第9話

「...ありがとう、助かったよ」

男が立ち去って暫くして、久遠はその口をゆっくりと開いた。

「久遠さん、あの人...」

モニター越しに誰もいないことを確認し、遥は元居た椅子に座った。彼はフードを被ったまま話す。

「そう...僕は、彼らに追われている。本当は話すのは止めておこうと思ったけれど、"あれ"がここに来たからには...」

彼はここまで言うと、遥の目を真っすぐ見た。

「恵美さんを呼んできてくれますか?お二人方に、大切なお話があります」


***


遥が母親を呼びに行くと、彼女はお盆いっぱいに料理を運んできた。それはキッシュにサラダ、パンに飲み物など、どれも朝から何も食べていない彼にとって最高のご馳走だった。彼はそれらをゆっくり味わいながら、彼女達に話す。黒スーツの男達に追われていること、自分のこれまでのいきさつ、そして...行き場がないまま逃げてきたという事。彼は″自分のこと以外″、包み隠さず話した。

「―――という訳なんです。申し訳ありません、巻き込むようなことになってしまって...」

それを聞き恵美と遥はお互い顔を見合わせる。と、遥は彼が想像してもいないような言葉を放った。

「あの、もし...久遠さんが嫌でなければ、暫く家にいませんか?さっきの人もしかしたら、まだ近くにいるかもしれませんし...」

「――え?」

公園でのときといい、彼女は全く行動が読みとれない。そんな彼女に久遠は、念を押すようにこう告げる。

「...気持ちは嬉しいけど、黒スーツの男達はどんな手を使うか分からない。...最悪の場合、貴女方を危めてしまう可能性だってある」


それでも僕をここに置いてくれるのかと、彼は冷淡な瞳で遥の方を向いた。ほんの僅かだが、彼女の瞳が揺れた気がした。彼女も所詮人。誰だって、自分の命は惜しい。自分の身を危険に晒してまで、他人を助けようとする人間はいないだろう。―――しかし彼女は、彼の予想を越えた言葉を口にした。

「...久遠さん、どうして頼ってくれないんですか?」

感情が高ぶる彼女の栗色の瞳には、うっすらと涙が浮かぶ。

「追っ手の人に嘘をついた以上、久遠さんから辛い話を聞いた以上、私達は関係者も同然なんです!!だから...」

ひとりで抱え込まないで下さい。彼女はそう力なく言うと、俯いてしまった。

「―――っ」

久遠が彼女に目をくれていると、今まで黙って会話を聞いていた恵美が話を持ち掛けてきた。

「娘もこう言ってますし、とりあえず今日だけでも泊まっていきませんか?...行く宛無しに迂闊に外を出るのは危険です。それに、一日落ち着けばこれからの事について、よく考えることが出来ると思うの」

「...すいません。それではお言葉に甘えて、今夜はお宅に泊まらせて頂きます」

しばし考え込んだ末彼は、ひとまず櫻井宅に泊まることになった。

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