第7話 はだかで放置されて


「制服、上と下みんな脱いでね?」

「み、みんな……ですか?」


 フミカの声の冷たさには反抗できない鋭さがある。「ね?」なんて語尾を上げられるから表面上は同意を求められているようにも思えるが、声質と目つきには跳ねのけることのできないがあり、実質は強制だ。氷のような命令。


 逆らってもいいことなさそうだから、しぶしぶ赤いスカーフをほどきセーラー服を脱ぐ。


「キャミも取りなさい」

「は、はい……」


 キャミソールを頭から抜いて、乱れた髪の毛をなおす。腰のホックを外しスカートを下ろす。その過程をフミカは腕組みをしじーっと見下ろしている。


「じゃ、ここに仰向けになって」


 冷たく語尾を下げ、ベッドの布団をポンポンと叩くフミカ。腕で胸を隠ししぶしぶ横になる。


 一時限目の始業のベルが鳴る。あーあ、とうとう今日は完璧な遅刻か……。


「これ、しといたほうがいいと思うから……」


 アイマスクを掛けられた。


「え? こ、これって……」

 

 それを触ろうとした手がすかさず捕らえられ、手首に何かが巻かれる。血圧でも図るのだろうかと暢気に構えていたら、二本とも縛られ頭上に吊り上げられた。手ぬぐいのようなものだろう。引っぱるとキコキコと鉄のベッドががきしむ音。柵に結びつけられたようだ。


「あ、先生、これ、なんでですか?」


 不安で声が震える。目隠しされている上に腕で胸が隠せないから余計不安が募る。


「だって、腰が痛いんでしょ?」

「あ、ええ……」


 そっか。きっとこれは、腰を治療するためなんだ。おっちょこちょいの私はそれで理解した気になった。


 両足首も縛られた。同様に下の柵に結ばれる。左右のくるぶしの間が30センチ以上はありそうだ。


 きっとこれも治療のため。私は上と下から引っ張られて腰を伸ばされる裸の自分の姿を想像した。おかしくてちょっとだけ吹き出してしまった。保健室の先生が私に危害を加えるわけがない。治療よ、治療。安心しなさい、サキ……。


 自分を納得させようとするが、状況はどんどん予想とは違う方向へ進んでゆくばかり。


 養護教諭の手で髪の毛をかき上げられた。爪で頭皮を搔かれゾクゾクする。両手でうなじをくすぐられ、肩を撫でられる。その時ブラの肩ひもが落とされた。ブラとショーツの間の露出した肌の上を彼女の手が這い回る。何か大切な忘れ物を探すかのように。


「私、ちょっと出てくるから」


 片方の胸のふくらみに手を乗せて、フミカが耳元でささやいた。


「え?」

「このままおとなしくしてなさい」

「え、ちょっと……、先生……」


 囲いの白いカーテンも開けたまま、そしておそらく保健室のドアも明けたまま、フミカは出て行った。スリッパの音がどんどん遠ざかって行く。


 静寂。


 半開きになった窓から、スズメのさえずりが聞こえる。上空に飛行機が飛んでいるのだろうか。天空に反響するブーンという音が次第に遠ざかって行く。


「どうしよう……」


 ストッキングなど穿いてない。ブラとショーツのまま両手両足を縛られベッドに固定されている。目隠しもされている。自分の置かれている状況が理解できなくて、心臓が不穏な鼓動を刻む。こめかみあたりが痛くなってくる。


 しばらくすると、廊下を駆ける足音が聞こえてきた。遅刻した生徒だろうか。開けっ放しの保健室の前を通り過ぎてゆく。「チクショウ!」と吐かれた捨て台詞は男子の声だ。思わず身をすくめた。でも、縛られているから身動きもできない。かろうじて横寝になれる程度。毛布もない。ここに男子生徒が入ってきたりなんかしたら……。


 ──どうか入って来ませんように。


 足音は遠ざかって行く。向こうの階段をパタパタと駆け上がる音が聞こえる。


 ──よかった。


 ほっと安堵のため息をついたのも束の間。生徒が駆け上がって行った階段の方向からパタパタと近づいてくる音がある。生徒の上履きではない。スリッパだ。ゴム底の暑いやつ。足音と同時に中年男性のかすれた話し声が近づいてくる。


 校長と教頭だろう。去年休学していた生徒がどうのこうのと話している。そのまま通り過ぎていくことをひたすら祈る。近づく足音に緊張が極まり内蔵が縮みあがった。皮膚がピリピリと痺れて来る。危機に備え血管が収縮しているのだろう。


 よかった……。二人の足音が遠ざかるにつれ緊張がほぐれてくる。


 のどが乾燥して気管支の粘膜がくっつきそうだった。水が飲みたい。フミカが帰ってきたらまず水を飲ませてもらおう。


 腕を引っ張って見る。脚をよじって見る。ベッドがきしむのみで、手ぬぐいのような布はしっかり縛られていてほどけそうもない。どうしよう。このままフミカが帰って来なかったら……。


「だ、だれか……」


 助けを求めようと声を出しかかって、あわてて口をつぐんだ。男の教員や男子生徒が入って来られるのはゼッタイいやだ。16歳の裸が、処女の清らかな裸がさらされることになる。


 校舎の開かれた窓からだろう。生徒たちのどっと笑う声が漏れ聞こえてくる。運動場からは断続的なホイッスルの音が聞こえてくる。平和な学びの場の一角の地獄。ここ保健室だけが、悪魔的な緊張に支配されている。なぜ私ひとりがこんな目に合っているのだろう。


 再度上履きの足音。


 着実にこちらに近づいてくる。不穏な決意を込めた着実な足音の接近がプレッシャーを与える。緊張が募ってこめかみが痛くなる。何かとんでもないことが起きそうな予感が胸を冷やす。


 ──大丈夫よ。安心しなさい、サキ。これもきっと通り過ぎるはずよ。


 だって、かわいくて気立てがよく誰にも愛されている美浜咲にそんな不幸ななど起こるはずがないのだから。だが──、


 足音が保健室の前でピタリと止まった。


「え……?」


 開け放たれた保健室の入り口の前で。ふーっと大きく息を吐く音さえ聞こえる。


 ゴクリと唾をのむ。緊張で「ぐぐ」っと変な声が漏れる。


 ウソ……。入って来た。


 ドアを閉める音。運動場からの聞こえていた歓声が遮断される。デスク前のチェアーに上着をかけるかすかな音。


 足音がこちらにゆっくり近づいてくる。床を擦るような焦らすような足音は、ベッドの上に何があるかをすでに承知している足音だった。


 ベッドのすぐ脇で止まる。心臓が凍り付く。ごくりと唾をのむ。


 静寂。


 極度の緊張が固体化して喉に詰まっている感じ。


 視線を感じる。目隠しされているのに、舌なめずりしているオオカミの視線はありありと感じる。それは私の胸をねろねろめるように徘徊している。


「だ、だれ?」

 

 ゴクリと唾をのむ音が自分のものなのか相手のものなのか区別ができない。


「……」


 返事がない。だが、なんとなく重々しい呼吸音から、それが男ではないかと想像がつく。緊張で乳首が縮みあがる。脚をしっかり閉じたいのに、縛られていてどうしても股間に空間ができる。

 

 視線がやがて下へ下へと降りてゆく。何で見えもしない視線をこんなにありありと感じるのだろう。目隠しされると、人間の感覚というものは研ぎ澄まされてくるもののようだ。


 スッ、スッ、スッと床を擦るような足音が三回。足の方へと降りてゆく。


 さっきより明らかに荒くなった呼吸が足元から聞こえる。股間をのぞき込まれているに違いない。閉じたいが閉じられない。


 何度も足を通され生地がよれよれになっている布は亀裂に食い込みやすい。現にピッタリ食い込んでいるのを感じている。羞恥心で脚をよじると食い込みがさらに度を増す。ワレメの形が浮き上がっているかも。毛がはみ出ているかも……。顔が羞恥心で熱くなる。


「だ、だれ……?」


 もう一度訊いてみるが、答えの代わりに返ってきたものはどっと重みさえも感じる鼻息だった。怪物のため息のような空気の塊が太腿を撫で、股間をなぶり、お臍を通過し、ブラで覆われた胸をかすめる。


「うう……」


 羞恥心から声が漏れる。間違いない。男子だ。ざわーっと鳥肌に覆われる。


 屈辱に泣き声が漏れそうだ。どうしよう……。


「見ないで……。お願い。出て行って……」


 体をよじって横寝になった。これで侵入者の視線を少しは阻めるだろうか。今できる唯一の防御がこれだ。ところが……、


「ひっ!」


 うかつだった。浮き上がった背中でブラのホックが外されたのだ。とても慣れた手つきで。ブラを剥がすのに慣れている手。その手で私は犯されるのだろうか。


 さわっと肩がなでられた。そこにはすでにブラの肩ひもはなかった。


 肩甲骨に手をかけられ仰向けにされる。と、ブラが剥がされた。それは一枚の布切れとなり喉のあたりにある。


「ひいっ!」


 躰を隠したくて腕を引こうとしたが、縛られていてできない。ギークギークとベッドの軋む音が大きくなる。恐怖で乳首が縮みあがってヒリヒリする。


「み、見ないで。お願いです。出て行って……」

 

 悲鳴なんて上げられない。助っ人なんかに入って来られたら、状況は私が望まない方向に発展するだろうから。


 見られている。胸のふくらみも、極度の緊張で乳首がへこんでしまった乳房も。


「ひっ……」


 左右の乳房が生暖かいものに覆われた。三、四回ゆっくり揉まれ、親指で下乳をすくわれ、乳首までも撫でてゆく。恐怖に鳥肌が立つ。


「いやっ!」


 屈辱に貫かれた躰がピンと跳ねあがる。手を引っ張っても、足で暴れてもベッドがきしむのみ。不利な状況は変わりもしない。


 左乳が広い手のひらにぷにゅぷにゅと揉まれる。軽くつかまれて時計回りに大きく回される。そして乳肉の中に何かを探し求めるように指がゆっくりゆっくり沈んで来る。


「イヤです! やめてください、お願いだから。イヤ、イヤ、イヤ!」


 私は躰を捩って半泣きで訴えかけるが、相手には伝わらない。「ふっ」と笑われたような気がした。空耳だろうか。恐怖と屈辱で引きつる私を見て楽しんでいるのだろうか。


 右の乳首に指が当てがわれ、爪先ではじかれる。何度もはじかれる。振動が躰の中心をとおって子宮にまで下りて来る。膣がキュウッと縮みあがる音さえ聞こえそうだ。悪魔の吐息が躰を這う。


「やめて……。イヤ……。あ、痛い……、イヤ……、私を《けが》穢さないで……」


 ありったけの力でからだをよじって抵抗するが、しょせん女の力だ。かなうわけがない。声を低めて、ただひたすら容赦を求める。ひたすらに、ひたすらに、相手の良心に訴えかける。ベッドがきしむ。猛獣が閉じ込められた檻の鉄格子のようにギコギコ音を立てる。


 双乳がガシッと鷲づかみされた。指がUFOキャッチャーのように閉まってくる。雑巾のように乳肉が絞られる。


「痛い……、イヤ……」


 強姦魔は私の乳房がからだの一部だということをわかってないようだ。鷲掴みにされ、絞られ、揺すられ、私は痛みに耐えている。恐怖と緊張で躰じゅうが硬直しているからなおさら痛い。


 朝子姉さんのパソコンでAVなるものを見たことがある。女優のおっぱいは例外なく男の荒々しい手により揉みくちゃにされる。あんなに激しく揉まれて痛くないのだろうか。下半身を連続突きされ女優のおっぱいが激しくはねる。私なら痛くて悲鳴を上げてしまうと思う。


 朝子姉さんにおっぱいをいたずらされた時も痛かった。同じことをお姉さんにしてやったら、気持ちいいからもっと続けてと言われた。信じられなかった。ほかの女の子も胸を触られて気持ちいいのだろうか。


 そうか……、不感症……。


 桜坂の王子が私を見て不感症だと言った。普通の女の子に気持ちいいことが私には気持ち悪かったり痛かったりする。やっぱり不感症なんだ。そう言われてみれば生理始まるの遅かったし、生理不順もあるし……。女性ホルモンが欠乏しているのかも。


 胸にばかり気が行って気づかなかったのだが、いつのまにか膝がハの字に広げられていた。それが今や膝を折られ< >の形になっている。男にしてはなめらかな指先が膝の上をサワサワと這い回る。ゆっくりゆっくりとくすぐるように上がってくる。全身に鳥肌が立つ。


「イヤ、やめてください。もうすぐ先生が戻ってくるから……」


 返事のかわりに相手がしたことは「ふふっ」と短い呼気を漏らすことだった。


 両鼠径部に添えられた指に力が入る。左右に広げられる。ショーツの下、その中心で合わさっていたものがパクっと割れたのを感じた。


「はっ! イヤ! イヤ!」


 生理の時だけに意識するその部分が今割られ、空気に触れている。指の動きに従って開いたり閉じたりしている。


 力づくで脚を閉じようとするが、それ以上に強い力で押さえられる。そしてまた中心が割られる。広げられたり閉じられたりして弄ばれる。同時に、圧力のある視線でぐいぐい押される。視線がショーツを通り越し割れ目に侵入してきそうだ。おしっこがでるところも、膣の入口も(ひょっとしたらその奥まで)見られているかも。


「うう……、恥ずかしいから、やめて……、あっ! ダ、ダメ……」


 息が上がり、どっと汗が滲み出る。広げられたり閉じられたりしているのは外性器なのに、膣の奥の奥まで弄り回されているような気がする。襞の一枚一枚が広げられ撫でられているような気がする。


 指が鼠径部を離れた。開いていた小陰唇がまた元どおりくっついた。最悪の事態は免れたようだ。しかし、そう思ったのもつかの間。手がお臍の下、ショーツのウエストから侵入してきたのだった。


「ひっ! い、いや……」


 必死に躰をよじる。腰を振って指を払おうとするがうまくいかない。指はますます奥に滑り込んで来る。


 ギーコギーコ‥‥‥。ベッドがきしむ。


 ビーナスの丘を手のひらで包まれる。ヘアがジョリッと軋んだ音を上げたのには私自身が驚いた。あんなに薄いヘアがこんなはしたない音を立てるなんて……。私の恥丘はほかの女の子よりこんもりと盛り上がっている。そこをまさぐられ、手のひら全体で覆われる。その指先が谷間を探し徐々に食い込んで来る。1ミリ、2ミリ、3ミリ……。じわじわと女の中心に向かって降りてくる。(私は自慰もセックスも経験がないが、それが「女の中心」であることをなぜか知っていた。)羞恥心が最高潮に達する。いや、羞恥心というよりは恐怖心だ。


「お願い……。やめて……。お願いします……。私の大切な……、あっ!」


 二本の指が谷間に掛かる。そして再度割れ目が広げられる。たぶん親指と中指で。私自身もまだ指では触ったことのない部分。そこが……。そこが──めくられた。たぶん人差し指で。「めくられた」というのが正解なのか、「むかれた」というのが正解なのかよくわからない。いずれにせよ私の躰の未知の部分。その中心が露わにされ、空気にさらされたのだ。さらに指でツンツンされる。


「ひいっ! 痛い! イヤ! イヤ!」


 腰がはねた。「痛い」といえるかは微妙なところだ。ヒリッとみるような強い刺激だった。シャワーするときも慎重に洗う部分。そこを刺激したら気持ちいいのよ、と言われながらも決してできなかった部分。


 そこがさらに剥かれてゆく。皮が裏返しにされ、突起の根元までめくられる。指で何度も突かれる。


「んん! ううん……」


 擦られる。


「はううう……、うんん……」


 つままれる。そして、ぎゅうっとつぶされる。


「はあっ! ダメ! ううっ!」


 腰がピクピク動いてしまう。痛いのだか、沁みるのだか、それとも……快感なのか。今まで経験したことのない刺激が下腹部を一周し、その奥の方がグワンとたわんだ気がした。


 ギグッ、ギグッ、ゴギッ、ガガッ、ギグッ‥‥‥。鉄のきしみ? それとも、骨の軋み?


「ヘンな気持ちです……、やめて……、お願いします……」


 首を激しく左右に振り、声を低めて必死に懇願する。それでも指は容赦なかった。ツンツンツンツンと執拗についてくる。皮が元通り被せられたと思ったら、また乱暴に剥かれる。そして、裏返される。ヒリヒリ感とむずむず感が融合した、痛みとも痒みとも快感とも区別のつかない感覚が全身に散ってゆく。


「イヤ! たす……」


 悲鳴を上げようとしたら、口をふさがれた。


 ん? オンナ?


 相手の手から化粧水の匂いがしたのだ。明らかに女ものの香りだ。指も細い。そしてひんやりしている。


 女がどうして女の私を犯そうとするの? 頭の混乱が絶頂に達した。


 その時女の指に不穏な動きが感ぜられた。充血した突起から指が離れ徐々に股の中へ中へと降りて来るのだった。おしっこの出口がクリクリっと押される。そしてさらに下へ。その時、女の意図がわかった。膣口だ。女は指で私を決定的に犯そうとしているのだった。


「ひいぃー! んんむむー!」


 塞がれた口を解放しようとして激しく首を振る。しかし女の手は強い。どんなに首を振っても女の手のひらは口元にぴったりくっついて離れない。


 指が膣口に食い込んできた。イヤだ! 絶対にイヤだ! 


 処女膜が破られる! 


 ゴギッ、ゴギッ、ガガッ、ゴギッ、ギグッ‥‥‥。


 処女は私が好きな男の人に捧げるの! イヤだ! 処女膜をほじくらないで! 悲鳴を上げたくても上げられない、このもどかしさ。私は恐怖に凍り、失神寸前だった。


 膣の最初の襞がまくられる。次の襞がいじられる。そして次の襞も‥‥‥。


 イヤだ! やめて! お願い!


 キコッ、キコッ、ゴギッ、ギグッ‥‥‥。


 トンボに催眠術を掛けるように指を小さく回しながら侵入してくる。タイトな穴をだましだまし広げてくる。私は腰を捻って侵入を阻止しようとするが、相手の指は執拗だ。情けないことに膣が湿っている。潤滑液に濡れた膣が侵入を助けている。バカ! 膣のバカ! まんこのバカ!


 口を塞がれていた手で、唯一の酸素の吸入口である鼻さえも塞がれた。恐怖で全身鳥肌が立つ。


「むんーーーー! ふむんんーーーー!」


 く、く、苦しい。頭の奥から化学物質の臭いが降りて来る。死だ。死の臭いだ。殺されると思った。私は死を意識した。でも、死んでも処女は守る。死ぬなら処女で死にたい。

 

 手がショーツから抜かれた。


 失神直前のところで呼吸の経路が解放された。鼻と口から思いっきり酸素を吸い込む。痰が絡んでゲホゲホ咳き込んだ。それでも喉からヒューヒューと音がするくらい勢いよく呼吸をする。冷たくなっていた指の先が徐々に感覚を回復していった。死が私から離れていく。よかった。私は生きている。


 そのあと、二つの手のひらが私の全身を撫でて行った。特にお尻と性器まわりは、肌の健康状態を確かめるように撫でられたり、つかまれたり。柔らかさを確かめるように押されたり、つねられたり。ヘアの毛質を調べるように引っ張られたりよじられたり……。それはあたかも躰の隅々までスキャンするようでもあった。


「はっ! ぐっ! いやっ!」


 針で指すような痛みは、下の毛が抜かれているのだった。


「や、やめて! あひっ! うっ!」


 全部で10本くらい抜かれた。一体この強姦魔は何が目的で陰毛など抜くのだろうか。明確な目的があるのだろうか。カサカサっと薄いビニールが鳴った。採取されたのだ。私の陰毛がビニールに入れられている。


 もともと陰毛が薄いのに、10本も抜かれたらハゲになってしまう。イヤだ、そんなのゼッタイいやだ……。でも、もう抜かれてしまったものはどうしようもない。陰毛って抜かれたらまた生えてくるのだろうか。


「ふむむん……」


 くちびるに生暖かくて柔らかいものが落ちて来た。そして吸われた。


 え? キス? 


「かわいい……」


 女! やっぱり女だ。


 フミカではない女の甲高い声……。正体がばれないように装ったアニメ声。男子にはあんな声は出せない。


 だれ? このみちゃん? このみちゃんなの? いや、声質が違うような気もする……。


「ひゃっ! ダメ!」


 躰が重ねられた。全身が柔らかいものに覆われ、ベッドが激しくきしむ。正体不明の女の体温が直接肌に触れ内臓にまで伝播する。長い髪の毛が顔にかぶさって来る。


 このみちゃんはこんなに髪が長くない。


 相手も裸だった。それも一糸まとわぬ状態。乳房と乳房が重なり歪む。私のよりもふくよかで柔らかい乳房。剛毛が私の太腿を這う。足が縛られているおかげで、相手は私の股間に忍び込んでこれないのがせめてもの幸い。


 両手で後頭部を支えられ、唇を押しつけられる。舌であっけなく割られ、侵入してくる。歯で阻止する間もなかった。


「うぐ……、んん……、イヤ!」


 私は狂ったように首を振る。守らなきゃ……。自分の躰は自分で守らなくちゃ……。


 両手で顔を挟まれ、顔中舐められた。くちびるで吸われた。鼻の頭を甘噛みされた。耳の複雑な地形を隅々まで舌が這う。気持ち悪くて鳥肌が立った。舌がうなじを下りてくる間、半開きの口には指が三本突っ込まれていた。舌がつかまれそうになる。嫌だ。絶対につかまれたくない。私は必死に舌を動かす。舌がしょっぱい味を感じている。爪が長い。やっぱり女子だ。


 乳首を思いっきり吸われた。


「ひっ! 痛い!」


 ちぎれるかと思うくらい吸い上げられた。イヤだ。愛撫ってこんなに痛いものなのか。だとしたら私は絶対カレシなんて作らない。舌のヌルヌルした感触が気持ち悪い。吐き気さえ催す。


 どんなに吸われても揉まれても快感の花が開かない私に嫌気がさしたのだろうか、女の行為は徐々に緩慢になり、おざなりになり、無関心になり……。そして、とうとう離れていった。


 丁寧にも顔と身体に付着した唾液をウエットティッシュで拭いてくれた。何度も何度も丁寧に。一応、良心の片りんらしきもの持ち合わせているらしい。


 女は出て行った。シーンとした保健室で私は嗚咽した。吐きそうになるのを一生懸命我慢した。


 こんな時、女の子はお母さんの名を呼ぶのだろう。でも私には母はいない。母を呼ぶ気持ちもわからない。孤独なんだ。一人ぼっちでこの世を生きているんだ。氷のように冷たい寂寥感に胸の奥が冷えてゆく。体温も冷えてゆく。それを私はどうすることもできない。ただただ自分の心が冷たい感情に支配されていくのを第三者のように傍観するしかないのだった。


 廊下の向こうの方からパタパタと行儀の悪い足音が聞こえる。だんだん近づいてくる。あの音はフミカに違いない。それにしても正体不明の女が出て行くのとタイミングがぴったり合っているではないか。

 

 あまりにも合いすぎだ。


 目隠しされ仰向けになった状態で、乳房が露出した状態で、フミカに問いただした。なぜ、ベッドに縛り付けるのかと。なぜ、仕切りカーテンもドアも開けっ放しで出て行ったのかと。そして被害を訴えた。正体不明の女子に躰を触られ、ショーツに手を突っ込まれことを。そして、女の子の大切なところを……、大切なところを……。


 私は泣いた。アイマスクがびっしょりになるくらい泣いた。恥ずかしくて、そして、悔しくて。だって、初めて触らせてあげるのは、私が本当に好きになった男の人だって決めていたから。


 なぜか、ジュンくんの顔が浮かんできた。


「そんなに感情的にならないの。腰に響くわよ。いいじゃない、処女奪われたわけじゃないんでしょ?」


 吐き捨てるようにフミカは言う。見えなくてわからないけど、彼女は腕組みして私の躰の隅から隅まで視線を這わせているに違いない。


「でも、胸を触られました。それに一番恥ずかしいところを、女の子の、一番大切なところを……指で……」


 そして、訴えた。自分は穢されたのだと。これは立派なレイプなのだと。しかし目隠しされているから怒りと悲憤の焦点が定まらない。視覚的な軸が定まらないと声にも力が入らない。


「処女なんて後生大事にとっておくモンじゃないでしょ⁈」

「なっ……」

「もう、アンタ、高校生なのよ。自分のカラダは守るものじゃないのよ。楽しむものなの」


 カラダを楽しむ? 触られても快感のないカラダで何をどうやって楽しむっていうの?


