第32話 疑い

 三学期の修了式が終わった。明日から春休みだ。


短いけど、私にとってはとても重要な期間となる。ジュンくんとの初エッチが控えているから。エヘッ!


私の膣がタイトであることを知っているお母さまとミツエさんは、一晩で完全挿入しようと焦るより、3日ぐらいかけるつもりで気長にやりなさいと言ってくれる。その方が、女体にも、そしてこれからの夫婦生活にも利は大きいそうだ。私がタイトな上に、ジュンくんのは特大。立ちはだかる壁は分厚い。


どうしても心配なら博士に特別な鍼を入れてもらいなさいと言われた。ミツエさんのアドバイスは外れたことがないから、早速翌日お宅にお伺いした。すると、合計10本くらい入れられた。恥骨の上部からお臍のあたりまで、つまり子宮の上。それと膣口の周り。見ていないからわからないけど多分おしっこの穴のあたり。仰向けで股を広げ、博士の前で恥ずかしい姿勢をとらされたけれど、ジュンくんのために我慢した。


 まだジュンくんに初物を捧げる前だ。なのに博士にも、ミツエさんにも、お母さまにも、愛理にも、このみちゃんにも恥ずかしい部分を広げたことになる。あのフミカにも見られている。誰にも見せたことのない秘密を高校に上がってからこれだけの人に見られている。秘密が秘密でなくなっちゃう。秘密のない女の子は魅力がない。私はこれから一体どうなっちゃうんだろうと憂鬱になることもないわけではない。でも、ものは考えようだ。「見られたということは守られているということ」。そう、みんな「牧村」の親族ではないか。そう考えよう。


「おじいさん先生」の所を辞して、午後──。


「もう、サキったら、おっぱいが大きくなってるし、ヒップもこんなに張ってきてる」


私を全裸にし、全身触りまくり揉みまくっているのは愛理だ。5月の目隠し抜き打ち測定のときよりも発育していると言うのだ。肌もますます滑らかになってきているらしい。


「もう‥‥‥、また測り直さなくちゃ‥‥‥」


 チェッと舌を鳴らし、めんどくさそな表情を作ってはいるが、本当は私の躰をいじり回したくてしょうがないのだ。


 17歳の躰は日に日に女性らしさを増してゆく。だって、これだけ触られ、揉まれ、鍼を刺され、性感マッサージ迄ほどこされたのだ。若い肉体が成長しないはずがないのだ。


「サイズの測り直しなら触るだけでいいんでしょ? どうして、ああん‥‥‥、あ、そこ、ダメ‥‥‥、ど、どうして揉んだり摘まんだり引っ掻いたりする必要があるの?」


私は愛理の部屋のベッドに仰向けにされている。下着まで剥がされ全裸になってしまった。博士のところを辞しその足で彼女を訪れたのだった。私とジュンくんの初エッチに自作ランジェリーを間に合わせようと彼女もちょっと焦りぎみだ。


「身体の弾力が素材を決めるのよ! サキみたいにしょっちゅう乳首オッ立ててる子には柔らかい素材が必要でしょ? 素人は黙って揉まれてなさい!」


「だからって‥‥‥、きゃっ!」


 左右の乳首がつねられ、快感微電流に躰がピンと跳ねる。


「フフフ‥‥‥、かわいい、サキ‥‥‥」


 愛理の悪魔的な微笑はとてもミステリアスだ。まつ毛の長さとか眉毛のかたちとか、ちょっと日本人離れしている。北方系の美しさだ。そういえばジュンくんにも私たちの田舎町にはちょっとあり得ない高貴さが滲み出ている。「牧村」にはユーラシアの血が混ざっているのかもしれない。


部屋の中央にはミシン。四隅に一体ずつ置かれたマネキンはカラフルなブラとショーツをまとっている。かわいいのにセクシーなの。シンプルに垢ぬけているものと南国の花が鮮やかなもの。すべて愛理の手作りだそうだ。壁から壁へと渡されたロープには何種類もの布地やらレースやらがぶら下がっている。机の上には数十枚に至ろうというデッサン。


 すごい、と思った。高校生なのにプロみたいだ。彼女が自分のお店をオープンさせたら、やはりメジャーを使わず、手で直接クライアントの躰を触るのだろうか。


 愛理はランジェリーも作れるし、エステティシャンとしてもジュンくんのお母さまに高く評価されている。勉強はあまりできないと聞いているが、学校のテストなんかでは測ることのできない才能が咲き誇っているではないか。


