第42話

 突然ですが、俺には好きな人がいる。それは――字見恋夏だ。


 字見さんと俺の関係は、最初はただのクラスメイトだった。隣の席に座っていたという、それだけの接点。

 会話も最低限、課題や授業のことをたまに話す程度で、特別な思いなんてなかったはずだ。


 でも、ゲームを通じて知り合った人と仲良くなり、そこからオフで会う約束をするようになって、初めて気づいたんだ。


 その人が字見さんだったということに。


 オフ会で実際に会って、彼女の笑顔を見た瞬間そのとき俺の中で、何かが変わった気がする。

 彼女はいつも冷静でクールなイメージだったけど、その日は違った。自然体で、笑顔が可愛くて、何よりその無邪気さに驚いた。


 思い返すと、それが字見さんに対して初めて「可愛い」と思った瞬間だった気がする。

 それから、彼女をもっと知っていくにつれて、どんどん惹かれていった。


 一緒に過ごす時間が、俺にとっては日常の一部になり、彼女との会話が自然と楽しくなっていく。

 気がつけば、いつも心のどこかで彼女のことを考えていた。


 そしてそんな俺の背中を押してくれたのは、愛羅だ。彼女は、いつも俺のことを支えてくれた存在。

 時には強引に、時には優しく、俺たちを前へと引っ張ってくれるその姿に、何度も助けられた。


 彼女がいなかったら、きっと俺はここまで来ることができなかったと思う。


 愛羅に感謝してもしきれない。彼女はいつも、俺が迷っている時に正しい方向を示してくれた。

 告白しようと決めたのも、愛羅のおかげだ。彼女がくれた勇気がなかったら、きっと今でも友達という関係で満足したままだったはずだ。


 そんな俺が、今夜、字見さんに告白しようとしている。


「頑張れ、俺」と、自分を鼓舞しながらスマホの画面を見つめる。アイコンに映る字見さんの顔、これをタップすれば、今夜の予定が大きく動き出すんだ。

 ただ、「祭りに行こう」って誘えばいいだけ。それだけのことなんだ。


 けど、実際はその「だけのこと」がすごく難しい。スマホを握りしめる手が微妙に震えているのが分かる。

 緊張しすぎて、呼吸すら浅くなってる気がする。


「落ち着け、ただ誘うだけだ」と心の中で繰り返す。電話のアイコンに指を伸ばし、軽くタップする。

 するとコール音が鳴り始め、胸の鼓動が一気に早くなっていく。もう引き返せない。


『もしもし』


 字見さんの声がスマホ越しに聞こえてくる。その瞬間、全身が緊張でこわばる。

 まるで、何か大事な試験を受けているような気分だ。


「あ、字見さん、おはよう」


 自分でもわかるくらい声が震えてる。もっと落ち着けよ、俺。


『おはよう、悠斗くん』


 彼女の声はいつも通り、穏やかで優しい。それが逆に、俺の焦りを加速させる。

 こんな普通の会話すら緊張で上手く話せないなんて、情けない。


「あのさ、今日って……暇?」


 不自然にならないように、できるだけ軽く聞いたつもりだったけど、内心はかなり緊張している。

 下手したら、バレてるかもしれない。


『うん、暇だよ。どうしたの?』


 字見さんの返答はいつもと変わらない。

 でも、この次の言葉が肝心だ。どう切り出すかで、すべてが決まる。


「もしかしてゲームする感じ?最近一緒にできてなかったもんね」


 ゲームか…確かに、最近一緒にプレイしてなかったな。彼女はゲーム好きだし、そこを誘うのは間違いじゃない。

 けど、今日の目的はゲームじゃないんだ。


「いや、ゲームもいいけど…」


 深呼吸して、気持ちを落ち着ける。今こそ本題に入る時だ。


「今日さ、祭りがあるんだけど…一緒に行ってみない?」


 思わず言い切った。心臓がドキドキして、頭の中が真っ白になりそうだった。


『祭り?うん、いいよ。何時集合?』


 …成功だ。字見さん、断らなかった。思わずホッとする。


「花火が夜にあるから、夕方くらいに集まれたらちょうどいいかも」


『そうだね。じゃあ、愛羅ちゃんにも伝えておくね』


 ――ん?


「ちょ、ちょっと待って」


 愛羅に伝える……いやいや、そうじゃない。

 今日の祭りは、俺と字見さんの二人で行くんだ。そのために勇気を出して誘ったんだから。


『どうしたの?』


 一瞬、言葉が詰まる。でも、ここで引いたら意味がない。


「字見さん…その、俺と、2人で行こう!!」


 言ってしまった。完全に言ってしまった。もう後には戻れない。


 電話の向こうで、しばらく沈黙が続いた。心臓が止まりそうなくらい緊張している俺の耳に、字見さんが慌てている様子が伝わってくる。

 どうやらスマホを落としたのか、ドタバタと物音が聞こえた。


「う、うん、いいよ。悠斗くんがそう言うと思ってなかったからビックリしちゃった」


 字見さんが少し動揺している様子が伝わってきて、俺は逆に安心した。良かった、断られなくて。


「ご、ごめん。どうしても2人で行きたかったからさ」


 俺の言葉に、字見さんが小さく笑う声が聞こえた。


『そっか。じゃあ、2人で行こうね』


 ホッと一息ついた俺は、スマホを手に持ったままベッドに倒れ込んだ。

 もう全身から緊張の汗が噴き出している。


 これで、祭りの約束は成功だ。


 けど、これからが本番だ。今日、祭りの夜に、字見さんに告白するつもりでいる。そう決めたのは、愛羅があの時に背中を押してくれたから。

 俺がこのチャンスを逃したら、後悔することになる彼女がそう教えてくれた。


「頑張れ、俺」




 ――字見視点――



 通話を切ると、わたしは深く息を吐きながらソファーに座り込んだ。


「悠斗くんと…2人で祭りかぁ…」


 まだドキドキしている。

 今まで一緒にゲームをして、クラスでも何度か話したけど、2人きりで出かけるなんて初めてだ。


 もちろん、何気ない友達との外出の一環だって、普通なら考えられる。でも、今回の誘いは少し違う気がした。

 彼が最後に、わざわざ「2人で」って言った言葉がずっと心に引っかかっている。


「どうしよう…」


 一瞬、自分の顔が熱くなるのを感じた。

 こんな風に誰かと祭りに行くなんて、しかも2人きりなんて、全然想像していなかった。


「…あぁ、でも、だからこそ相談しなきゃ」


 スマホをもう一度手に取り、愛羅ちゃんに連絡することにした。

 こういう時、やっぱり頼りになるのは愛羅ちゃんだ。


 通話ボタンをタップすると、すぐに応答してくれた。


『もしもし、ここなっちどうしたの?』


「えーと、それがね、今日祭りがあるでしょ?わたし、それに行くことになって…」


『ふむふむ、それで?時間あるなら一緒に行く?』


 愛羅はいつものように明るく聞いてくれるけど、わたしは少し言いづらくなってしまった。


「ご、ごめんね。その…もう約束してる人がいて…」


『あちゃー、遅かったか~』


 愛羅は軽く笑いながらそう言ったけど、わたしの心臓はまた一瞬ドキリとした。

 彼女は何も知らないけど、どうしてもその「誰か」と一緒に行くということを強く感じてしまう。


「その相談なんだけど、どんな服装で行けばいいかなって思ってて…」


 わたしはできるだけ軽い調子で聞く。


 一瞬、愛羅ちゃんの声が途切れたけど、すