殺すことへの忌避感はいまここでは邪魔だ。ジークは初めて殺すことを意識し、殺意も右手に籠める。
怒りと殺意。両方を魔力と共に右手に籠めればまるで魂の蓋が外れたように魔力が湧き出てくる。黒い感情に塗られるかのようにジークの黒い髪と目はより深くどす黒くなったように見え、反対に無色透明だった魔力は白く濁ったように見えた。
その様子を見ていたイルマは動揺する。入りすぎだ……と。
確かに怒りが重要だと言ったが、これはあまりにも尋常じゃ無い。このまま飲まれてしまうのでは、とも思ったが、魔力など先程までと比べ物にならない量が溢れている。故に止められない。
ここで声をかけて冷静になってしまったらこれだけの魔力を出すことはできなくなってしまうだろう。故に、どれだけその姿が危険に見えても止めることができない。そしてイルマはこの判断が師匠として正しかったのかこの先も迷うことになる。
「来た!」
イルマが叫び、ジークは構える。木が視界を遮って見えないがその凄まじい足音で場所が分かった。魔獣が足をつく度に地面が揺れ、そしてそれがどんどん近づいてきて、同じようにジークの魔力も高まっていく。魔獣の距離とジークの魔力の高まりが交差する瞬間…………
(いまだッ!)
ジークは跳び出した。そして一瞬、真っ赤に染まった目と真っ黒に染まった目が合い、ジークは額の目に全力を叩きこむ。魔獣の巨体が疾走するエネルギーと最大まで高めたジークの魔力がぶつかり合い草木を吹き飛ばし轟音を鳴らす。
「うううぉぉぉあああああッ!!!」
額の目と拳が衝突し火花と血が散り、凄まじい衝撃にジークは弾き飛ばされそうになる。だがジークは負けない。必ず助けると約束したから。どれだけ怒りや殺意で魔力が湧いても、その体を動かすのは黒い感情ではない……
(みんなを……みんなを守るんだ!守りたいんだッ!)
ジークの拳が蒼く煌めき更なる力が溢れだす。
「終わりだあああああああッ!」
ジークは右手を振りぬいた。衝突したエネルギーは爆発、発散し周囲を吹き飛ばす。魔獣とジークも吹き飛び木に叩きつけられ止まった。爆発の中心に小さいクレーターが出来ていてそこに風が吹き戻ると、あたりは静まり返った。鳥の声も虫の声も無い。どこにも勝利の宣言をしてくれるものはいなかった。
ならば自分でするしかない。彼は自分の足で立ち、自分の声で勝利を宣言をする。
「……ぼくの……勝ちだ……!」
単純な格上。イルマの提案したからめ手を使ってごまかさなければ、そもそも戦いにすらなっていなかったかもしれない。だが勝った。魔獣は地に伏しジークは地に立った。今はそれだけで十分だ。
「……よくやった。ぎりぎりだったが悪くない戦いだったぞ。……右腕はどうだ。動くか?」
ジークはイルマにそう褒められてやっと安心できた気がした。同時に指摘されて右腕の痛みに気づく。ジークの右腕は血まみれだった。それは魔獣の返り血もあるがジーク自身の血もある。自分で制御できないほどの魔力を使った反動が出たのだ。
「ええ、痛みはありますが動きます。なんならもう一発同じのが撃てますよ」
イルマは予想よりずっと軽傷だったことに驚いた。あれだけの魔力を籠めれば暫く右腕を動かせなくなると思っていたがどうやら杞憂だったようだ。もう一度撃てるというのは、流石に脳内麻薬で気分が高揚している故の発言だと思うが。
(しかしジークの魔力の色が変わったのは一体……?)
「ところで、あの魔獣ってもう……死んでるんですか?」
ジークは自分の魔力の変化に気づいた様子は無く、倒した魔獣を気にしている。魔獣は今も地に伏したままだがその死を確認したわけではない。迂闊に近寄れない以上遠目で判断するしかないがジークは分からなかった。
「魔獣は死ぬと持っている魔力を周囲に発散する。奴はまだ魔力を持っているから死んではいない。……だが問題ない、あれだけの傷ならもう動けないだろう。まあ奴の死を確認するまでわしらはここを離れられないがな」
そうですか、とジークは答えその場に座り、今はあまり疲れを感じないが少し経てば立つことさえ億劫になるのだろうなと思った。そして子供たちのことを考える。
無事に村に着いただろうか。逃がしてから魔獣とぶつかるまであまり時間を稼げなかった。衝突の余波を受けていないと良いが……
そんなことを考えながら魔獣を眺めてしばらく経った頃、聞こえるはずのない声が聞こえた。それは村の方向からだんだん近づいてくる。
「ジーク兄……ジーク兄……!」
「この声は……エリカ!?」
声の主はエリカだった。エリカはここまで走ってきて、エリカを預けたはずの子も後ろに続いて来た。
「駄目じゃないか、エリカ。ここへ来ちゃあ……」
「ジーク兄……!怖かった……!怖かった……!」
エリカは膝をついたジークの胸に抱きつくとただ怖かったと言った。ジークはなぜここにエリカがいるのか疑問だったが、どうやら気を失ったエリカを運んでいたため足が進まず途中でエリカが目覚めてしまったようだ。
そこへ爆音が鳴り半ばパニック状態となったエリカはジークの居場所を聞き出し走ってきたという。
「ジーク兄、ごめん。ぼくがちゃんとエリカを見ていれば……」
「いや謝るのはぼくの方だよ、ヨハン。エリカを君一人に任せきりにしてしまった。それに君は他の子たちを先に逃がしてくれたんだろう。十分よくやってくれたよ。ありがとう」
ジークはエリカを預けた子――ヨハンにお礼を言った後、エリカに向き直る。
「エリカ……怖かったんだ、怖かったんだね。……でも、大丈夫。あの……こわーい熊さんはぼくが倒したから。もう大丈夫だからね……」
抱きしめながら優しく語り掛ければエリカはようやく落ち着きを取り戻し始めた。
「ほんとう?ほんとうにたおしたの……?」
「ああ、本当さエリカ。でもね、ぼくは今からあの熊さんのお墓を作らないといけないんだ。だからエリカ、先に家に帰っていてほしいんだ。それであったかいスープを作って待ってもらえるとうれしいんだけど……。大丈夫、ヨハンが連れて行ってくれるから……」
ジークは一つ噓をつき、一つ本当のことを言った。嘘は魔獣の墓を作ると言ったこと。墓を作りたい気持ちはあったが今から作るつもりはなかった。
対して本当は、魔獣を倒したと言ったこと……
「……ボ…………モ」
(ん……いま……)
イルマはずっと魔獣を監視していた。だから魔獣の潰れた額の目から魔力が溢れだした事にもすぐ気が付いた。
「ジーク!魔獣の様子がおかしい!」
「え……?」
ジークは魔獣を倒した。だが、殺してはいない。
「……ボク………ノ……モノダアアアアア!!!」
魔獣は起き上がりジークに、いやエリカに向って走り出しその鋭い爪を上げる。
「ジーク!」
「エリカ!ヨハン!」
ジークは右手でヨハンを突き放し、左手でエリカを庇う。そしてその背中に魔獣の爪が振り下ろされた――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます