第15話 趣味の部屋の正体
窓のないうす暗い空間になっていた。
畳を二枚縦に敷きならべた細長い部屋。奥には天井まで届く細長い本棚があり、ぎっしりと本が詰まっている。大部分が文庫本だ。全部読んだのだとしたら、これほどの読書量というのは高校生としては驚愕にあたいする。
ちょうど目の高さにあるところに手を伸ばし、一冊だけ引っ張り出す。阿部公房の「砂の女」。
「あれ?」
手にした瞬間、違和感を感じる。カバーと本のサイズが微妙に合ってない。おまけに本の天と小口にほぼ等間隔で黒いラインが走っている。ライトノベルなら挿絵が入っているからそういうこともある。だが、阿部公房じゃないか。新潮社文庫なのに栞紐もないし。そんなことがあり得るだろうか。
ページを開いた。思わずのけぞってしまった。阿部公房なんかではない。新潮社文庫なんかでもない。
「こ、これって‥‥‥」
まごうことなき官能小説だ。それも10代、20代の若い読者向けの超エロい挿絵入りのヤツ。私が開いたページは、ちょうど5分前の私のように、セーラー服の女がスカートまくられ、ショーツを脇にずらされ、秘めた部分にクンニを受けている場面が描かれていた。手が震えて本を落としそうになった。
もとの場所に戻し、その下の段からも一冊取り出してみる。谷崎潤一郎の「細雪」上巻。隣りに中巻、下巻と並んでいる。新潮文庫。ページをめくってみるとやはり同様だった。高校生で処女の私が見たことないような、想像さえしたことのないような、淫乱で煽情的な挿絵が視線を釘付けするのだった。
乱れる呼吸を抑えながら元の場所に戻す。
そうか、このみちゃんは文学少女なのではなかったのだ。女の子としては、そして高校生としてもかなりどす黒いエロマニアだったのだ。これがすべて官能モノだとしたら、いったいいつから読み始めたのだろうか。一週間に一冊ずつとしても、一年や二年では読み終わりそうもない。とすると、中学生の時から?
ふうーっとため息をつき、暗澹とした思いでその場にたたずむ。下腹部がピチュッと音を弾き、粘液がたらーっと腿を伝う。
教室ではいつもおとなしく目立たない女の子。しかしそんな彼女のスカートの中身はどうだったか。いつも彼女のカバンの中に入っていた文庫本。そのカバーを外すとこうだ。
それだけじゃないだろう。宮田このみという少女は私には計り知れない奥が、もっと奥がある。そしてさらにその裏も‥‥‥。想像もできなかったどす黒い事実がまだまだ出てきそうな気がする。
寒くはないのに鳥肌が立った。
ん? 何か変だ。
ここ「趣味の部屋」にたたずんでいると、寒気のように躰に染み込んで来るものがある。この空気感、何だろう。この違和感の正体は?
そう、電気もついていないのに、窓もないのに、部屋がうっすらと明るいのだ。グレーの厚めのカーテン。その向こうから明かりが差し込んでくる。いや、染み込んでくるというべきか。それは明らかに異様なことだ。だってカーテンの向こうは壁になっているはずなのだから。さっき私がこのみちゃんの愛撫により生まれて初めてオルガズムを与えられた部屋と今私が閉じ込められた部屋の仕切り壁。向こう側には大きな鏡が張られた壁。そこからどうして明かりが染み込んでくるのだろう。
違和感の正体を確かめたいあまり、怖いもの知らずになっている私。おそるおそる両手を伸ばし、カーテンを左右に割ってみる。
「え⁈」
とんでもないものを見てしまった。
何、この部屋⁈
女子高生の部屋にこんな仕掛けが……。
思わず後ずさりしてしまった。ぞぞっと鳥肌が立ち、弛緩していた脚の付け根がキューっと音を立てて縮こまった。このみちゃんの秘密がまた一つ暴露された瞬間だった。
マジックミラーというのだろうか。刑事ドラマの取調室によく出てくるアレ。こっちからは窓になっていてよく見えるが、向こう側の取調室からは鏡に見えるヤツ。「奥さん、あの男に間違いないですね。向こうからはこちらが見えませんから安心してください」と刑事に促される、あの窓だ。
このみちゃんのベッドがすぐ2メートル先に見える。真正面にはシャガールの絵。床に散らばったシルクのショーツたちは手を伸ばせば掴めそうなほど鮮明だ。
ちょうど今、このみちゃんが「今日はこれにしよう」と言っていたショーツを下ろし、替わりに私が選んだのと色違いのものを脚に通しているところだった。色素の沈着した大人っぽい性器がピンク色のシルクをまとう。面積の狭いフロントからヘアがちょろっとはみ出ている。その上にショートパンツを穿こうと腰を曲げた瞬間、紐が大陰唇に喰い込んでしまったのが見える。「うぐっ」という喘ぎが聞こえるほど壁が薄い。
「このみちゃん、そっちからはこっち、見えないでしょ?」
カーテンを左右に全開にして、大きく手を振ってみる。
「見えないから、サキちゃん安心して」
向かい合った彼女とは視線がずれている。明らかに向こうからは見えてない。しかしこちらからは、万事がよく見えるし、よく聞こえる。これじゃあ透明頭巾をかぶり同じ部屋にいるようなものだ。
焦れた阿久津先輩から電話があったらしい。「今行く!」と言ってスマホをベッドの放り投げたこのみちゃんは、ショートパンツのジッパーを上げながら部屋から走り出て行った。
ほっと溜息をつく。
一歩下がりかけて、踵が何か大きくてずっしり重いものにぶつかった。振り向くと、真後ろに大型で真っ赤なビーズソファーが置かれていた。人の体型に合わせ形が変わり、座り心地がいいと評判のソファー。オルガズムの余韻で躰がだるく、脚がふらふらしていた私は迷うことなくそこに腰を沈めた。クッションの中の無数の細かいビーズが私のお尻の形に広がり、大らかに受け入れてくれる。
ショーツからはみ出たヌルヌルのワレメがソファーにくっつく。このみちゃんの唾液だけじゃない。私のワレメから湧きだした粘液が性器と鼠径部と太ももにねっちゃりとついていたのだった。
下半身ほとんど裸の状態で友達の部屋のソファに腰を下ろすのは悪いかと思ったが、良心に逆らわざるを得ないほど今の私は脱力感を感じているのだ。紐化したパンツがまた大陰唇に食い込んで来た。食い込みが反復され最も違和感を感じるのが肛門だ。お尻の穴の皮膚が剥けているかもしれない。でもそれを直す気力はもう残っていない。
心地よい眠気が麻薬のように忍び込んで来る。
「ジュンくん……」
目をつむり彼を呼ぶ。すると私の裸が彼に包まれたがっているのを感じる。ふやけた脳がジュンくんを慕っている。彼に抱かれたがっている。このみちゃんに舐められたところに彼を迎えたがっている。彼にオルガズムが与えられたがっている。
しかし、彼は遠ざかって行く。私は、待って、待って、と手を伸ばす。そしてなぜか腰をしゃくりあげる。ここにあなたが欲しい。───そんないやらしいことを念じている私。ショーツのフロントを引っ張り上げわざと深く食い込ませる。
「んんっ……」
このみちゃんに与えられた快感の残り火がジュッと弾け散った。深いため息とともに意識がだんだん混濁してゆく。眠気に耐えられなくなり私はズボズボと闇の沼に沈んでいくのだった。
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