 ──私なんか足元にも及ばないな‥‥‥。


 ちょっと悲観的になった。


「あっ!」


ひょいと肩を持ち上げられ、腰を押されると、あっさりとうつ伏せにさせられた。私の小さい身体は愛理の片手でどうにでもコントロール自在な手軽さだ。マネキンになった気分だ。


 左右の尻たぶを両手で掴まれ揺すられた。


「ああ……、アイリ‥‥‥、そ、そんなに‥‥‥」


 振動がブルブルと膣にまで伝わってくる。お尻が震えると、ワレメも震える。その振動はもちろん子宮にも伝わり、ぞくぞくするような怪しい快感を運んでくる。左の丘を鷲掴みされると、膣口も左に歪み、右を揺すられると、ワレメが右に歪み、ピチュッと音を立てる。


 ──う‥‥‥、濡れてきたみたい‥‥‥。 イヤだ。濡れているところ、愛理には見られたくない。


「お尻の形って一人一人違うの。その人のお尻の形に合ったショーツって食い込まないのよ。私ね、サキにもそういうショーツ作ってあげたいの」


「ありがとう、アイリ。そんなに私のこと考えてくれていたなんて‥‥‥」


「初エッチの時は、めっちゃセクシーなベビードールね。ショーツはTバックにして。だから食い込むのは当然。でも、学校に着けていくのはしっかりしたブラとショーツを作ってあげるわ」


 彼女の友情と感謝の思いで胸が熱くなり、鼻の奥がグスッと音を立てかかった、その時だった。


「ぐえー! ど、どうしてそんなところー!」


つぶれたカエルのような声になってしまった。実際にはそんな声聞いたことないけど。お尻の穴に指を突きつけられたら、誰だってこんなだみ声で抗議するはずだ。


「お尻の谷の深さを観てるのよ。食い込まないショーツを作るためにはここが肝要なんだって!」


「だからって、そんなに突き刺さなくても‥‥‥」


強気に非難したものの、ほとんど泣き声になっていた。手を後ろに回し探るようにして彼女の指を払おうとしたら、


「うぎゃ!」


 余計に深く突き刺してきた。私は菊の門を力いっぱいすぼめる。


「ああっ、入っちゃう!」

「今度抵抗してごらんなさい! こんなもんじゃ済まないわよ!」

「はあっ! いや!」


 愛理が送って来るバイブレーションが後ろの穴だけでなく、前にもさざ波のように伝わって来る。それはもちろん子宮にも響いて来る。子宮が泡立っている。ねっとりしたものが垂れて来る。どうして? 突っ込まれているのはお尻なのに、どうして膣が疼いちゃうの? でも、正直言って‥‥‥き、きもちイイ!


「ワルイ子は、肛門ほじくって痔にしてやるから!」

「いや! いや!」


 本当は嫌じゃない。もっと続けてもらいたい。でも、人間の最も恥ずかしい所、排泄器官を犯されているという一点だけが嫌だった。


「ふえーん‥‥‥」


 ただの泣きまねのつもりだったのに、本当に涙がこぼれてきた。愛理の前ではもうプライドなんかあったものではない。乳首がつねられ、お尻をグニャグニャ音がしそうなほど揉まれ、肛門に指を突き立てられ‥‥‥。こんな私の姿をクラスメイトのだれが想像するだろうか。これが男の子にモテモテで、ミス湖南高校候補でもある私の真の姿だなんて。


 情けない。人間であることを放棄したような、女子の恥じらいと埃を踏みにじられたような気分だ。


「でも、サキのこと、私‥‥‥、羨ましいの‥‥‥、本当はね‥‥‥」


 突然声が柔らかくなる。な、なんだ? また、泣き落としか‥‥‥。あんなに怒気に溢れていた指が引いていく。私は躰を横にし彼女を振り返る。指は抜かれているのにまだ穴にはさまっているような違和感がある。


「おっぱいだってこんなに丸くて弾力あるし。アンダーヘアだって薄目でかわいい。ワレメだって赤ちゃんみたいなピンク。クリちゃんは感度抜群だし。‥‥‥悔しいな‥‥‥」


「ア、アイリ‥‥‥」


 学校ではいつもキラキラ輝いている彼女の裏側をのぞいてしまったような気がした。私だって彼女の積極的な性格や整った顔立ちやスレンダーな体型をが羨ましかったのに。やっぱり女子って外見はどんなに輝いていても心の隅に何かしらのコンプレックスを抱えているものなのだ。


