第43話 フミカの独白 その2
風薫る5月。
球技大会のドッジボールで美浜咲はボールが真正面から顔に当たり、転んだ。それを偶然廊下から見ていた私は息が止まりそうになった。今すぐこの窓を乗り越えて彼女を抱き起こしてやりたい衝動にかられた。クラスメイトの手を借り立ち上がった彼女の顔は、痛みのせいだろうか、悔しさのためだろうか、涙に濡れていた。
私は一目散に廊下を駆けだした。上履きを履き替えることも忘れ昇降口から校舎をまわり、運動場に飛び出した。コンクリートの段差につまづき膝を強打したが、すぐに立ち上がって走り出す。美浜咲を治療してあげなくては。美浜咲を抱きかかえて保健室に連れて行かなくては‥‥‥。
ストッキングが破れ膝から血が滴っているにもかかわらず、走った。痛みなど感じなかった。体操服姿の生徒が私を振り返って首をかしげている。
運動場に出た時、まっさきに美浜咲を探した。まず運動場を階段状に囲んでいる観覧席を探した。きっと鼻血でも出しコートから外れたことだろうと予想したからだ。しかし、どこを見回してもいない。
男女の声援が舞い上がり、私はコートに視線をやる。
いた。美浜咲がいた! すでに外野に立ち、相手チームを積極的に攻めているではないか。
──よかった。なんでもなかったんだ。
ほっと胸を撫で下ろした。その時初めて、膝に違和感を感じ、怪我していたことに気づいた。上履きのサンダルのまま飛び出してきた自分に苦笑した。
運動場では美浜咲のオーラが一層濃厚になって感じられた。女子も男子も全員が美浜咲の動きを注視しているように感じた。冷静さを取り戻した私は、いつものように冷ややかに腕組みをし、しかし心の中ではいつになく熱くなって彼女の活躍を見守っていた。
女子特有の不器用なフォームでボールを投げる姿。味方からパスしてもらったボールを柔らかな胸で受け止める時の、ぬいぐるみでも抱きしめるようなあどけない姿。ボールを取り損ねてペロッと小さな舌を出すしぐさ。ボールがお尻に当たりおおげさにはしゃぎまわる姿──。
そんな彼女の愛くるしい一瞬一瞬を、私は膝の痛みも忘れ、呆然と見守っていたのだった。
──フォーリンラブ!
私は真っ青に晴れ上がった空を仰いだ。そして、
「おお、神よ……」
胸の前で十字架を切った。(クリスチャンでもないのに)
男になど見向きもしなかった私が、女である美浜咲に落ちてしまったのだ。
「神よ、許したまえ……。ミゼレレ・ノーヴィス!」
私は次第に彼女を遠くから見ているだけでは我慢できなくなった。
ああ、あの無邪気な子と話してみたい。一緒のチームになって抱き合って勝利を喜びたい。あの愛くるしい躰に触れてみたい。──そんな欲望がふつふつと湧いてくるのだった。
同時にそれと相反するどす黒い感情も心の隙間から流れ込んで来だ。彼女の放つオーラは、人の持つ相反する思いを同時に引き出すものらしい。──慈しみと憎しみ、自由と束縛、いたわりと虐待‥‥‥。
──意地悪な言葉を注ぎ掛けたい。何か残酷なことを言ってあの天使のような心を傷つけてやりたい。あのピンク色の頬を叩いてやりたい。クラスメイトの前で服を脱がし恥ずかしい思いをさせてやりたい。そのあとで、彼女の前にひざまずいて許しを請うだろう。どんなに憎まれても、赦しが得られるまで彼女に謝罪し続けるだろう。鞭で打ってもらいたい! 着ている服をビリビリに破かれ、全校生徒の前で恥ずかしい思いをしたい。私はそれを美浜咲の名において耐えるのだ!
独占したいと思った。彼女を独り占めしたい思いが心臓と肺の中で煮立っている。同時に、自分にペニスのないことを恨んだ。ペニスさえあれば、美浜咲を自分のモノにできるのに! 彼女を愛すると同時に、独占し、イジメることもできるのに! 真っ黒で長くて太くて凶暴なペニスで!
健康なスポーツに興じる美浜咲の姿を追いながら、私は勃起したクリトリスが下着の繊維に擦れてますます敏感になってくるのを必死に耐えていたのだった。
6月になって牧村潤が美浜咲を保険室に連れてきた。
潤は私には
彼に抱かれて入って来た美浜咲を見て、とうとうチャンスが来たと思った。私の牙城の保健室で彼女を診察しよう。負傷した部位がどこであれ、治療と称し、彼女を裸にし肌に触れよう。そして──、告白しよう。いままで美浜咲だけを見つめていたことを。愛していることを!
しかし、私は幻滅した。
愛する女の子が牧村潤のたくましい腕にしっかりと抱かれて運ばれてきたのがショックだった。潤の体力に嫉妬した。咲の片方の乳房を包んでいたあの広い手のひらに嫉妬した。咲の視線を独占的に浴びている青年の整った顔に嫉妬した。洟たれ坊主だった潤がいまや女子高生を抱っこできるまでに成長し、女子高生に見つめられるほどのいい男になっている。
告白の直前の段階にまで高揚していた私の恋心に穴が開き、プシューと空気が抜け、墜落した瞬間だった。
それは私の悪魔に油を注ぐことになった。
その結果、ああいうことになったのだ。
美浜咲に目隠しをし、ベッドに縛りつけ、保健室に1人放置した。「洟たれじゅん」なんかに抱かれた罰だった。乳房を「欲張りじゅん」に触られた罰だった。「泣き虫じゅん」をあんなに熱い視線で見つめた罰だった。
それだけでは私の嫉妬は収まらなかった。悪魔は美浜咲をめちゃくちゃにしてやることを求めたのだった。
保健室を出ると、その日折よく遅刻して校舎に飛び込んできた愛理を呼び止た。悪魔は彼女に耳打ちする。保健室に行けば、アンタがはまっているランジェリーづくりに絶好の材料が横たわっていると。採寸するもよし、欲望に任せて揉みまくるもよし、そして──、処女を奪うもよし! と。
今になってこそ思う。愛理に理性があってよかったと。
もし愛理が私のようにこわれた女だったら、私とふたりで美浜咲を穢していただろう。彼女が美浜咲に対してとった行動は、一応「採寸」のぎりぎりの範囲にとどまっていたんじゃないだろうか。
そう。何度も思う。何度も神に感謝する。(クリスチャンじゃないけど。)愛理に「理性」があってよかったと。まともな人間でよかったと。
愛理にも、宮田このみにも、私フミカにも、「理性」があって本当によかった。人間に「理性」のあるおかげで、今、この保健室で、「初挿入」の儀式が進行しているのだった。「理性」のおかげで、ジュンとサキとの初挿入の現場が乱交にならずに済んでいるのだった。
「ジュ、ジュンくん……、ううーん、ああ……」
「サキ……。サキ、愛してる……。オッパイ、かわいい……」
「もっと舐めていいよ……、んん……、みんなみんなジュンくんのだよ……」
「ここが、クリだね?」
「んぐっ……、そ、そうだよ。も、もっと……ああ……もっと……」
目の前で男女が、それも我が湖南高校を代表する美男美女が全裸で絡み合っている。初エッチの感動と地熱のように湧き上がって来る若い男女の性欲により、狭い保健室は熱気と湿度と淫臭で真夏の温室のように蒸しかえっている。
そんな中で、愛理はジュンへの幼い頃からの焦がれるような思いを理性で制している。
宮田このみも、美浜咲との出会いで突如として目覚めてしまったレズビアンの思いに戸惑いながらも、理性で乗り越えようとしている。
私も、宮田このみ以上に燃え上がってしまった、それも真っ黒に、悪魔的に燃え上がってしまったビアンな思いを、何とか理性で抑制できている。今のところは。(でも、いつかは美浜咲を強引に取りに行くんじゃないかという変な予感もあるのだが‥‥‥)
しかし、ここにたったひとりだけ。そう、例外的にたったひとりだけ、理性には決して手綱を取られたくなく、もがいている人間がいた。
美浜咲だ。
「イヤだよ‥‥‥。ぜったいにイヤ!」
濃厚な愛撫の末、いよいよ挿入となったときに、急にごねだしたのだ。
「だって、サキ、これをつけないと‥‥‥」
ジュンがほとほと困り切っている。あんなに困っているのに勃起の勢いは一寸たりとも衰えてないところが高校生が高校生たる所以だ!
「イヤよ! だって、私たちの初めての挿入なんだよ。わたしとジュンくんの間に異物が入るなんて信じられない。ぜったいイヤ!」
咲はさっきまで最大限に開かれていた脚を閉じてしまった。彼女のへその周りにこびりついている茶色っぽい陰毛は咲のだ。太腿にくっついている真っ黒で縮れているのがジュンの陰毛だ。
「オレはキミを守るために言ってるんだ。避妊をしよう! コンドームを付けよう!」
ジュンは背中を丸め、童貞らしくピンク色に光る屹立に円形のゴムをあてがう。
「イヤ! お願い! 赤ちゃんができてもいいの。どんなことをしても育てるから。だから、初めての挿入でゴムを付けるのだけはやめて‥‥‥。私たちの記念すべき初セックスなんだよ! 直接ジュンくんを感じたいの。ジュンくん熱さを。ジュンくんの固さを。ジュンくんの性欲をじかに味わいたいの。ジュンくんだって私を生で感じたいでしょ? ね?」
美浜咲はかわいい両目から涙をポロポロ流しながら懇願する。ジュンも両手の指で涙をすくってあげながら、彼女にうなずいてやっている。
「これからだって、ジュンくんとセックスするときはぜったいコンドームはつけないよ。だって、ジュンくんと私の愛が交換されるところなんだよ。いちばん愛に敏感なところなんだよ。それがゴムで遮られちゃうなんて、愛が遮られるのと一緒だよ。ひどいよ‥‥‥。ほんとうに‥‥‥、ひ、ひどいよ‥‥‥」
咲はとうとう本泣きになってしまった。
「コンドームなんてぜったいイヤッ! 生のジュンくんがいいのぉ!」
全世界に訴えるように泣きわめいた。奥歯の治療の痕も、のどちんこも丸見えだ。ミス湖南高校候補がこんなみっともない泣き方をするとは、失望の極みだ。それもジュンの唾液で濡れた顔と乳房を隠そうともせず。ふたりの愛液でドロドロになった下半身も隠そうとはせず。
「どうしたらいいのかな?」
ジュンは片手に薄緑色のコンドームをつまんだまま私に訊いてきた。
「アンタたちの問題でしょ? ふたりで解決しなさい!」
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