強請り

「お主、わしの弟子になれ」




「で……弟子?」




 求められたものが金銭や労働ならわかるが、弟子とはなんだ?

 ジークは何も理解できないが、それ以前にそもそも聞くべきことを思い出す。




「あの、一応確認したいんですけど……あなたはぼくの幻覚とか……ではないですよね」




 万が一の可能性を確認したかったのだが、言っているうちにイルマの顔がどんどんしかめられたので急旋回する。




「じゃあ結局あなたは一体……何なんですか?」




 もはや質問の仕方さえわからなかったジークは曖昧な問いしかできない。




「だから魔王を倒した魔女イルマじゃと言っとるのに。そんなに難しいことを言っておるかのう…………いや……まさか……?」




 なにやらジークにはわからない独り言をブツブツつぶやいたかと思うと、今度はイルマから質問してきた。




「魔王や魔女、魔法使いという言葉に聞き覚えはあるか?」




「まあ……おとぎ話の中でなら……」




「おとぎ話……それならその話がいつの話かわかるか!?」




「詳しいことはわかりませんが、数百年前とだけ。でもあれは単なる伝説じゃないんですか?」




 イルマは目を見開いて驚愕の表情を作る。そして数秒経つと今度は覚悟を決めたようにジークに話し始めた。




「いいか、あれは伝説などではない! 実際に起こった出来事。そしてまだ終わっていない出来事でもあるのだ!」




 イルマはあらん限りの熱を込め、自分がここにいる経緯を話した。




 魔王との死闘、その末に倒したこと。だが魔王は転生の魔術を発動し、自分ごと転生したこと。自分が転生した肉体、つまりジークが死にそうになっていたため助けたこと。自分は魂だけとなってジークの体の中にいること。そして――




「魔王はまだ生きている。この世界のどこかに転生し復活の機会を待っているはずじゃ。ならば今度こそッ!奴を見つけ出し、二度と転生できぬよう奴の魂まで消し去らねばならん!」




 ジークは話の全てを理解したわけではない。だがイルマが持つ魔王への並々ならぬ恨みと怒り。それらは十分に伝わってきた。だからこそ気になる。おとぎ話では悪逆非道の限りを尽くしたとしか書かれていない魔王が何をしたのか。イルマがそこまで怒りに震える理由は何なのか。




「あの、その魔王という人は何をしたんですか」




 ジークは恐怖した。聞いた瞬間イルマの目が、表情が、空気がどす黒くなったから。




「奴は数えきれないほどの人間を殺し、村を焼き、子を泣かせた。奴は殺さなければならない」




 何も具体的じゃない答え。聞きたかったこととは違うが聞き直せるわけもない。おそらくそこがイルマの触れてはいけいない部分なのだろう。




 どう声をかけるべきか迷っていると、ドアをノックする音が聞こえてきた。シスターシグネだろうか、戻ってくるには早い気がするが。ジークがどうぞと声をかける前にドアが開き、部屋に入ってきたのは――




「ジーク兄、元気になったってホント?」




 子供たちであった。ジークより後に孤児院に入った、弟妹と言って良い子たち。おそらくシスターシグネから話を聞いて駆けつけたのだろう。思わず笑顔になって答える。




「ああ、すっかり良くなったよ、ありがとう。みんなもぼくが寝ている間何もなかった?」




「大丈夫だよ、もうオレ達だけで薪を拾いに行けるんだぜ。ジーク兄がいなくてもへっちゃらだよ!」




 その中でも一番身長の大きい男の子がきっぱりと答えた。ジークは嬉しいやら寂しいやら複雑な気持ちである。




「ジーク兄、だっこ……」




 今度は一番身長の小さい女の子がだっこをねだったので、ジークは一人ずつ、言葉を交わしながらだっこをしていく。




「なんだ、コニーはいいのか?」




「おいおいジーク兄、オレはもう子供じゃないんだぜ。いまさらだっこなんかできねえよ。ほらみんな行くぞ、ジーク兄はやみあがりなんだ。」




 そう言いつつ、一番身長の大きい男の子――コニーは子供たちを連れて部屋を出ていった。




「子供じゃない、か……」




 さっきシスターシグネに言った言葉。言われた彼女はこんな気持ちだったのかと、少し恥ずかしいような呆れるような、そんな感覚を覚えた。




「弟たちか?」




 気づけばイルマの雰囲気は元に、いやむしろ柔らかくなっている気がする。




「はい。僕の家族です。」




 そうかと一言呟く。そして一呼吸置き話を戻した。




「ならばやはりお主はわしの弟子になるべきだ。魔法使いになれば戦えるようになるぞ。そうすれば、弟たちを守ることも、村を出ることもできるだろうなあ。どうだ、悪いことなど何もないだろう。」




「た、確かに……」




 ジークは揺れていた。特に村の外に出られるという点。世界を旅するのがジークの夢で、それなら戦う力はあった方が良いからだ。

 イルマは手ごたえを感じ、あと一押しのためにとっておきを繰り出す。




「あーあ、わしはお主の命を助けたのになー。命の恩人の頼みも聞いてくれないのかなー」




 イルマは一度も頼んでいないが、ジークはそのことに気づかない。「命の恩人」という最終兵器を出されては拒否すること不可能だ。




「わ、わかりました。弟子になります……! ただし魔王を探すとか倒すとか、それは保留です。ぼくはまだこの村を離れるわけにはいかないんです!」




 この村を出たいという欲求は間違いなく強い。強くなって旅をする。なんて素晴らしいことだろうか。だが魔王がどうとか言われても、ジークにとって重要なのはこの村にいる自分の家族なのだ。血は繋がっていなくても、幼いころから一緒に育った大事な家族なのだ。




(強くなるのは良い。その強さでぼくが家族を守らなければいけないんだ!)




「……まあ、良いだろう」




 魔王討伐の旅を保留にされたイルマ。本来ならそこは妥協できない部分のように思えるが、あっさりと認めた。後からジークの意思をひっくり返す手札を持っているのか、もしくは……




「ではこれからお主はわしの弟子だ。泣き言は許さんからな。その代わりお主を立派な魔法使いにしてやる。良いかッ!」




「はい!」




 そして魔女イルマによる地獄の修行が始まり、ジークは早々に後悔することになる。やはり恩をひけらかすような人間のいうことはきくべきではなかったと……

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