「アンタ、ひょっとしてオナニーも知らないんじゃない?」

「オナ……なんて……」


 自分の性器に触るのも怖いのに、オナニーなんてできるはずがない。レディコミは好きだから、女の子が自分で慰めることがあることは知っている。でもそれはそういう体質の子が楽しむものだと思っている。そして私はそういう体質の女の子じゃないのだと。


「いいこと教えてあげる。腰が悪いオンナの共通点」

「……」

「100パーじゃないけど、大部分は不感症ね。つまり、おっぱい触られても気持ちよくなれないオンナ。クリトリス剥かれて喜ばないオンナ……」

「ひどい……。それって……」


 フミカがクククといやらしい笑い声を漏らしている。廊下でこっそり盗み聞きしていたにちがいない。私が股間をまさぐられて痛がっていたのを。いや、保健室の入口に寄りかかって堂々と観察していたのかもしれない。腕組みをして。シニカルな笑みを顔じゅうに広げて。


「さっきの女、フミカさんの回し者でしょ⁈ フミカさんが命じて私の裸をなぶらせたんでしょ⁈」


 涙で声がかすれた。それほど私は悔しい。そして、アイマスクを取ってほしいと訴えるが、まだダメとあっけなく却下される。


「だってさあ……、あなた、入会したんだよね?」

「はい?」

「セクシー下着愛好会」

「あ……」


 口がぽかんと開いてしまった。このみちゃんに誘われて入ると言ってしまったサークル。


「それ、私がスポンサーなの。数日前まで宮田このみが唯一のメンバーだった。でも今はあなたが入会してくれたおかげで倍に増えたわ」


 このみちゃんが言ってたスポンサーというのはフミカのことだったのか。彼女は、倍になったのよ、と繰り返して、キャハハハと甲高く笑った。


「倍……?」

「そう。一人が二人になった。だから倍でしょ?」


 暗澹たる気分になった。


「そ、それと私が今ここで裸で縛られているのとどういう関係が……」

「それがねえ……、大ありなのよ!」


 ベッドの脇にあった丸椅子を動かす音がした。フミカがそこに座ったことがわかる。


「イヤッ!」


 胸のふくらみを撫でられた。サワサワと指を這わせていたと思ったら、プニュプニュっと揉まれ、乳首の先を爪先ではじかれた。


「あなたにピッタリ合うセクシーランジェリーをつくってあげる。だから、採寸させていただいたの」

「サイズ取るならメジャー当てて取ればいいじゃないですか! 何も人を裸にして縛り付けなくても……」


 いや、こんな女にメジャー当てられることさえ屈辱的だ。


「私たちはね……」


 私たちは、と複数形でいった。


「メジャーなんか使わない。ボディーにはボディーを。フフフ……。オンナの躰は女の躰で採寸するのよ」

「え……」


 フミカが立ち上がった。パタパタと行儀の悪い足音がする。また出て行こうとしているのだろうか。


「腕のいい仕立て屋さんは顧客の身体に手を這わせるだけでいい服ができる。ランジェリーだってそう。長年製作に携わってきた職人は手と躰で直接女体を撫でたり揉んだりするだけでその人に合った素晴らしい製品をつくれるの」


 返す言葉がなかった。


 スチールデスクから何かを取り出す音がする。


「そんなパンツ、もう穿くのやめて。これからは私たちの作ったランジェリーを付けなさい。まあ、はじめのうちは試作品穿いてもらうことになるけど」

「試作品……?」

「サイズが合わなかったり縫製に難が合ったりするかもしれない。でも、あなたたちまだ高校生だし、カレシいないみたいだからいいわよね?」


 そして、どうせ処女なんだから、と吐き捨てるように言われた。


 ショーツのサイドが引っ張られた。シャキッ、シャキッとやいばの擦れる音が二度響いた。束縛感がゆるんだ。オムツを替えられるようにお尻の下から一枚の布が引っ張り出される。さっき皮を剥かれた所に風が通ってヒンヤリする。


 とうとう全裸にされたのだった。それも学校の一室で。いつだれが入って来てもおかしくない保健室で。それも教諭の手によって。


 足を捩って股間を隠す。だって、ヘア、薄いからワレメがはっきり見えてしまう。


「サキさん、本当にきれいよ。セクシーなランジェリーであなたを開花させてあげる。いえ、ランジェリーだけじゃないわ……」


 フミカの手で双乳が覆われた。指の間に乳首が挟まれる。やっと乳丘から芽を出したばかりの小さな乳首が。


「あなたの性感帯、眠っている……。せっかくいいもの持っているのに、眠らせておくのはもったいない。アンタの性感帯を全力で開発してあげるわ。だから……」


 乳首の先にサワッと何かが触れたとき、一瞬灯がともったような微熱を感じた。


「私たちに任せて」


 そう。フミカは再度「私たち」と言ったのだった。


 


 

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