第8話 字見さん視点

「本当に大丈夫かな?やっぱり帰りませんか?」


「そんな深刻なものじゃないから」


 ため息をつきながら、隣を歩く神凪愛羅さんに向かってつぶやいた。 今日は神凪さんとの約束で美容院に向かっている。

 普段はあまり来ることのない、オシャレ街で周りの華やかな雰囲気に圧倒される。

「なんか、緊張してきたかも…」


 小さな声で呟くと、神凪さんは優しい笑顔を振り返って、わたしを見つめた。


「大丈夫だよ、字見ちゃん。こういうのは楽しむことが一番大事だからさ」


「でも…本当にわたし、変わるのかな…」


「うん、変わるよ。っていうか、もう変わり始めてるじゃん。前の字見ちゃんを知ってる訳じゃないけど、自分で一歩踏み出そうって決めたんでしょ?それが一番の変化だと思うよ」


 神凪さんの言葉は、まるでわたしの心を見透かしているみたい。

 彼女の言葉に勇気づけられて、少しだけ前向きになれた気がする。


「おっ着いたよ。ここが字見ちゃんが生まれ変わる場所」


 緊張した手で扉を開ける。

 神凪さんは美容院に到着するなりいきなり


「こんにちはー!今日は字見ちゃんのイメチェンをお手伝いしに来ました!」


 元気な声で挨拶をした。


「おっ愛羅ちゃん、久しぶりだね」


 出迎えてくれた店員の見た目は、左右の髪の半分だけ借り上げ、もう半分は伸ばしいるという、奇抜なものだった。


「し、知り合いですか?」


「そだね。よくここで揃えてもらってるから、実力はおりがみつきだよ」


 神凪さんの髪、ほんとに綺麗だし…少し安心した。


「こちらに座って下さい」


 スタッフに誘導されて、椅子に座る。


「お、お手柔らかにお願いします」


 あまりのオシャレすぎる空間に委縮しちゃう。


「嬢ちゃん、そんな怖がらなくてもここ普通の美容院だから」


「す、すみません」


「じゃあ、今日はどのようにしますか?」


「あっあたしが答えまーす」


 神凪さんはスタッフと手際よく話を進めてくれた。

 わたしはというと、何をどうしたらいいのか分からず、ただ愛羅さんに任せっきりだった。


「じゃあ、まずは長さを少し整えて、それから明るい印象を与えたいので、前髪を少し軽くしてください」


 神凪さんは、髪と顔を交互に見つめながら指示を出してくれる。

 わたしは彼女の頼もしさに感謝しつつ、椅子に座り、ドキドキしながら鏡を見つめる。


 少しずつ軽くなる髪の重さ。これが…新しいわたしが生まれる瞬間なんだ。


「さあ、これで完成だよ。どう?」


 鏡に映る自分を見た瞬間、わたしは息を呑んだ。

 そこには、見慣れた自分の顔があるはずなのにまるで別人みたい。


「これが…わたし?」


 髪型一つでこんなにも変わるんだ。驚きと喜びが込み上げてくる。


「似合ってるじゃん、字見ちゃん」


「ありがとう、神凪さんほんとに」


「いいって、明日が楽しみだね」


「明日、誰に最初に見せるのかな」


「そ、それは…」


 神凪さん、からかうような笑みを浮かべている。


「なにその、沈黙。誰を想像したのかな?」


 や、やばい…意識しちゃった…顔が赤くなってる。

 鏡に映る自分の顔がほんのり赤みかかっていた。


「そ、そんなこと…」


「うんうん、分かる分かる。悠斗くんかな?」


「ち、違うよ!そんなわけないじゃん!」


 急いで否定したけど…神凪さん、ニヤニヤしてる…言い訳すればするほど怪しくなってしまう。


 恥ずかしくて、今すぐ帰りたいわたしは、財布を広げる。


「お会計すませて、すぐ帰るよ!」


「ちょっと怒らないでよ~」


 ―――


 その日の夜、家に帰ってからいつものように悠斗くんとオンラインゲーム

 普段と同じようにログインして、一緒に冒険を楽しむ。


「今日、美容院行ってきたんだっけ?どうだった?」


 ゲームの途中、悠斗くんがふとそんな質問を投げかけてきた。


 本当は今すぐに感想を聞きたいけど…


「当日のお楽しみ。今はボスに集中して」


 そっけなく返事したけど、明日彼に見せるの少し楽しみかも


 次の日、朝の登校時間、玄関でとある人物が来るのを待つ。

 すると、神凪さん背後から近づいてきた。


「おはよう、字見ちゃん。今日もいい感じだね」


「おはよう、神凪さん」


「そろそろ悠斗が来るぞ」


「なんでそこで悠斗くんの名前が出てくるの!?」


 悠斗くん…名前が出てくるたびにドキリとする。

 慌てて反論したけど、神凪さんにやにやしてる。


「あれ?最初に見せたい相手じゃないのか?」


「そうだけど、可愛い同盟のメンバーだから最初に見せたい…だけ…それだけ」


 必死に言い訳をするが、神凪さんはさらに追い討ちかける。


「ホントにそれだけか?顔は正直みたいだけど」


「ち、違う!もう、神凪さんったら!」


 わたしは赤くなった顔で、神凪さんをやさしくポコポコ叩く


 神凪さんは、わたしの反応に大笑いしながら、「まぁまぁ、冗談だって」と言いながら手を上げて降参のポーズを取った。


「じゃあ、そろそろあいつが来ると思うからわたしは教室にいくねー」


 そう言ってわたしが何か言う前にそそくさと、逃げていった。


 ちょっと、逃げるの早い。


「もう…からかってばっかり」


「………」


 それにしても、まだかな、くるの。


 ―――

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