第6話
昼休みのチャイムが鳴り、やっと退屈な授業から解放される。
字見さんというと、朝と変わらず人が集まっていた。
話しかけたかったが、売店に向かわないといけなくて、俺は教室を出てすぐに売店へと向かった。
いつも通り、目的は焼きそばパンだ。行列ができる前に急がないと、あっという間に売り切れてしまう。
「お、ラッキー、まだ残ってる」
人気商品の焼きそばパンは、いつもすぐに無くなってしまう。それを無事に手に入れ、俺は嬉々として屋上へと向かった。
今日は晴れていて、屋上でのんびりと昼ご飯を食べるのに最適な日だ。
屋上に到着すると、風が心地よく感じられた。
普段、昼休みになるとここに来る生徒は少ないため、静かな場所を探すのにはもってこいだ。
俺は端のほうに腰を下ろし、焼きそばパンの袋を開けた。
「いただきます」
一口目をかじり、もっちりとしたパンの中に広がる焼きそばの味わいを楽しんでいた。
その時――屋上の扉が静かに開く音がした。俺は軽く振り向き、誰かが来たのか確認する。
そこには、字見さんがいた。
彼女は肩を落とし、少し疲れた表情をしていた。
「字見さん?」
俺が呼びかけると、彼女はふらふらとこちらに近づいてきた。足取りはおぼつかず、まるで今にも倒れそうな雰囲気だ。
「悠斗くん、ここにいたんだ……」
字見さんはそう言いながら、俺の隣に腰を下ろした。
近くで見ると、やっぱり少しぐったりしているようだ。
「大丈夫?かなり疲れてるみたいだけど」
「うん、ちょっと……朝からずっと話しかけられて、ちょっと……疲れちゃった」
字見さんは、軽くため息をついた。
イメチェンを図った彼女には、確かに朝から多くの注目が集まっていた。普段、目立たない存在だっただけに、その変化がいっそう衝撃的だったのだろう。
「それは大変だったね。さっきも教室でみんなから話しかけられてたしな」
「うん……みんな優しくしてくれるのは嬉しいんだけど、ちょっと疲れちゃった。だから、ここで少し落ち着きたくて……」
字見さんが屋上に来た理由を聞いて、俺は納得した。確かに、屋上ならば人も少なく、静かな時間を過ごせるだろう。
そんな彼女に、少しでもリラックスしてもらいたいと思った俺は、ただ隣で一緒に時間を過ごすことにした。
「まあ、無理しないで。ここなら誰も来ないし、ゆっくり休んでいいよ」
「ありがとう、悠斗くん。少し元気出たかも…」
字見さんは微笑みながら、持っていたお弁当の蓋を開けた。色とりどりのおかずが詰まったお弁当が目に入る。
「そういえば、朝のことなんだけど…クラスのみんな、字見さんが可愛くなったって騒いでたね」
俺は何気なくそのことに触れた。すると、字見さんは少し照れくさそうに顔を赤らめた。
「混乱してて、あまり覚えてない。なんだか、みんなが急に話しかけてくれて、どう反応すればいいのか分からなくて」
「それだけ字見さんの変化が大きかったんだよ。まあ、俺もびっくりしたけどさ」
「そうかな……でも、まだちょっと慣れないかも」
字見さんは照れくさそうにうつむきながら、箸で弁当の中の卵焼きをつまんで口に運んだ。その仕草が可愛らしくて、俺は思わずニヤニヤしてしまった。
「一気にレベルが10ぐらい上がったんじゃない?」
「うん。でも、まだまだかな。少しずつだけど、自分を好きになれるように、自信をつけていきたいなって」
レベルMAXに到達できるように、手伝わないとな。そう思いながらパンを口に運ぶ。
しばらくの間、静かな屋上で俺たちは一緒に食事をする。
穏やかな日差しによって、字見さんの疲れた顔が少しずつほぐれていくのが分かる。
ボーっとしながら食べていると、字見さんは急に箸を止める。
「ところで、悠斗くん…お昼ご飯は焼きそばパンだけ?」
字見さんが突然、俺の手にある焼きそばパンを見つめながら言った。
「そうだよ。人気ですごくうまいんだぞ」
「それだけだとお腹減らない?あと栄養も偏っちゃうよ」
心配そうな表情で、俺と焼きそばパンを交互に見つめる。
「え、そうなの?でも、これ美味しいし、思ったより腹に溜まるんだよ」
「うん、そうかもしれないけど……でも、それだけじゃあんまり良くないよ。少しでもいいから、野菜とか他の栄養も摂らないと」
字見さんは、弁当の中から少しの野菜と卵焼きを取り出し、俺に差し出してくれた。
「ほら、これ。少しだけど、一緒に食べよ」
俺は少し戸惑いながらも、その優しさに甘えることにした。
食べようとしたけど、あいにく箸を持ち合わせていなかった。
素手で手べようとしたけど、他人の弁当なので、少しでも綺麗にしようと手をハンカチで拭く。
その行動に字見さんは不思議そうに見ていた。
「どうしたの?遠慮しなくていいよ」
「そのー、箸を持っていなくて…」
「……悠斗くんこっち向いて」
「どうした?」
「……はい、あーん」
「えっ?」
思ってもいない行動に、思考がショートする。
「ご、ごめん。変だよね。そんなキャラじゃないし。売店にたしか割り箸あったよね。持ってくるよ」
「いや、全然変じゃないよ。女子からあーんしてもらえると思ってなくて、思考停止しただけだよ」
「嫌だった訳じゃないの?」
「全然嫌じゃないよ!」
字見さんが微笑んで「よかった」と小さく呟く。
「じゃあ、もう一回いくよ」
字見さんは、改めて卵焼きを箸で摘まみ、俺の口元へと差し出した。
「あーん」
口に入れた瞬間、ふわっとした卵焼きの甘さが広がる。優しい味が心に染み渡るようだった。
「どう?おいしい?」
字見さんは少し不安そうに尋ねる。
「うん、すごくおいしいよ」
俺がそう言うと、彼女はホッとしたよう表情を見せる。
「よかった。お母さんが作ってくれたんだけど、最近少しずつ自分でもお弁当を作るようにしてるんだ」
「へぇ、すごいじゃん。自分で作ったやつも絶対おいしいと思うよ」
「そうだといいな…もっと練習しないと」
なんだか普段の彼女とは少し違う一面が見えた気がして、俺にはその姿が一層魅力的に思えた。
「もしよかったら、今度、味見してほいし…かも」
「俺でよかったら全然するよ」
朝の盛り上がりとは逆に、昼休みはゆっくりと過ごした。
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