黒と赤の戦い4
勝ちますとは言ったものの、ジークは良い作戦が思いついた訳ではなかった。
ダンの懐に入るには飛ぶ斬撃をかいくぐり、紫電を避け、剣の内側に潜らなければならない。懐に入ったとしても、また魔力で防御されて致命打を与えられなければ一転して不利に、いや、ほぼ確実に負けるだろう。
(ダンを倒すには最大まで高めた魔力の一撃を放つしかない。だけど右手に魔力を集めた状態でダンの懐に入るなんて……)
ジークの魔力操作は魔獣と戦った時より遥かに上手くなっている。故に魔力を溜める時間も短くなっているが、それでもダンの目の前で溜めるには長すぎる。
ダンはセシリアの剣を引き抜き、持っていたミゲルの剣を左手側に突き刺した。恐らく一本づつしか使えないのだろう。だが持ち替える隙を突こうにもやはり全身の充纏が必要になる。
ならばダンの目の前に行ってから隙を作り出すか。ジークがこの僅かな時間に思考を巡らせていると、イルマは一言呟いた。
「ジーク、自分にできることを明確にしろ」
この戦いにおいてあまり口出ししなかったイルマの助言に、ジークは熱くなっていた頭を冷ました。
(ぼくにできること……)
充纏による身体強化。溜めと反動がある右手の一撃。そして風魔法の突風。
(師匠はこの手札でどうにかできるのか?……それとも他に――)
尚も悩むジークを、ダンは待たない。
魔力を籠めると同時に振られた剣から銀色の閃光が放たれた。速さも輝きも数段ましたそれはジークの足元へ飛来し、紙一重で避けたジークの脛を切り裂く。魔力の防御を貫き、皮膚だけでなく肉に達している。深い傷ではないが何度も負えば失う血の量は馬鹿にならない。
ダンまでの距離は十五歩程。今の攻撃を見ると、ここまでなら何とか見てから回避することができるだろう。つまりこれ以上近づくのは無傷では難しい。
(ミゲルと戦った時も、どうやって距離を詰めるか考えたんだ。あの時は…………あの時……?)
ジークはミゲルとの戦いを思い出し、そして自分がもう既にできることを理解した。
一つ息を吐けば、ジークはもう進むだけだ。
ダンは剣を振り斬撃を飛ばす。対するジークは一歩下がり十六歩程の距離を保ったまま、ダンを中心にして円を描く様に反時計回りに走り出す。
当然目の前を走るジークに狙いをつけ斬撃を放つが、速度の上下や僅かな体勢の変化で殆どが空振りすることになる。
だがダンは全く焦っていなかった。
(奴の狙いは一気に俺の懐に入ってくることだ。だがどれだけ探ろうが俺に隙は無い。逆に奴が攻撃に移る時、そこに隙ができる。俺はそこを突くだけだ……!)
円運動から中心に踏み込む際に必ず隙ができる。円運動の速度が大きい程その隙も大きくなるだろう。そうなると十中八九、ダンの背後を狙う形になるはずだ。
ダンは剣を構えながらも上半身を脱力させ、意識を集中する。
緩やかな風が吹き、周囲を駆ける音だけが聞こえる。視覚に頼らず、音も、あるいは足元に伝わる振動さえ頼りにして、その攻撃を、その隙を、ただ黙して待ち――
バゴッ
ダンの正面、ジークは石畳を踏み貫き、ダンは剣を振りぬく。魔力の乗ったその会心の一振りは速度も威力も増して飛んで行き、ジークの左腕に、厚い魔力の防御を貫いて深い傷を残した……が、ジークはそのまま円運動を続けた。
(攻撃を止めた……?いや、奴はそもそも……!)
石畳を踏み貫いたジークの足は進行方向を向いていた。つまりジークはダンに飛び込むために踏み込んだわけではない。
(ならば何のために……)
警戒を解かず様子を窺うと、ジークはまたしても石畳を踏み貫き、その隙に斬撃を放つ。動揺し集中を欠いた斬撃は大きな被害を与えられなかったが、それでも失う血の量は多く、ジークも無視できない怪我のはずだ。
だからこそジークの行動は不気味だった。三回目、四回目と石畳を破壊する。何が目的なのか、何を考えているのか。
傷の量で優勢なはずのダンが冷や汗を一滴流した時、風がビュウと吹き、砂塵が僅かに舞った。
(風……そうだ、奴は風をッ……!)
ダンは思い出していた。ジークの手から吹いた突風を。
だがあの現象をダンは理解できなかった。何故ならダンにとって風を吹かせることや雷を飛ばすことは、剣を通して起こることだからだ。当然剣以外の媒体も考慮したが、あのときジークの手は何も持っていなかったし指輪すら着けていなかった。
(もっと疑問に思うべきだった……ッ!)
だがその後悔はもう遅い。
ジークの前を切り開く様に、ジークの後に続く様に、風はより強く、より高く舞い上がる。割れた石畳の破片やその下にあった土や砂を連れ出し、抱え込み、重みを増したその遮光幕は、ダンを捉える様に周囲を囲んだ。
(舞い上がれ!上へ、上へ!)
ジークは疾走しながら魔法を発動し、風を巻き上げる。その力は最初は小さかったが、ジークの動きに合わせて段々と大きくなり今はジークの姿を隠すほどまでに成長した。
魔法とは、自然を再現し、操ること。
ジークは風を再現することは良くできていた。掌から突風を放つことは正しくそうだ。
では操ることはどうか。それは一瞬だけ、一部分だけ、無意識の内に行使していた。
ミゲルの最後、持ち上げた布をその場に漂わせる。紫電が発動するまでの僅かな時間、ほんの少しその場に留まらせていた。
自分ができなかったことが少しでもできていたと気づいたなら、できるはすぐそばに近づいている。
ましてや今度は血の染みた布ではなく、もっと軽い土や砂だ。巻き上げるのは容易いだろう。
だが同時に完璧でもない。円周で言えば百歩程の規模の風は、ジークが同じように走り続けることで維持できている。
ジークが止まれば、程なくこの砂の幕は消える。
(だけどそれで充分。ぼくの姿を隠す。それだけで……)
「どこからでもいい……来いッ!」
どこから来るか分からない。更に姿が見えなくなった。
だがそれだけだ。
(さっきの一振りをもう一度。俺はもう、できる)
剣を構え、集中、脱力。先程の会心の一撃は偶然だ。だがダンにはもう一度同じことができる確信があった。
魔力の波を静かに。静と動。零からの爆発。その差が速度を生み出す。
(来い……来い。来た時が、お前の最後だ……)
ダンは待つだけだ。周りを砂で囲まれた今の状況を、ダンは追い詰められたとは思っていない。
一匹の鮫は、突き出される銛も、周りを囲う網も、全て食い破ってみせると牙を研ぐ。
バフッと砂の遮光幕が切って落とされる音、ほぼ同時にダンは剣を振り下ろしていた。
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