第40話

「結局付き合うことになっちゃったな」


 海里さんと並んで歩きながら、俺は苦笑いを浮かべていた。


「まあ、そんなに嫌そうな顔しないでよ。話す相手がいないのは退屈だからさ」


 海里さんは笑いながら、肩を組む。


「それならしょうがないですね」


 軽く返しながら、俺たちは集合場所に向かって歩いた。

 周囲はだんだん夕暮れの色に染まり始めていて、店の明かりが灯り始める時間帯だ。


「ところで、今日は何してたの?」


 愛羅とのことは伏せよう。うっかりボロを出して怒られたくないし。


「字見さんと一緒に猫カフェに行ってました。一気に疲労が抜ける感じがして癒されました」


「へえ、字見ちゃんが猫と?あの子、動物好きそうだもんね。何だか想像できるな」


 海里さんは少し意外そうにしながらも、納得した様子だった。


「そういえば、途中で愛羅とあったぞ」


「どうでしたか?楽しんでましたか?」


「それなりに楽しんでたじゃないか」


「それはよかったです」


「あと、愛羅から聞いたんだけど。あいつに何かした」


 やべ、これは絶対バレてるな。

 奢ってもらったことを嬉しそうに、海里さんに話す愛羅の姿が容易に想像できる。


「怒ってます?」


 恐る恐る尋ねる。まさかとは思うけど、今から説教とか始まったりしないよな?


「いーや。買ってもらったのは事実だけど、それ以外は計画的に使ってたからな。たくさんいい子いい子してきたぞ」


 なんとかセーフだな。これで愛羅が散財しまくってたら確定で俺も怒られてた。


「それ、子ども扱いされて怒ってませんでしたか?」


 思わず聞いてしまったが、海里さんはさらりと答えた。


「大丈夫だ、あいつは今絶賛あまあま期に突入してるから」


 あまあま期…?一体何の話だ?愛羅がそんな時期に突入したなんて聞いたこともない。

 そもそも、いつもと変わらずギャルっぽいノリで、むしろ俺にちょっかいをかけてくるぐらいなんだけど。


「いつもと変わらないように見えましたけどね」


 率直な感想を伝えるが、海里さんは首を振った。


「もとはというとお前が原因だからな。疎遠だった時間を取り戻すかのように、今をあいつは楽しんでるんだよ」


 俺が原因…?その言葉に、何かが胸に刺さる。

 確かに、中学時代に俺たちは疎遠になっていた。それが今、少しずつ元に戻ってきているのかもしれない。


「疎遠になった原因を詳しく話を聞いてもいいか?」


 一瞬、ためらう。けれど、ここで誤魔化すのは違う気がする。愛羅とのこと、そして俺自身の過去を、今こそちゃんと話すべきかもしれない。

 海里さんの言葉が、そんな気持ちを後押しする。


「ただの俺の幼稚な気持ちが原因ですよ」


 そう、自分でもわかっている。

 俺が変わることを恐れていたせいで、愛羅と距離ができたんだ。


「愛羅って、中学から今のような明るくて、ギャルみたいな感じになったじゃないですか」


「それが嫌だったのか?」


「違います。愛羅が変わるのは自然なことだし、俺はそれを否定するつもりはありません。問題は…俺のほうだったんですよ」


 俺は自分の言葉を選びながら話し始めた。小学から中学に変わると、環境や友人関係が大きく変わる。

 愛羅もその流れに乗って、友達がどんどん増え、明るく、そして活発になっていった。けれど、俺はその変化についていけなかった。


「俺だけが、そのまま立ち止まっていたんです。変わることが怖くて、周りがどんどん先に進んでいくのを見ているしかなかった。愛羅にだって、どう接していいかわからなくなって、そしてお互い違うグループに属して気がつけば疎遠になっていました」


 話していると、当時のことがまざまざと蘇る。

 愛羅と一緒に遊んでいた日々が遠のき、代わりに不安や焦りが心に残っていったことを。


「まあ、昔からうじうじした性格だな、お前は」


 海里さんが軽く笑いながら言った。だけど、その言葉は俺にとってはありがたかった。

 海里さんなりに、重苦しい空気を和らげようとしてくれているんだろう。


「それは…そうかもしれないですね。でも、俺が一番変わらなきゃいけなかったのに、それができなかったんです」


 俺はため息をついた。変わらない自分が、周りから取り残される感覚。

 大人になる準備ができていないまま、時間だけが過ぎていく不安。それが中学時代の俺だった。


「じゃあ、なんでまた仲良くなったんだ?」


 海里さんの問いかけに、俺は少し考えてから答えた。


「変われない俺が、誰かの変われるきっかけになったからです。そして自分自身も少しずつ変われるようになって、愛羅ともまた時間を共にするようになり、今に至る感じです」


「へー、そうか」


 海里さんはそれ以上は何も言わず、俺たちは集合場所に着いた。


「2人とも遅いよ!」


 愛羅が大きな声で迎えてくれる。


「みんなで思い出の写真撮って、それからお土産買って帰ろうよ!」


 愛羅が提案し、字見さんも頷く。


「たった2日しかいなかったのに、なんだか寂しいね」


 字見さんがぽつりとつぶやく。


 そうだ、楽しい時間が終わるんだ。

 この2日間はあっという間だった。まるで夢の中にいたような気さえする。


「いい場所見つけたからそこで撮ろうよ!!」


 愛羅の提案でその場所へと向かう。


「俺が真ん中でいいのか?」


「だって一番背が高い人が端だとバランス悪いでしょ。じゃあはあたしはこっちで」


 俺が真ん中、右に愛羅、左に字見さんという配置で写真を撮ることになった。


「はーい、撮るよ!」


 海里さんがカメラを構え、シャッターを押す。


「みんな送っとくよ」


 海里さんがメッセージで写真を共有してくれる。


 撮った写真を3人で確認すると、しっかり綺麗に撮れていた。

 海と街並みが背景に映り込み、俺たちの笑顔が一枚の中に収まっている。


「3人ともいい笑顔だな。これだけで楽しかったのが伝わってくるよ」


 海里さんはそう言い、俺らのあたまわしゃわしゃと撫でまわす。


 その後、お土産を買う時間がやってきた。


「お土産ってなにがいいんだろうな」


 お菓子?それともストラップとか地域限定品?

 こういうのってセンスが試されるよな。


 何を買うか迷っていると、愛羅近づいてきた。


「ん?どうした」


「ちょっと付き合ってよ」


 そう言うと愛羅は、店から出て行ってしまった。


「おい、どこに行くんだよ」


 ついていくと、先ほど写真を撮った場所に戻ってきた。

 彼女は夕焼けをバックに、いつもの明るい姿とは違いに真剣な表情で俺を見つめていた。


「……」


「ここって、綺麗だな」


 呼ばれて来たのに何も喋らないので、俺から切り出す。


「そうだね…あのさあ…」


 彼女は何か覚悟を決めたのか、大きく深呼吸をする。


「大切な話があるの」


 愛羅の声はいつもより低く、緊張感が漂っていた。

 俺はその言葉に驚き、少し身構える。


「急にどうしたんだよ」


 愛羅は再び沈黙し、夕日が海に反射して輝く風景をじっと見つめていた。そして、ゆっくりと口を開く。


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