第9話 悠斗視点

 朝、いつも通り目覚ましがけたたましく鳴る。俺は布団に顔を埋め「あと5分…」と心の中で思いながらも、なんとか意識を覚醒させた。

 カーテン越しの光が、今日もやけに眩しい。昨日のゲームでのやりとりが頭をよぎる。そう、字見さんがついに髪を切ったって話だ。


「どんな感じになったんだろう…」


 自然と呟いてしまった。気になって仕方がない。普段なら寝ぼけたまま朝の支度を始める俺が、今日はスッとベッドから起き上がった。

 これは一種の奇跡だ。字見さんの新しい髪型を見るためなら、早起きだってできるんだと、自分に言い聞かせつつ支度を始めた。


「今日は早めに学校に行って、字見さんの変化を見逃すわけにはいかない!」


 朝食も手早く済ませて、急いで家を出た。普段の俺なら、朝の通学路をのんびり歩くタイプだが、今日は違う。

 なぜか足が自然と早まる。字見さんの髪型を早く見たいって気持ちが、俺を前へと進ませる。


 歩いているとスマホがブルッと振動した。ポケットから取り出すと、愛羅さんからの通話だった。


『ゆーと、はやく学校に来てよ』


『これでも急いでるつもり』


『字見ちゃん、ずっと玄関で待ってるみたいだよー!』


『もう来てるのか、いますぐ向かう』


『字見ちゃんにビックリしないでね』


『ビックリするってどういうこと?』


『言葉の通りだって!そんじゃバイバーイ』


 そう言ってぶつ切りされた。


「ビックリしないでね」って…そんなこと言われたら、余計に気になるだろ!!


 俺の足はさらに早まる。もう半ば走っている状態だ。っていうか、俺、何をそんなに焦ってるんだ?と少し冷静になりながらも、やっぱり気になって仕方がない。

 愛羅さんがビックリっするって言うからには、俺の想像を遥かに超えてるに違いない。


 学校に着いた俺は、息を整える間もなく玄関に向かった。まるで待ち合わせでもしているかのような気分だ。

 下駄箱のあたりに目をやると、そこには人影が…もしかして…。


「字見さん…?」


 その人影はゆっくりと振り返り、俺の方を向いた。


「ゆ、悠斗くん!おはよう!」


 彼女の声が耳に届いた瞬間、俺は思わず二度見した。いや、三度見したかもしれない。


「え、マジで!?」


 思わず口に出してしまった。だって、目の前にいるのは確かに字見さんなんだけど、見慣れた字見さんとはまるで違う雰囲気をまとっていた。

 あの長かった自分を隠すかのような髪が、スッキリとした首くらいまでの長さのボブになっていて、顔が一気に明るく見える。


「字見さん、めっちゃ可愛い…いや、めちゃくちゃ似合ってるよ!すごい、ホントに!」


「よかった、悠斗くんそう言ってくれて」


「前の髪型も可愛いと思ってたけど、今の髪型だとさらに魅力が増してる!マジで!まるでモデルさんみたいだよ!」


 俺は完全に興奮状態だった。とにかく言葉がじゃんじゃん出てくる。


「ボブのふわったした雰囲気と、短くなったことでスッキリした明るさが感じられる」

 ︙

「そして、表情がより見えるようになりこの爽やかさが、可愛らしさをプラスしている」

 ︙

「レベルアップどころか進化してるよ!!」


 字見さんはそんな俺を見て、ポッと頬を染める。

 恥ずかしかったのか、慌てて手で俺の口をふさいだ。


「嬉しいんだけど…恥ずかしいよ、悠斗くん…」


 その言葉で、俺はようやく周りが見えるようになった。

 玄関にはすでにたくさんの生徒がいて、みんなこっちをちらちらと見ている。


「やばい、俺、調子乗りすぎた…」


 俺は急に冷静になり、少し恥ずかしくなってしまった。周りの視線が痛い。


「ありがとう、悠斗くん。気持ちはちゃんと伝わったよ」


 字見さんは、少し苦笑しながら言った。


 俺が騒いでせいで視線があつまり、その視線は俺から次第に字見さんへと移る。


「え、誰?あの子…」


「見たことない顔だな…」


「転校生か?」


 周りからそんな囁き声が聞こえてきた。どうやらみんな、字見さんだと気づいていないらしい。

 普段の彼女とはまるで違うから、無理もない。


「さっき字見さんって言ってなかった?」


 1人の女性が首を傾げながら、そう呟いた。すると他の生徒たちも一気にザワザワし始める。


「本当だ!全然気がつかなかった…」


「え、うそ!あの子が字見さんなの?」


「めっちゃ可愛くなってるじゃん!」


 驚きの声が次々と上がる。みんな、目を見張るような表情を浮かべている。

 字見さんはいつも静かで、目立たない存在だったけど、今日の彼女は全くの別人のようだ。


「すごい変わったよね…」


「まるでアイドルみたい…」


 前回のイメチェンは、教室内だけの反応だけだったが、今回は全校生徒に見られている。

 その状況に耐えきれなくなったのか、字見さんは俺の手を掴む。


「はやく教室いこ!」


 俺はは字見さんの手を引かれるまま、玄関から急いで教室へと向かった。

 廊下を駆け抜ける間も、周りの生徒たちの視線が2人に集中しているのがわかる。


 教室に着くと、字見さんはほっとした様子で息を整えた。

 しかし、教室内も彼女の変貌に気づいたクラスメートたちでざわめいていた。


「おはよう、字見さん!」と一番に声をかけてきたのは健司だった。

 健司は、じっくりと字見さんの全身を見ていた。


「け、健司くんおはよう」


 字見さんは引きつった笑顔で挨拶をする。

 健司は嬉しそうにデレデレとして態度を見せる。


 すると、今度は俺のほうに接近してくる。


「字見ちゃん、ちょっと悠斗を借りていくぞ」


 そう言って字見さんから距離を取る。

 教室の外に連れていかれる。


「なんだよ、健司」


「なあ、悠斗、お前…字見と仲いいんだろ?」


「まあ、それなりにはな」


 なんか嫌な予感がする。


「俺さぁ字見のこと好きかも」


「まじかよ、お前この間、クラスのマドンナの美月さんのこと好きって言ってただろ」


「そうだけど、ほら字見ならさ奥手のやつだし、頼めば付きあえるかもしれないだろ?」


「お前、最低だな…」


 思わず呆れてしまう。


「だから、なんとか付きあえる方向に進めてくれない?なっ!」


「はあぁ……話す機会ぐらいあとで作ってやるから、あとは自分でどうにかしろよ」


 思わず深いため息が漏れる。


「まじサンキュー!!」


―――


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