第36話

 朝からひと悶着ありながら、なんとか事の経緯を説明し、無事に釈放される。


「ごめんね悠斗くん。わたしが寝ぼけてたばかりに…」


 字見さんが申し訳なさそうに頭を下げる。

 いやいや、あの包容力はむしろ安眠できてご褒美でした。逆に感謝の言葉を述べたいくらいだ。


「誤解が解けたならいいよ」


 なんて言いながらも、俺の心は安眠に感謝。

 ありがとう字見さん、ありがとうお抱き枕。もっと寝ぼけていいぞ。


「あたしも悪かったよ。ごめん」


 愛羅さんも頭をポリポリと掻き、申し訳なさそうにしている。


「誰だってあの現場を見たら、仕方ないと思うよ」


 俺がフォローを入れる。

 2人とも悪気があったわけじゃないし、まぁしょうがない…と自分に言い聞かせる。


「それにしても、ぐるぐる巻きはなくない?」


「だって、手当たり次第に襲ってくる可能性あるじゃん」


「そんな男に見えるか俺が?」


 俺の言葉に2人して俺を見る。


「見えないかも」


「だろ!」


「悠斗くんはガッツリじゃなくて、むっつりなので直接は手を出さないと思う」


 …え、俺ってもしかしてヘタレだと思われてる?

 いや、それより俺って変態として認識されてる?


「女性に手を出さない、ある意味安心できる存在だな」


 自虐をまぜて軽く突っ込む。

 まあ、安全(へたれ)な男として見られるのも悪くはない、よな…?


「それはそれで情けなくならないの?」


 愛羅さんの言葉がチクりと俺の心を刺激する。そうだよ、俺は安心と信頼の優男やさおだ。

 これが俺の青春スタイルだ。イケイケ陽キャだけが青春の答えじゃない!そう自分に言い聞かせて、なんとか平常心を保つ。


 しばらく朝食を楽しんでから、俺たちは海里さんと合流して、旅館を後にすることになった。


「お世話になりました!」


 旅館のスタッフにお礼を伝えて、俺は車に乗り込む。

 すると、海里さんがふと話しかけてきた。


「このあとお前たちは町で遊んでから帰るんだよな?」


「はい、帰りの際は連絡しますので。帰りも運転お願いしちゃってすみません」


「いいよ、わたしもその辺ぶらつくから。それより…どうだった?」


 ルームミラー越しに顔が見える。嫌な予感しかしない。

 海里さんがニヤついているときは、絶対何か企んでいる。


「わたしってさ、S側は経験あるんだけど、M側はなくて、どんな感じか知りたいんだよね」


「それは誤解です。忘れてください」


「えー、恥ずかしがらなくていいって。人の趣味嗜好はそれぞれだから」


「そんなことより運転に集中してください」


「わたしはね、学生のころ仲良かった友達の女の子と保健室でね」


「いいです!詳細なんて言わなくていいですから!!」


 休む暇がないな…と思いながらも、あっという間に街中へ到着。

 車から降りると、朝からすでに疲れがたまっていた。観光どころではない気がする。


「じゃあ、楽しんできなよ。なんかあったらすぐに連絡しろよ」


「ありがとね、海姉」


「あー、忘れるところだった。お前たちにいいものをやろう!」


「いいものってなんだ?」


「なんだろうね」


 俺と字見さんは首を傾げる。

 すると、海里さんが財布を取り出し、中から数枚のお札を出してきた。


「どうせお前ら、満足して遊べるお金ないだろ。特に愛羅は」


 そう言って、諭吉を数枚俺たちに差し出す。いや、マジで?


「いいんですか?」


「大人になったら、お金あっても遊ぶ余裕とかないからな。この諭吉たちもお前らに使ってもらえて嬉しかろう」


「ありがとうございます!」


 俺と字見さんは感謝の言葉を述べながら、諭吉を二枚ずつ受け取る。


「え、マジで!? 海姉、太っ腹すぎ!」


 その様子を見ていた愛羅さんが目を輝かせながら、すぐに手を伸ばす。

 海里さんは一枚だけ手に持ってポンっと彼女に差し出した。


「はい、お前の分」


「わーいありがと…」


「どうした?何か不満か?」


「なんでわたしだけ樋口一葉なの」


「だってお前、貰った分すぐ使い切るだろ。これは計画的にお金を使う練習だ」


「そんなー、わたしも諭吉がよかった!!」


 愛羅さんは小さな子供のように駄々をこねているが、海里さんはそれを無視してどこかへ行ってしまった。


 愛羅さんは悲しそうに樋口を見つめている。どうしようと思っていると俺のスマホが震える。

 確認してみると、「すぐに甘えてくると思うけど、絶対に愛羅に奢るなよ」という海里さんからのメッセージが届いていた。さすがだ。


 そんな愛羅さんを字見さんが心配そうに見つめ、近づこうとするが、さっきまでの悲しみはどこへやら。愛羅さんは急に明るい声で叫んだ。


「よーし! 悲しいことはすぐに忘れて、観光を楽しむぞー!!」


 切り替え早すぎじゃないか?


―――


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