第33話

彼女の言葉を聞いた久遠の表情が、僅かに暗くなる。が、いつもの無表情に戻ると、彼は開口した。

「僕の母親は...もう何年も前に亡くなっています。母親だけでなく、父親も...」

「え...?」

目を丸くする彼女に、久遠はただ頷いた。恵美はしばらく呆然としていたが、やがて久遠にこう尋ねた。

「それじゃあ、久遠くんは今までどうやって生活していたの?―――一体、何から逃げてきたの?私はてっきり...」

「―――知りたいですか?」

困惑する恵美に、久遠は聞く。すると彼女は遠慮がちに、"えぇ"と言った。

「では、少々長くなりますが。...両親を亡くした僕は、母親の姉に引き取られました。最初は戸惑いましたが、母方の姉ならと、僕は幼心にもさほど不安はありませんでした。...しかし、現実は全く違っていたのです。伯母は、僕の行動を厳しく制限しました。遊びはおろか、外に出ることすら許されず。...僕は、この重圧に耐えられませんでした」

恵美は視線を落とすと、無言で耳を傾ける。

「彼女のもとで暮らし、長い月日が経ったある日―――僕は、ついに外に出る決心をしました。彼女の目を盗むことができる時間を狙って...。しかし、すぐに逃亡したことが彼女バレてしまい、多くの追手が僕を追いかけてきました。それでもどうにか振り切った僕は、白い猫とともに公園で一夜を過ごしました。外を歩くことのできなかった僕に、頼る人などいなかったので...。そして次の日の朝に出会ったのは...ほかでもない、遥さんでした。彼女が僕を助けてくれなかったら、今頃僕は...連れ戻されていたことでしょう」

そこまで語ると、久遠は一旦口を閉じた。いつの間にか恵美は泣いていて、ハンカチで目頭を押さえていた。

「だから...恵美さん、貴女にも感謝しています。見ず知らずの僕に衣食住を揃えてくれたこと...。今は無力ですが、いつか必ず、この恩は返しま―――」

言い切るが速いか、恵美はそっと久遠を抱き寄せた。まるでわが子のように優しく抱きしめられ、久遠は目を丸くする。その状態のまま、彼女は口を開いた。

「...よく、耐えてきましたね」

すぐ近くで聞こえる、温かな声。それにより、今まで押さえつけていた感情が、一気にせり上がってきた。苦しかった。辛かった。―――人の温もりが欲しかった。

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