「さあ、躰の測定はこれで終わり」


 愛理は持ち前の笑顔を輝かせて、私のお尻をパチンと一回だけ叩いた。


「私、サキがジュンの前で思いっきり輝けるランジェリー作るから。それが、私の使命だし責任だから!」


 使命と責任──。


 そう、愛理はジュンくんの「叔母」としての使命と責任を果たそうと一生懸命になっているのだ。ジュンくんの叔母に当たる人は愛理一人じゃないのになぜ彼女だけ昔の伝統にこだわってこんなに必死になるのか──。


 重要なのは伝統じゃない。


 愛理は好きなのだ。ジュンくんのことが‥‥‥。幼い時から‥‥‥。


 彼女がジュンくんの嫁探しに躍起になるのは、それにかこつけてジュンくんのそばにいたいから。ジュンくんの世話を焼きたいから。そして──、ジュンくんに躰を捧げたいから。


 「牧村」では、昔から叔母は甥の嫁の世話をしたという。嫁を世話するだけじゃなく、童貞に「性の手ほどき」もしたらしい。そのことは、ミツエさんからこっそり教えてもらった。「『牧村』の恥だから」と一旦は躊躇しながらも、「じゃ、『牧村』を理解していただくために、あなただけには」と、こっそり話してくださったのだった。『牧村』というよりは、娘の愛理を理解してほしかったのでは、と今になって思う。


 「牧村」の古くからの伝統の話は、ミツエさんは愛理にしたことがないと言った。きっと誰かが祭りの酒に酔ったときにでも口を滑らせたのだろう。だが、誰も彼女に強制はしたわけではない。彼女が自ら名乗り出たのだった。


「牧村」は男女の穢れを忌み嫌う。「牧村」の男を穢れから守るのは「叔母」の責任だ。「叔母」の責務は3つある。一つ目は「甥」の「嫁」探し。二つ目は「甥」を穢れから守ること。すなわち、よこしまな女を退け純潔を守るせること。三つ目は「甥」に性教育を施すこと。すなわち、自らの躰を使って愛の技術を教育することである。もし「叔母」が処女であるなら、「甥」との交わりを経ても「名誉処女」として「牧村」では尊ばれるし、「甥」も純潔を捨てたことにならない。


 ──とすると、ジュンくんはすでに愛理と?


 「叔母」である愛理と交わったとしても、「牧村」の尺度ではジュンくんは「童貞」のままで、愛理は「処女」であり続ける。世間的に見たら近親相姦という目も当てられないレッテルを貼られちゃうけど。


 一度疑いの芽が芽生えると、それまで何ら意味を持たなかった小さな記憶の断片が触角を伸ばしパズルのピースのように結びついて行く。客観的に見たら大きさも形も合ってないのに、角度と方向を変えたらピッタリ符合するんじゃないかという予感さえしてくる。


 そう。ジュンくんと愛理の噂は前からあったではないか。部活の後、待ち合わせて一緒に帰るのだとか、放課後の教室でキスしていたとか、水泳の授業のあと二人だけ逃亡して、午後の授業は出てこなかったとか。


 誰かの悪意ある作り話かもしれない。取るに足らない些細な記憶の断片を栄養分として吸い上げどんどん成長していく。苦い汁が胸の奥から湧いて来て、口の中を満たしてゆく。


 これが「嫉妬」というものか。愛理が「使命」とか「責任」とか言うと、確かに聞こえはいい。だが、それがとんでもないに思えてきた。だって、「叔母」と「甥」が合法的に肉体関係を結べる根拠となっているのだから。愛理自身も「伝統」の名により自分を誤魔化している。結局自分がジュンくんとセックスしたいだけじゃないか。


 訊くべきだろうか。それとも訊かずに済ますべきだろうか。──私には今どうしても愛理に訊き正したいことがある。


 ああ、知らなければよかった。こんな「牧村」の伝統のこと。知らなければ、ジュンくんの純潔を信じたまま初エッチができたのに。ジュンくんにとって私が唯一の女性であることが確信できたのに。


