第32話

いった顔でセンパイが崩れ落ちる光景を見ていた。久遠はふらつく足で立ち上がると、傍観者達を挑発する。

「...さあ、貴方達もかかってきなさい」

「っ、てめぇよくも!!」

逆上した少年達は、一斉にこちらを目がけて突進する。

「―――単純な奴ら」

そこからの出来事は、ほんの一瞬だった。久遠に近づいたものから順に、一人、また一人と地面に伏していく。そして彼の瞳の色が戻るころには、だれひとりと立っている者はいなかった。

「はあっ、はあ...」

精神、体力共々摩耗しつつ何とか全員眠らせることに成功した彼は、暴行を受けていた少年のもとへと足を運んだ。顔や手に傷があるものの、命に別状はないようだ。

「―――一人でアイツらを倒すなんて、スゴイですね」

「!?...意識、あったんだね」

急に口を開いたかと思うと、少年はゆっくりと起き上った。服に付着した砂を手で払い、久遠の顔を仰ぎ見る。

「俺...気絶したふりをして、一部始終を伺察してたんですよ。一体誰が、俺なんかを助けてくれるのかって。いままで、自分を助けてくれる人間なんていなかったんで...。クラスも、学校の先生も。誰ひとりとして、俺のこと、見て見ぬふりばっかで」

「...」

嬉しかったですと、枯茶色の髪をした少年はにへらと笑った。その弱々しい笑顔に、久遠は眉を曇らせる。

「...どういたしまして。それじゃあ、僕はもう行くから―――君も、早く帰った方がいいよ」

久遠は少年にそう言い残すと、踵を返した。

「―――あの人が...」

少年は立ち上がると、深刻な顔つきで久遠を見送った。


***


「まあ、その怪我どうしたの!?」

家に帰ると恵美は案の定、傷と服の汚れについて聞いてきた。彼女は大急ぎで救急箱を持って来ると、椅子に座るよう言った。久遠は罪悪感にさいなまれつつ、簡単に事のあらましを話した。


「―――という訳なんです。すいません、折角の服を汚してしまって...」

「服の心配より、自分の心配でしょう?...手当しますから、傷を見せてちょうだい」

恵美は久遠をたしなめると、消毒液と脱脂綿を取り出した。彼女も椅子に座ると、傷の手当に取り掛かる。久遠は黙って身を任せた。

『...』

「どうかしたの?」

恵美の一言で急に意識が現実に戻された彼は、彼女が手当を終えたのに気がついた。頬と腕には絆創膏が貼られていて、恵美は首をかしげている。

「いえ...ただ、懐かしかったんです」

「懐かしかった?」

久遠は照れ臭そうに話した。

「はい。僕が幼いころ、母親に傷を見てもらったことを思い出したものですから」

「ふふっ、そうだったの。久遠くんって、意外とやんちゃだったのね」

恵美は笑みを浮かべ、お母様に心配かけちゃだめよ?と言う。

「それは...そういえば、まだ話していませんでしたね」

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