第42話
『痛い、苦しい。それなのに』
箒を使った暴力。自分の持ち物はカッターでぼろぼろにされ、目の前で踏みつぶされた。金髪の少年らの放つ罵声。笑声。
『どうして、どうして、どうして』
視線を逸らす生徒に、少年は沸々と憎悪の念をこみ上げる。絶望からの怨念。ふと、遥が少年の名前を呼んだ気がしたが、そこで映像は途切れてしまった。
「...」
その光景に、久遠は暗い表情のまま言葉を失っていた。これが、過去の彼の記憶。これが、彼の運命?これが辿るべき道なのか。―――今ここで彼の刻を直したら、再び同じことが繰り返されてしまうのではないか。
「でも...」
久遠は暫く躊躇ったが、もう一度時計に手を翳すと言葉を紡いだ。
「万物に宿りし生命の流れよ...今此処に、在るべき刻を呼び戻せ」
***
「これで本当に、よかったのかな...」
意識が覚醒すると久遠は恐る恐る瞼を開く。しかし、そこには誰もいない。―――いつの間にか、金髪の少年らはいなくなっていた。どうやら、少年の運命の修復の影響で、彼らは少年の"手下"ではなくなったようだ。
「―――久遠さん!」
と、遥が何故か駆け足で戻ってきた。彼女は久遠のすぐそばまで来ると、瞼を閉じたままの少年の方を見る。
「あのっ、長谷川くんに何かあったんですか?」
彼女曰く、友人との帰り道にて胸騒ぎを感じたらしい。それが、ここ公園だったようだ。その奇妙な話に、久遠は首を傾げる。
「...大丈夫。いまに目を覚ますよ」
そう言って少年の顔を見る。すると、少年は口角を上げた。
「―――やっぱり、バレちゃいましたか」
砂ぼこりを手で払うと、ゆっくりと彼は立ち上がる。遥は安堵の表情を浮かべた。
「...ごめんね」
「え?」
いきなり謝る遥に、少年は思わず気の抜けた返事をする。すると彼女はえっとね、と理由を説明した。
「長谷川くんがずっと苦しんでたのに、助けてあげられなかったから...」
実に申し訳なさそうに言う彼女に、何故か少年は首を振った。
「―――もう、櫻井さんには1度助けてもらったよ」
その答えに、遥は驚いた顔をする。少年は彼女の反応に目を細める。
「俺の目を覚まさせてくれたのは他でもない。櫻井さんなんだ。...って言っても、きっと分からないだろうけど」
ますます困惑する彼女に、少年はそうだ、と名残惜しそうに口を開く。
「...俺、転校するんだ。もう一度、ゼロから人間関係を作り上げていこうと思ってさ。...だから、最後にこうして会えてよかった。櫻井さんと、それに―――」
そう言うと、少年は久遠の方に身体を向け深々と礼をした。
「助けてくれて、ありがとうございます。俺、この恩は―――いつか必ず返します!」
彼の瞳には、希望の光が差していた。―――こうして、久遠はまた一人、少年の運命を直したのであった。
***
その日の夜。久遠は机に向かい、少年の証言をまとめていた。冬華のときとは違い、彼は運命が変わる前後のことを比較的覚えていたからである。そのため、久遠は彼に幾つか質問をしていた。
『男で、身長は俺より高かったです。顔は...よく覚えてませんが、たしか―――』
「金髪っぽい髪をしていた、か...」
ペンを置くと、久遠は眉間にしわを寄せる。運命を変えた人間が、探している人物だとでもいうのか。
「まさか、ね」
仮にそうだったとしても、何故こんなことをしているのか。答えがまとまらないまま、夜は更けていった。
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