「アイリって、ジュンくんの『叔母さん』になるのよね?」


 ソファに向かい合ってハーブティーをすすっている時だった。彼女と目を合わさないようにしながら、さり気なく切り出す。


「そうよ」


 愛理は喉をゴクンと上下させて、ティーカップをおもむろにセンターテーブルに置いた。


「『叔母』は『甥』の『教育官』なの。お嫁さんを見つけてあげて、性教育までするのよ。それが『牧村』の伝統なの」


 愛理は私をまっすぐ見つめていた。眼圧が重すぎて私は直視できない。


「じゃ、ジュンくんにも‥‥‥、その‥‥‥、性教育を‥‥‥」

「そうよ」愛理は間髪を置かなかった。「ジュンがサキと満ち足りた性生活が贈れるように、私自身が教材になるの」


 言葉に淀みがない。


「教材って‥‥‥」


 疑問文で訊くのが怖かった。だから語尾を濁す。


「躰を捧げるってことよ。セックス体験もさせて、性欲の解消もしてやるってこと」


 いよいよ核心を突かなければならない。愛理はジュンくんとヤったのだろうか。ヤったとしたら、私はその事実を受け入れることができるだろうか。今までどおりジュンくんを愛し続けられるだろうか。


 愛理の目が見れない。でも、ゴクリと唾を飲みこんで、踏み込む。


「アイリの気に障ったらゴメン。でもどうしても知りたくて‥‥‥。ジュンくんと‥‥‥、つまり教育官として‥‥‥、そういうことが‥‥‥実際にあったのかって‥‥‥」


「なかったの」


 愛理はあっさりといった。


「え?」


 あまりにもあっさりしすぎていて、調子が狂った。


「だから、のよ」


 愛理はきっぱりと言った。


「なかっ‥‥‥、た‥‥‥」


 肺の中に渦を巻いていた毒素が一気に口と鼻から噴き出た。


 なかったのだ。ジュンくんと愛理にはそういう関係がなかったのだ。


 こわばって冷たくなっていた頬に血が巡りだした。みるみる紅潮していくのがわかる。ジュンくんは純潔。私はジュンくんの唯一のオンナ。


「なかったの! そう。なかったのよ!」


 目を上げると、愛理の頬を大粒の涙が伝っていた。サクランボのようにぷっくりしたくちびるがわなわなと震えだした。そして、決壊した。


「『叔母』なんだから、ジュンと恋愛できるわけないじゃん! でも、好きだった! ジュンのことが! 足りない頭を絞って一生懸命考えた結果が、『叔母』役を買って出ることだった。そうしたら、彼に抱いてもらえるじゃん!」


『教材』としてでもいい。つき合うことも結婚することもできないなら、せめて抱いてもらいたかったと愛理は言った。


 中2の時からだという。自分がジュンくんの「叔母」だってことをアピールしだしたのが。これぞと思う友達を彼に紹介した。ジュンくんは学校でも人気があったから、紹介を望む女子は後を絶たなかった。そんな女子を愛理は次から次へと彼の紹介したのだった。


 しかし、ジュンくんのお眼鏡に叶う女子はいなかった。さらに彼は、愛理が「叔母」役であることを知りながら、「教育官」としての義務を強要することもなかったという。


 ──小6の時、牧ノ頭(まきのこべ)神社で出会った女の子のことが忘れられないんだ。その子を見つけて来てほしい。


 とある日彼に言われたらしい。私の名前も知らされずに。


 しかし愛理の目的はジュンくんの初恋の女の子を見つけることではなかった。自分が彼のそばにいたいがために「叔母」役を買って出たのではなかったか。だから、私を探すなんていう、身の破滅を招来する努力をしなかったのは当然のことだ。だから、私の名前と出身小学校を知りながら、それを愛理に教えなかったのは、彼女にとってはよかったのだ。私を見つけられない言い訳になったから。


「ジュンの心はね、小6の時から決まってたんだね。くやしいけど。サキだったんだよ。サキ以外の女の子は彼の頭にはなかったんだよ」


 そして、あなたたちは童貞と処女だよ、と言った。初めてどうしなんだよ、と微笑んでくれた。目が潤み、頬がピクピク痙攣していて、それは真正面から見るに堪えない表情だったけど、微笑だった。愛理が私のために一生懸命作ってくれる微笑だった。


 泣き虫の私は、ティーカップを両手で包んだまま、泣いていた。震えるカップからハーブティーが数滴こぼれ、脚を濡らした。それでも私は木偶でくの坊のようにその姿勢を維持し、幼子のように泣きじゃくっている。端から見たらなんてみっともない泣き方なんだろうと思う。


 いいんだ。私はバカなんだからバカな泣き方しかできないんだ。愛理もこんなバカな私の惨めな泣き方をしっかり心に焼きつけてくれればいいと思う。


 そして心の中で「アイリ、ごめんね」と何度も謝った。


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