第35話
影の正体を確かめるために、まぶたを持ち上げる。
「あれ、字見さんどうしたの?」
字見さんがボーっとしたまま、女の子座りをし寝ている俺を見下ろしていた。
「…………」
声をかけたのに、反応がない。
「おーい、何かあったのか?」
再び声をかけ、暗くて分かるように顔の前で手を振り、反応をうかがう。
「…………」
それでも反応がない。
様子がおかしいから、近づいてみると
「字見さん大丈、ちょ、うわ!」
急に抱き寄せられ、2人とも倒れこむ。
「ちょ、ちょっと待て!どういう状況だ、これ!」
急に抱きつかれたことで、頭がパニックになる。なんだ、何が起こった?字見さんが俺に?
いや、そんなことはないはずだ。冷静になれ…って無理だよな、こんな状況じゃ。
まずは落ち着こう、素数を数えれば冷静になるはずだ。
「えーっと、素数は……1、3、5……いや、違う!1は素数じゃないんだ!もう間違ったわ。くそ、この状況で冷静になるのは無理だ!」
心の中で自分にツッコミを入れながら、必死に考える。だって今、俺は字見さんにしっかりと抱きしめられてるんだぞ?
しかも、距離が近いしこの密着感による温もりと、柔らかさがじわじわと俺の体に伝わってきてやばい!このままだと心臓が爆発しそうだ!
「これって、もしかして……字見さん、俺にアレをしようとしてるのか?」
いやいや、そんなことはないだろう。隣には愛羅さんだっているし、こんな場所でそんな大胆なことが起きるわけが…
「まさか、夏の暑さでやられちゃったとか? いやいや、字見さんがそんなことで正気を失うわけ…いやありえるな」
俺と同じインドア派だからその可能性もある。
いや、最近の字見さんは自分を表現できるようになったからその影響か?
確かにちょっと積極的になってきたけど、それでもこんな急展開は予想外すぎる。
もしかして、俺も積極的にならないとダメなのか? このまま何かが起きるのかもしれない。
心の中でぐるぐると考えが巡る。いや、俺も男だし、多少の覚悟をしておくべきか…?
「……え?」
しかし何も起こらない。
え、なんで? っていうか、字見さんは相変わらず俺に抱きついたままだし、足でがっちりホールドされてるんだけど。
なんだこれ、どうすりゃいいんだ?
恐る恐る耳を澄ませると、字見さんから小さな寝息が聞こえてくる。
「…寝てる?」
少しずつ状況が飲み込めてきた。この状況、字見さんはただ寝ぼけているだけなんじゃないか?
もしかしてあれか、寝ぼけて俺を抱き枕代わりにしているとか?なんかそんな気がしてきた。
うん、これって寝ぼけてるな、間違いない。
字見さんは、寝るときに毛布を足で挟んで寝るタイプだったんだな。
「いや、そんなこと今どうでもいいだろ!」
この状況、どうにかしないといけないんじゃないか?でも、どうすりゃいいんだ。
頭をフル回転させて考えてみるが、どんな解決策も思い浮かばない。
むしろ、だんだん慣れてきてしまって、この程よい温かさと心地よい柔らかさが、俺の眠気を誘ってくる。
「ちょっと待て、このまま寝るわけには…」
次第に、まぶたが重くなってくる。字見さんの体温に包まれてると、抵抗する気力もなくなってきて、そのまま眠りに落ちていく。
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「なんで悠斗くんがわたしの布団の中に!?」
誰かの声が聞こえる。なにが起きてる?
「騒がしいなぁ…どうしたの? って、どういう状況だこれ!?」
「わたしも分からないよ! 気づいたらいたの!」
「変態が極まって、とうとう行動に移したか。」
うっすらと聞こえる会話に、俺の頭はまだぼんやりとしている。
しばらくすると、体に違和感を覚える。ふと目を開けると
「ん? なんか、体が動かないぞ?」
どうやら俺は、布団でぐるぐる巻きにされているみたいだ。
何がどうなってこうなったのかさっぱり分からないけど、これはかなりまずい状況じゃないか?
「あっ、悠斗くんが起きたよ!」
「え? な、なんだこれ!」
愛羅さんの足が目の前にあるし、字見さんもなんだか真っ赤になっている。
そして俺は、拘束された状態で、布団に包まれていた。
「やっと起きたか。まずは説明してもらおうかな?」
愛羅さんの声は冷たい。状況がまったく飲み込めてない俺は、とにかく言い訳を考えるしかない。
「ま、待ってくれ! これは誤解だ! 俺は何もしてないんだ!」
「最初はみんなそう言うんだよね。でも、わたしたちは見たんだからね。ここなっちの布団で、スヤスヤ寝ている変態の姿を」
愛羅さんの鋭い目が俺に向けられる。誤解を解こうと必死になって言い訳を繰り返すが、どうにも説得力がない。
ていうか、俺が自分で状況を理解してないんだから無理もないか。
「あーだこーだ言ってるけど、結局やったんでしょ?」
愛羅さんの冷たい視線が痛い。
字見さんは何も言わずにただ赤くなってるだけだし、これはどうにもならないのか?
「冷静になろ?この布団、旅館のものでしょ?粗末に扱っちゃダメだし、まずはそこから」
その瞬間、部屋の扉が開き誰かが入ってきた。
「おい、お前ら、うるさいぞ。廊下まで響いてたぞ…おおっと失礼、SMプレイの最中でしたか」
海里さんは、入るなりヤバめな発言を残す。
「どうぞ、お楽しみに~」
とニヤニヤした顔で部屋から去り、俺たちの空気間は凍る。
たしかに、はたから見たらすごい絵面だけど。
「ちょっと海姉!違うから!!」
こうして、俺は何もしてないのにヤバめの誤解を受けて、最悪なスタートダッシュを決める。
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