第13話

 俺たちは字見さんにバレないように数分時間をあけてから、教室を飛び出した。


「健司のやつ、少し前から字見さんに熱を上げてる感じがしたんだよ…」


 俺は愛羅さんに不安を漏らした。


「熱を上げてる、ねえ…それで冷静さを失ってるなら、ちょっと心配だよね」


 愛羅さんが小さく頷きながら答えた。


「最近、健司は字見さんに彼氏ができるんじゃないかって焦ってるみたいなんだ。だから、告白を急いだんだと思うけど…無理に押し付けるようなことをしてなければいいけど」


「うわー、それやらかしてる可能性高いね」


 愛羅さんは顔をしかめた。


「字見ちゃんの反応を見る限り、健司に対して特に好意があるわけじゃなさそうだし…」


「穏便に済めばいいけど」


 2人で話いるうちに俺たちは体育館の裏に到着した。


 周りを見回し、字見さんの姿を探すと、彼女が健司と対面しているのが見えた。

 健司は緊張した様子で、彼女の前に立っていた。


「字見ちゃん!俺と付き合ってください!」


 健司の声が、静かな空間に響いた。

 数秒の沈黙の後字見さんはゆっくりと口を開いた。


「ごめんなさい」


 その言葉に健司の肩がガクッと落ちた。


「理由を聞いてもいい?」


 健司が問いかけた。


「わたし…好きな人がいるから」


 字見さんのその言葉は、まるで鉄のように重く響いた。

 健司は驚きとショックを隠せない様子で、声を上げた。


「どうして?昨日あんなに楽しそうに話してたじゃん!」


 健司の言葉に、彼は思わず字見さんの肩を掴んだ。その力強さに字見さんの顔が歪んだ。


「健司くん、ちょっと痛い…」


「俺じゃあダメなのか!」


 健司はさらに強く字見さんの肩を掴み、彼女を引き寄せようとした。

 その姿に危機感を感じた俺は、即座に字見さんのところへ駆け寄った。


「健司、やめろ!字見さんが怖がってるから、一旦冷静になろう」


 俺が健司の手を字見さんの肩から引き離すと、彼は俺に驚いた顔を向けた。


「悠斗くん、どうしてここに?」


 字見さんが戸惑いながら俺を見つめる。


「つい心配で…」


 俺は苦笑しながら答えたが、健司は怒りを隠せない様子だった。


「悠斗、お前、字見と付き合うために協力してくれるんじゃないのか?」


 健司の目には怒りと混乱が浮かんでいた。俺はため息をつき、彼に向き直った。


「親友の頼みだし、健司が良い方向に進むならと思っていたけど、さすがにこれは見逃せないな」


 その言葉に、健司は一瞬言葉を失ったが、すぐにまた反論しようと口を開くと


「健司はもう少し女の子の気持ちというか、人の気持ちを考えられるようにならないと」


 愛羅さんが厳しい口調で健司を諭した。健司はその言葉に少しだけ動揺を見せる。


「健司、とりあえず謝ろうか」


 俺は彼に促すように言った。健司はしばらく俺と字見さんの顔を交互に見つめたが、やがて深いため息をついて、頭を下げた。


「悪い…熱くなりすぎた」


 健司がそう言うと、愛羅さんはすかさず字見さんと健司の間に割って入った。


「はい、謝ったらすぐに帰ってもらうよ!」


 愛羅さんの言葉に、健司は渋々とした表情で頷き、字見さんから離れた。


「字見ちゃん、怖かったよね」


 愛羅さんがそう言って、そっと字見さんを抱きしめた。

 字見さんは小さく頷き、愛羅さんの肩に顔を埋めた。


「こんなことになったのは俺のせいでもあるから…ごめん」


 俺が申し訳なさそうに謝ると、字見さんは顔を上げて、首を振った。


「ううん、大丈夫だよ。悠斗くん、健司くんを思ってやったことなんだよね。悪くないよ」


 その言葉に俺は少し救われた気がしたが、やはり健司の行動に対しての責任を感じずにはいられなかった。


「それにしても、健司、マジでやばかったな…」


 俺は思わずつぶやいた。


「ほんと、それな。あんな風に迫っちゃダメだよね、特に相手が嫌がってるのに」


 愛羅さんも同意し、俺たちは健司の背中を見送った。


 健司は振り返ることなく、一人で去っていった。

 その姿はいつもの健司とは違い、どこか寂しげだった。


「これから、どうする?」


 俺が尋ねると、愛羅さんは一瞬考えてから、にっこりと微笑んだ。


「まずは、字見ちゃんを元気にすることが先だよね!」


「そうだな」


「じゃあ、悠斗は今から3人で美味しいもの食べれる場所探して」


「雑だな」


 2人のやりとり見て、字見さんの顔に笑顔が戻る。

 俺が一生懸命に店を探している間、愛羅さんと字見さんは何やら楽しそうに会話をしていた。


「ねえ、字見ちゃん、好きな人がいるって言ってたけど」


 愛羅さんが冗談めかして聞いてみると、字見さんは顔を真っ赤にして首を横に振った。


「好きな人はもう、確定でいいのかな?」


「い、言えないよ、そんなの!」


「ちょー分かりやす!」


 態度といい反応の仕方といい、とても分かりやすい。


「ねえ、悠斗」


「どうした?」


「字見ちゃんが好きな人がいるって、言ったときどう思った?」


「なっ!悠斗くん、この話は無視していいよ」


「そうだな…正直に言うと、その人が羨ましいと思ったかな」


「だってよ字見ちゃん」


「だってよ、じゃないよ!!」


 頬はぷくっと膨れ、愛羅さんに抗議をするかのように声を上げる。


「それに、もし字見さんに彼氏できたら一緒にゲームできなくなって寂しいかな」


「大丈だよ!これからも一緒に遊べるから」


「それならよかった。これからもよろしく、字見さん」


「うん、こちらこそよろしくね!」


「さて、じゃあ美味しいものでも食べに行きますか!」


 愛羅さんが勢いよく話を締めくくり、店へと向かった。

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