第32話
混浴にいたのは、まさかの字見さんと愛羅さんだった。
二人ともバスタオルにくるまれたまま、湯気が立ち込める露天風呂でこちらを見ている。
「絶対来ると思ってたんだよね~!」
愛羅さんが指をビシッと俺に向けて言う。
「いや、ちょ、俺はその…たまたま!うん、たまたまこっちに来ただけで…」
「悠斗、混浴でたまたまは通じないよ?」
愛羅さんの指摘は容赦ない。どうやら俺の行動は完全に読まれていたらしい。
「ごめんね、わたしは止めようとしたんだけど…」
と申し訳なさそうに字見さんが言う。待ち伏せをするなら、別に浴室や入り口でも良かったのでは?
でもまあ、ここに来たのは俺だからな…文句は言えないか。
いや、違う!!俺は何も悪いことをしているわけではないんだ。
混浴に入っただけだ!合法だし!俺が堂々としてれば問題ない。
俺は2人の視線や言葉に臆することなく、どうどうと湯船に浸かる。
「ま、せっかくだし、一緒に入ろうよ。でもさすがに距離はとってね?チラ見くらいなら許すけど、じーっと見るのは禁止だから!」
愛羅さんはそう言っていが、若干戸惑っていた。
よし、俺の勝ちだな。
「わ、わたしも恥ずかしいから、できれば見ないでね…」
字見さんが顔を赤らめながら申し訳なさそうに続ける。
まあ、チラ見禁止でも、一緒の空間にいるだけでラッキーだし。
ここでの時間を楽しむことにしよう。…いや、チラ見はしないからな。ホントだぞ。
そんな風に心の中で独り言を呟くと、突然風呂の扉が勢いよく開く。
「ん?誰だ?」
タオルで隠すこともなく、一直線に俺たちがいるほうに近づいてくる。
「おやおや~ここにすんごい美少女が2人もいるじゃないか~?」
現れたのは、真っ赤な顔をした海里さん。
もうすでに酔っているのが一目でわかる。愛羅さんと字見をジーっと見て、字見さんをロックオンする。
「あれ~?今日は1人で来たの~?こんな美少女と出会えるなんて、何か運命感じちゃうね~」
字見さんに向かって、完全にナンパモードだ。
「海里さん、わたしですよ、字見ですよ?」
困惑しつつも、必死に字見さん。
「じ、地味?地味だって?いやいや、全然地味じゃないぞ!むしろ可愛いぞ~!」
酔っ払っているとはいえ、もう何が何だか分からない状態だな。
「いや、それがわたしの苗字なんです…字見っていう苗字なんです」
字見さんが訂正するが、酔っ払ってる海里さんにはまったく届いてない様子だ。
「もう、海姉!酔った状態で温泉に来たら迷惑だって!ごめんね、ここなっち!」
愛羅さんが困り顔で姉を制止する。
「あなたも凄く可愛いけど、遺伝子レベルで何かが訴えかけてきて、そそらないのよね~ごめんねー」
「それはあなたの妹だからだよ。もうせっかくの温泉だったのに」
楽しみにしていた温泉を、酔った姉の介護をしないといけなくなり、困り果てる愛羅さん。
そして迷惑を周りにかけないように、早々に引っ張っていく。
「ちょっと~あれ?どこに連れて行くの~?わたし湯船に浸かりに来たんだけどー」
「部屋に帰ってもらうだけだから!お姉ちゃん、酔いが冷めたらここなっちにダル絡みしたの謝ってよね」
「え~温泉入っちゃダメなの?」
「絶対ダメ」
「えー、あっ、字見ちゃんあとで連絡先交換しよ~!それじゃあね~!」
手を振りながら引きずられていく海里さんに、字見さんも困った顔で手を振り返す。
「…面白い人だよね、海里さんって」
字見さんが少し微笑みながら言う。
「そ、そうだな…」
海里さんって酔ったときはいつもこんな感じなのか…と頭の中がぐるぐるする。
実際、事前に海里さんが「両方イケる」っていう話を聞いていただけに、冗談じゃなく聞こえる。
愛羅さんと海里さんがいなくなると、浴室は一気に静かになった。
沈黙が流れる中、俺と字見さんは遠く離れて座ったまま、少しぎこちなくなった。
「ねえ、離れてると話しづらいから、もっと近づこっか」
突然、字見さんが言う。
なんだかドキドキする提案だけど、俺も無言で頷いてしまう。
ほんの少しだけ近づく。
「まだ遠いよ」
「えっ?あ、ああ…」
俺は心の中で焦りつつも、平静を装って近づく。いやいや、これはさすがに距離が近すぎるだろ!?
字見さんも、距離を一気に詰める。なんだこれ、変に意識しちゃうだろ!
「でも、正面向いて話すのは恥ずかしいから、背中合わせて話そうっか?」
お、おう、なるほどね。背中合わせなら安心だ。
お互いの肌が少し触れる感じがして、ちょっと緊張するけど、なんだか心地いい。
話しながらも、この距離感が妙に落ち着くのが不思議だ。
「最近はね、いろんな人と関わることが多くなって、悠斗くんと2人きりで話すの、久しぶりだなって思ってさ」
背中合わせに座りながら、字見さんがしみじみと語る。
「そうだな…確かに。最近はバタバタしてたから、こうしてゆっくり話せる時間もなかったもんな」
「もし悠斗くんと友達になってなかったら、こんな楽しい今日はなかったのかなって考えちゃった」
字見さんが、ぽつりと呟くように言う。
彼女の言葉に、ちょっと照れる。背中越しだからこそ、素直になれるのかもしれない。
字見さんの言葉が妙にしみる。確かに、俺も字見さんと出会ってから、いろんなことが変わった気がする。
俺だけじゃなく、彼女の人生も大きく変わったんだろうな。
「でも、ゲームの中でも親友みたいに接してたし、いつかはこうして今みたいな関係性になってたんじゃないか?」
自分でも意外と真面目な答えが出た。まあ、そういうことだ。
「なんか、運命みたいだね」
運命か…。そんな言葉を聞くと、妙に感慨深い気持ちになる。
「運命レベルで結ばれてるとか、ギャルゲーみたいだな」
ちょっと照れ隠しで冗談っぽく言ったつもりだったんだけど、字見さんは静かに「結ばれる…ね」と呟いた。なんだか、言葉の重みが違う。
彼女の人生が大きく変わったように、俺もこの関係に感謝してるんだよな。
ゲームの仲間だっただけの俺たちが、今こんな風に一緒に過ごしてるなんて。
「悠斗くんに、頼みたいことがあるんだけど…」
突然のお願い。いったい、何を頼まれるんだ?
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