第33話

「頼みたいことって?」


 聞き返すと、深呼吸をしてから字見さんは口を開いた。


「いつになるかは分からないけど、わたしにとってのビッグイベントを決行する予定なの」


「そうなのか、そのイベントを手伝えばいいんだな?」


 俺は何気なく返すが、何か重大なことを言っているような気がする。


「ううん、わたし1人でやる必要があるの。だから悠斗くんには『がんばれー』って応援してほしいの」


 内容を伏せてる感じがするし、聞くのも野暮か。


「俺が言っても安っぽく感じるかもしれないけど、ずっと字見さんの味方だし、応援するよ」


 なんか、こういう時の言葉ってどうにも軽く聞こえる気がして不安になるが、正直に言うしかない。


「ありがとう。悠斗くんの言葉はポカポカするね」


 字見さんが柔らかい微笑みを浮かべる。


 …それって温泉の効能じゃないのか?と思いながらも、どうやら俺の言葉はちゃんと彼女に届いたみたいだ。少し安心。


「結果はもちろん教えてくれるんだよな?」


「うん、絶対知ることになるよ」


 なんだか含みのある言い方だが、どういう意味なんだろう。

 とはいえ、楽しみな気持ちがじわじわと湧いてくる。


「楽しみだな。いい結果を聞けることを期待してるよ」


 そのあと、しっとりした雰囲気のまま、温泉の静寂の中でぼーっとしていると、不意に浴室の扉が開く音が響く。


「ただいまー、待たせたー?」


 愛羅さんが戻ってきた!突然の登場に、俺と字見さんは慌てて距離を取る。

 なんか、変なことをしているわけじゃないのに、こういうシチュエーションはやっぱり焦る。


「ごめんねー、うちの海姉が迷惑かけちゃって」


「ううん、大丈夫だよ。楽しかったし…」


 字見さんがやんわりとフォローする。

 愛羅さんも、少し申し訳なさそうに笑って、みんなで再び湯船に浸かることになった。


 その後、俺たちはゆっくりと温泉を堪能して、部屋に戻ることになった。

 ちょうど良い時間帯だったし、温泉を出たあとはやっぱり夕食だ。


 夕食は豪華な料理が並んでいて、俺は食べながら字見さんや愛羅さんと楽しく会話をしていた。

 温泉宿での夕食はやっぱり贅沢なもんだ。普段食べないような料理が次々と出てきて、ついつい箸が止まらない。


 しかし、そんな楽しい時間の中でも、俺の頭には一つの問題がずっと浮かんでいた。


 それは、どうやって寝るか問題。


 布団が3つ並んでいるのは、部屋に入ったときに確認していた。

 普通に考えれば、一つの布団に一人ずつ寝る…まあ、そうなるだろう。しかし、ここで問題になるのは「どこに寝るか」だ。


 できることならば、俺は端のほうで寝たい。絶対に、真ん中だけは避けたい。


 いやいや、俺だって性欲が完全に抜け落ちた人間なら、真ん中でも安心して寝られるだろう。

 だが、俺はこの通り、一般的な思春期真っ盛りの高校生。無理に決まってる。


 真ん中に挟まれて寝たら、脳は癒されるかもしれないが、身体的にはどう考えても疲労が抜けるどころか増すに決まってる。

 そんなことを考えて葛藤しているうちに、気づけば夕食も終わりかけていた。


「あんまり眠くはないけど、とりあえず寝る準備だけはしようか」


 愛羅さんが言い、字見さんも頷く。


「わたしは端っこのほうで寝たいかな」


 字見さんがそう言った瞬間、俺の選択肢は二択になる。頼む女子同士仲良く寝てくれ。


「あたしも端がいいかな。真ん中ってなんだか窮屈に感じるし」


 愛羅さんまで端を希望か…これって俺が真ん中確定じゃないか?


「おいおい、ちょっと待ってくれ。俺が真ん中でいいのか?」


 さすがに真ん中は遠慮したいという気持ちが抑えきれず、つい声に出してしまった。


「わたしは気にしないよ」


 字見さんは気にする様子もなく、自然体な返事をする。


「まあ、あたしも特に問題ないし、悠斗が真ん中でもいいんじゃない?」


 愛羅さんも軽く返してくる。


 …いや、俺は問題ありありだよ。と、心の中で叫びたくなる。

 真ん中に挟まれるなんて、普通の男子高校生が冷静にいられるわけないだろ!


 でも、どう考えても、今の流れで俺が真ん中以外になる方法は見つからない。


 仕方なく、俺は覚悟を決めて真ん中に寝ることにするしかないのか…


 真ん中に寝るのが確定的となった今、どうすれば落ち着いて眠れるのか。少しでもリラックスできる工夫が必要だ。

 …いや、そんなことよりも、まずは変に意識しすぎないことが一番大事かもしれない。


「大丈夫、ただ一緒に寝るだけだし、何もおかしなことなんて起きないだろう」


 自分にそう言い聞かせながら、気持ちを落ち着かせる努力を続ける。


―――


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