第22話

と、その瞬間、久遠の脳裏には一人の幼い少女が映し出された。伽羅色の髪をした子は、語りかけるように歌をうたう。傍らには、床に伏せる男性の姿があった。静寂に包まれた真っ白な空間に、少女の歌声が僅かに色を付けた。

「あのね、パパ」

瞼を閉じたままの男性の手にそっと触れながら、彼女は真剣な面持ちでこう言った。それは幼い子とは思えないほど、大人びた表情だった。

「わたし...歌手を目指すことにしたよ。ずっと前、パパが『ふゆかの歌を聴くと元気がでる』っていってくれたから」

その声に次第に震えが混じる。

「びっくりした?だって...うれしかったの。わたしの歌が、パパの病気を少しでも良くしてあげられたんだって...思えたから。だいじょうぶ。ママも、わたしが歌手になりたいっていったら、賛成してくれたんだ」

少女の頬には、いつしか大粒の涙がつたっていた。なおも、父親に懸命に話かける。

「わたし、がんばるから...歌手になったらパパも、目を覚ましてくれるよね?約束―――」

そこで、映像は途絶えた。


『万物に宿りし生命の流れよ...今此処に、在るべき刻を呼び戻せ』

久遠が言葉を紡ぎ終わると、眩い光が針を、時計を、全てを包み込んだ。そうして数秒間の瞬きののち、紺碧の時計からは規則正しい音が聞こえはじめた。

『...よし。これで完了、と。あとは...』

軽く周囲を見渡すと彼は、その他に止まっている時計全てに触れてまわった。

『忘れてしまった、過去の大切な記憶...思い出して下さい』

久遠が目を閉じると、その身体は徐々に薄くなっていき、それに伴い意識も次第に遠のいていった。


***


「ん...」

目を覚ますと、隣に冬華がいた。彼女はまだ眠ったままで、穏やかな寝息をたてている。どうやら久遠は無事、彼女の意識から戻ることが出来たようだ。

「...冬華さん、起きて下さい」

「...う」

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