第34話

 体力の限界を感じた俺と字見さんは、自然と寝ることにした。寝てしまえば、緊張なんてしない! そう信じて布団に潜り込んだ。

 ところが、そんな俺たちの行動に、愛羅さんがすかさず不満を漏らす。


「え、寝るの早くない? あと一時間は遊べるでしょ!」


 …遊ぶ体力なんて残ってないんだって。言いたいけど、口にする気力もない。

 字見さんも同じようで、布団に横たわる彼女を見て愛羅さんは首をかしげた。


「字見ちゃんは無理そう?」


 返事はない。見れば字見さんは既に、うつぶせになって静かに寝息を立てていた。


「……無理みたいだな」


 俺が代わりに返事をすると、愛羅さんは少しだけ拗ねた顔を見せた。


「じゃあ、悠斗付き合ってよ」


「どうしてもか?」


 思わず溜息が漏れる。


「どうしても」


 愛羅さんはにこっと笑いながら言う。

 うーん、この笑顔に逆らうのは難しいな。仕方なく、俺は重い腰を上げた。


「分かったよ。少しだけな」


「やった! じゃあ外に出て歩こ」


「歩くのかよ…」


 疲れ切った体に鞭を打ち、渋々愛羅さんについて行くことにする。

 温泉宿の外に出ると、夏の空気は思ったよりも冷たく、海風がさらさらと肌を撫でるように吹いてきた。


「どこまで歩くつもりだ?」


 疲れた体には正直、少しでも距離を短くしたい。


「満足するまで!」


 元気いっぱいの返答が返ってきた。

 やれやれ…でも、こんな風に誰かと一緒に歩くのも悪くはないな。


 しばらく歩き続けると、ふと前に広がる風景が目に入った。


「いい景色だな」


 思わず漏らしてしまう。


「うん、すごく綺麗」


 愛羅さんも俺の横で立ち止まり、遠くの海を眺めている。海面には月の光が静かに反射していた。

 その光景は、見とれるには十分すぎるほど美しかった。


「夏っていってもちょっと肌寒いね」


「海風が吹いてるからな」 


 こんな風に自然の景色を眺めていると、疲れも少し和らぐ気がする。こんなリラックスした時間、最近なかったな。

 …いや、ここに来てからは確かに楽しい時間を過ごしている。これが青春ってやつか。


「今日は楽しかったな」


「そうだね」


 愛羅さんは満足そうに頷く。


「なんか久しぶりに青春って感じがしたかも」


「俺もだよ。今日一日で、人生の中でもトップクラスに充実してた気がする」


「ふふ、そうでしょ? あたしがいれば、毎日が楽しくなるかもよ」


「そうかもな。でも、俺の体力じゃ愛羅さんのペースについていけそうにない」


「そこは、頑張ってよ! 青春は体力勝負なんだから」


「分かってる、頑張りますよ」


 思わず苦笑いが浮かんでしまう。


 少し沈黙が続いたあと、愛羅さんが突然話を切り出した。


「ねえ、悠斗って好きな人いるの?」


「…どうしたんだ?」


 不意打ちの質問に戸惑う。字見さんも気にしてたけど、みんな気になるものなのか?


「いや、ただ気になっただけ」 


 確かに、最近周りでもそんな話をよく聞く気がする。夏の開放感に後押しされて恋をする人も多いし、実際にカップルが誕生することも珍しくない。

 そして、その逆で冬解けと同じくらいに分かれるまでがセットだけど。


「うーん、俺にそんな経験があるわけじゃないけど、気になる人はいるかな」


「そうなんだ」


 愛羅さんが少し驚いたように言う。


「一緒にいたいと思う人のことを好きな人というならば、その人が好きな人かもしれない」


 自分でも、この言葉がどういう意味を持つのか、正直よく分からない。

 でも、今はそれでいいと思った。


「なるほどね。その人のこと、今は言えないってこと?」


「さすがにちょっと恥ずかしいかな」


 俺は苦笑しながら答える。


「へー、悠斗がそんな風に思うとは意外。てっきり恋愛に無関心かと思ってた」


「俺もそう思ってたよ。でも、なんだかんだで俺も青春を謳歌してるみたいだ」


「なーんだ、悠斗に恋人できないかもって心配してたけど、大丈夫そうだね」


 そう言いながら、愛羅さんは寂しそうに笑い、振り返って来た道を戻り始めた。


「もう帰るのか?」


「うん、ちょっと体が冷えてきちゃった」


「じゃあ、俺はもう少し涼んでから戻るよ」


「オッケー、無理しないでね」


 愛羅さんは軽く手を振って、部屋へ戻っていった。

 俺はその姿を見送り、再び静かな海を眺める。


 こんな風に一人で風景を眺めるのも悪くない。

 日常の忙しさや騒がしさから離れて、ただ海の音を聞いているだけで心が落ち着いていく。


 しばらく、涼んでから部屋に戻ると、既に愛羅さんは寝ていた。


「自分だけ気持ちよく寝やがって」


 愛羅さんの頬をツンツンと突くと、ぷにっと反発する。


「んん…」


 その刺激に声を漏らす。

 起こしちゃ悪いしそろそろ俺も寝るか。


 そーっと自分の布団に入る。

 寝れるかなあ、と心配をする。


 そのまま目をつむっていると、まぶたによって光が遮断されているのに、さらに影が出来たかのように暗くなる。

 なんだろう?目を開けて確かめてみると……


―――


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