第10話

 昼休みになり、いつも通り売店で昼食を買っていると、健司が背後から近づきいきなり肩に腕を乗せてきた。


「なあ、悠斗、ちょっと頼みがあるんだけどさ…」


 頼みか…今度は何だよ?

 少し嫌な予感がしつつ、俺は問いかける。


「またなんか頼みかよ。その頼みって、なんだよ?」


 健司は周りを見回してから、声を潜めて言う。


「実はさ…字見に告白しようと思ってるんだ。でも、その前にちょっと協力してほしいんだよ」


 告白?しかも字見さんに?


「つい最近まで他の子を好きだって言ってなかったか?好きになってから告白を決意するまでが早すぎるだろ」


 健司の軽すぎる気持ちに、俺は少し冷めた気持ちになりつつ、話を聞き続ける。


「最近お前と字見、結構仲良さそうじゃんか。だからさ、好きなものとか趣味とか、なんか知ってることでいいから教えてくれないか?」


「いや、俺も最近、仲良くなったばかりだから、あんまり答えられないぞ」


 だが、健司はすぐに諦める気配はない。むしろ、真剣な顔でさらに迫ってくる。


「そこをなんとか頼むよ、悠斗!」


 おいおい、まさか土下座までするとは。

 周りの学生たちがこちらをちらちら見ているのがわかる。


「ちょ、ちょっと待て、土下座はやめろよ!お前、そこまで本気なのか?」


「この通りです!!」


 うわ、本気すぎるだろ…しょうがない、協力するか。

 俺は健司の必死な姿に気圧されて、ため息をつきながら了承した。


「わかったよ…」


 健司はホッとした顔で笑った。


「ありがとな、悠斗!お前の協力があれば、きっと俺の告白もうまくいく気がする!」


 おいおい、俺がどれだけ役に立つかわからないぞ…

 とりあえず、健司の真剣さに免じて、できる範囲で協力するか。


 ―――


 放課後、健司との約束もあり、俺は帰る前に字見さんと話すことにした。

 いつものように、彼女は窓際の席で静かに小説を読んでいる。


「字見さん、ちょっといいかな?」


「あ、悠斗くん。どうしたの?」


 何を聞けばいいんだ…とりあえず、健司のために「好きな人」のことを聞かなきゃな。

 少し緊張しながら俺は話を切り出した。


「字見さんって今、好きな人いる?」


 その瞬間、字見さんは驚いて、小説を机に落としてしまった。


「と、突然どうしたの!?」


「いや、青春真っ盛りの時期だしさ、恋バナとかしてみたいじゃん?」


 本当は健司のために聞いているんだけど、怪しまれないように、適当に誤魔化す。


 字見さんは少し考え込んでいる。


「悠斗くんには、言いづらい…かも」


 言いづらい…か。まあ、俺も仲良くなったばかりだし、仕方ないか。

 でも、なんか少しショックだな。


「たしかに、同性同士ならまだしも、男女の恋バナは話しづらいよな。わりぃ、そんじゃ俺、先に帰ってログインしとくわ」


 あんまりしつこく聞いても仕方ないし、これ以上はやめとこう。


 そう思って帰ろうとしたそのとき、字見さんが俺を引き留めた。


「ま、まって」


 ん?どうした?


「悠斗くんの…す、好きな人を教えてくれたら、好きとは違うけど気になる人のヒントくらい言ってもいいよ」


 字見さん、俺に好きな人がいるか気になるのか?でも、ここはチャンスだな。


「答えてもいいけど、俺のを聞いてもつまらないと思うぞ」


 冗談っぽく言ったが、彼女の反応は真剣だった。


「全然いいよ!むしろ気になるから。それで、好きな人いるの?」


 いや、そこまで期待されても困るんだが…どう答えようか。

 とりあえず、無難に答えておくか。


「そうだな、今のところは…いないかな」


 その瞬間、字見さんはほっとしたような表情を見せた。


 な、なんで安心してるんだ?

 俺に彼女とかできたら、ゲームの時間が減るからか?


「まあ、俺に彼女とかできたら、ゲームにログインする時間が減るもんな。ギルドマスターの字見さんからしたら安心するか」


 冗談混じりで言うと、字見さんは慌てて頷いた。


「そうそう、そういうこと!」


 …あれ、思ってた反応と違うな。


「いや、そこは彼女できるわけないだろってツッコむところだぞ」


「わたしは、そうは思わないよ」


 うーん、優しいなあ…字見さんって。


「それじゃあ、今度は字見さんの番だよ。気になる人のヒント、教えてくれるんだろ?」


「ヒントだけだよ」


 そりゃそうだよな。でも、少しでも教えてもらえれば、健司に話せる情報は増えるし。


「変わる前のわたしを…綺麗だと言ってくれた人かな」


 字見さんの交流関係に詳しいわけではないから、分からないな。


「うーん、誰だか分からんな」


「分かるように教えるわけないよ」


 そりゃそうだ。少し気になるけど、とりあえずこれで健司に報告できるな。


「まあ、教えてくれてありがとな」


 帰ろうとカバンを持ったそのとき――


「…なんで、気づかないの」


 え、今なんか言った?

 彼女の声が微かに聞こえた気がするけど…


「字見さん、なんか言った?」


「ううん、何も言ってないよ。それより先にログインしても、1人でクエストに行かないでね」


 あ、またそれか。まあ、そう言われると思ったよ。


「おう、そのときはちゃんと待ってるよ」

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