第19話

『私の初めての、イベント企画...絶対に成功してみせる。...やっと、私にきたスカウト。夢を掴んだからには...失敗は、許されない...』

「準備万端か?」

入るぞ、とノックをしてきた長身の男性は、伽羅色の髪の彼女に近づく。そして、手に持っていた紙をぶっきらぼうに渡した。

「ほらよ、これが今日のイベントの予定表だ。しっかり目を通しておけよ、冬華」

「...ありがとう」

彼女は紙を受け取ると、彼の方を真剣な眼差しで見た。

「私の作った、曲...でいいんだよね...?」

そう問い掛ける彼女に男性は、ああと返事をする。それを聞いた冬華の気分は、更に高揚した。男は表情を変えずに話を進める。

「もちろんだ。そう契約時に言っただろ?...そのかわり、失敗するなよ?なんたって、お前が最初の献上者だからな...」

「...?」

「ああ、こっちの話だ。気にすんな」

キョトンとする冬華に内心ほくそ笑みながら男性は、顎をしゃくり彼女を外へと促した。

「そろそろ時間だ。...行ってこい」

「うん...マネージャー、行ってくるね」

彼女は彼の方に振り返り頷くと、会場へと歩んだ。


***


「それにしても、すごい混んでますね...2階にも人が大勢いますし」

久遠達は買い物を済ませ、1階のホールにいた。ひしめき合う人混みの中、どうにか席の前列に座ることができていた3人は、観客の熱意を痛いほど感じていた。。

「そうね...予想以上に人が沢山いるわね」

圧迫感を感じながらも、3人はもうすぐ登場するはずの歌手を待つ。時計を見ると、あと数分といったところだろうか。

『服がかさばる...』

それなりの量を無理矢理2つにまとめたため、紙袋が大きく椅子の下にも、膝の上にも置けない。そのため仕方なく足元に置いているのだが、前列との間隔が狭いから紙袋は悲鳴をあげていた。

「そうそう。冬華さんって、元々路上ライブで活動していたみたいなんです。頑張って歌っても、なかなかお客さんが集まってくれなかったそうで...。けれど、人の心を癒すような歌声や、歌詞を聴いた通りすがりのプロデューサーの目に留まって、こうして本格的に歌手活動を始めたそうですよ」

運命的ですよね、と遥は眼を輝かせ久遠に話す。彼がそれに返事をしようとした瞬間、会場が突然パッと暗くなった。それに伴い、周囲からはちらほら黄色やピンクの光が浮かびあがる。

「あ!久遠さん、見てください!!」

歓声を浴びてやってきたのは、先程話題となった冬華の姿だった。彼女がマイクを受け取ると、一気に会場は静まりかえる。

「...皆さん、こんにちは。えっと...今日は、私のイベントに...来てくれて、ありがとう」

冬華がペこりとお辞儀をすると、会場は割れるような拍手が湧き起こった。

『ん?あの人...』

何か彼女に違和感を感じた久遠は、二人にばれぬようこっそり左目に手をかざした。手を離すと、そこからは翡翠色の瞳があらわれる。と、冬華の背景だけがぐにゃりと歪んだ。

「それでは...聴いてください。...."雪月華"」

バラード調の曲が流れた瞬間、会場の空気が一気に変わった。誰一人として私語を発することなく、彼女の歌に酔いしれている。

『まずい...あの人とどうにかして接触しないと』

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