第39話

「部屋ごとに違うのか。こっちがネコのコーナーみたいだぞ」


 店内に入り、部屋の前の窓から覗くと可愛らしいネコたちがじゃれ合ったり、ゆったり過ごしていた。

 字見さんも、その様子をにやけ顔で見ていた。


「ネコちゃんいっぱいだね」


「ほら、そこの黒猫が字見さんのこと見てるぞ」


 一匹の黒猫が俺たちの存在に気づき、窓越しに見つめていた。


「え?ほんとだ…かわいい」


「この子チョコって名前みたいだよ」


「チョコちゃん…」


 字見さんは目を輝かせながらチョコを見つめ返している。


「遊んでほしんじゃないか?」


「そうかな、じゃあ早速触れ合ってみようかな」


 扉を開き中に入ると、一斉にネコたちの視線が集まる。


「わあ、ビックリさせちゃったかな」


 字見さんが小さな声で言う。

 人ならともかく、ネコに囲まれて感じるプレッシャーって新鮮だ。


「こうまじまじと見られると、なんだか観察してるみたいだな」


「ふふ、確かに。わたしたちが珍しい生き物に見えてるのかもね」


 でも、チョコだけは特別な視線で字見さんを見つめ続けていた。やっぱり何か感じるものがあるのかもしれない。

 ネコもこう、直感的に「この人は自分を好きだ」ってわかるのかもしれないな。チョコは、じわじわと字見さんの足元に近づいていく。


「ほら、やっぱりチョコが字見さんのところに来たぞ」


「ほんとだ…」


 字見さんは嬉しそうに小声で言う。


 チョコは、まるでじっと待っていたかのように字見さんの足元に丸くなって座った。

 これは、完全に彼女に懐いているというやつだな。人間で言えば、一目惚れってやつかもしれない。


「触ってもいいのかな…?」


 字見さんが恐る恐る手を伸ばす。その様子を見ていると、なんだか自分までドキドキしてくる。

 ネコって触れるのは簡単だけど、心を許してくれるかどうかっていうのは別問題だからな。急に態度が変わるからな。


 でも、チョコは何の抵抗もせず、むしろその手を待ちわびていたかのように、心地よさそうに目を細めている。


「うわ、すごい。字見さんにもう懐いてるじゃん」


 まるで字見さんのことを昔から知っているかのように、すんなりと彼女に懐いていた。

 俺の経験上、猫ってもっと気まぐれだと思ってたけど、このネコは特別なんだろうか。それとも、字見さんが特別なんだろうか。


 字見さんは手を伸ばしてチョコの顔周りを撫でると、気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らし始めた。

 その瞬間、字見さんの顔がぱぁっと明るくなって、思わず「かわいい…!」と小さく声を漏らしていた。


 なんだかほっこりする。俺も思わずその光景に見入ってしまう。


「ねえ、悠斗くんも写真撮ってよ」


 突然字見さんが俺にスマホを差し出してきた。


「え、俺が撮るのか?」


 少し戸惑いながらも、スマホを受け取る。

 普段、写真なんてあんまり撮らないけど、これはなんだか楽しそうだ。


 字見さんは、チョコと自分が可愛く見える角度を探しながら、何度も「にゃーん」と猫の気を引こうとしていた。

 それがなんとも微笑ましいというか、正直かわいすぎて笑いそうになった。


「にゃあーチョコ~こっち向いて~」と、彼女が甘い声で猫を呼ぶと、チョコはまるで反応しているかのようにちらっと字見さんのほうを見る。


 その瞬間を逃さずすかさず写真を撮る。


「どう?ちゃんと撮れてる?」


 字見さんがスマホを覗き込む。


「バッチリ撮れてるよ。チョコも字見さんもすごくいい感じだぞ」


 と言うと、彼女は頷いて「ありがとう、これ宝物にするね」と優しい目で言う。


 字見さんはチョコを見つめながら、もう一度「にゃーん」と甘えた声で呼んでみた。まるで猫に話しかける言葉を選ぶように、すごく優しい声だ。


 チョコも、それに応えるかのように軽く「にゃあ」と鳴き返す。


「おお、コミュニケーション取れてるじゃん!」


「うん、何だか仲良くなれたみたい」


 その後、字見さんはさらに猫の気を引こうと、何度も「にゃーん、にゃーん」と繰り返していた。

 その光景が微笑ましくて、自然と笑みが漏れる


「ねえ、そんなに笑わないでよ」


 彼女が拗ねたように言う。


「ごめんごめん。でもさ、字見さんが猫相手にそんなに真剣になるの面白くてさ」


「悠斗くんだって、猫と戯れたくないの?ほら、この子こんなに可愛いよ!」


 字見さんは、チョコを抱っこしながら俺に勧める。


 確かに、部屋の他の猫たちもかわいい。ふわふわの白猫とか、ちょっとツンとしてる茶トラとか、いろんな種類がいる。

 けど、俺はなんとなく字見さんとチョコのコンビを見てるほうが面白い。


「いや、俺は字見さんとチョコを見てるだけで十分楽しいわ」


「もう、悠斗くんも愛羅ちゃんみたいに、からかうようなこと言うよね」


 その後も猫たちと戯れて時間を過ごした。


「いつかまた来るからね。元気でね」


 動物カフェを出るとき、字見さんは名残惜しそうに何度も振り返っていた。


「チョコも他のネコも、字見さんと遊べて嬉しかったと思うぞ」


「そう思ってもらえたら嬉しいな」


「字見さんはこのあとどうするの?」


「そろそろ時間だし集合場所にいこっかな。悠斗くんは?」


「俺はもう少し、時間潰そうかな」


「じゃあ先に行ってるね」


 ―――


 さて、今度はどこにいこうかな…


「おっ何時間ぶりか?」


 まさか、と思い振り返るとそこには海里さんがいた。


「なんとなくそうなると思ってたよ」


「ん?何の話だ?」


 愛羅、字見さん、の順番なら次くるとしたら海里さんだよな。


「何でもないです」


「よかったらちょっと付き合ってよ」


「遠慮します」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る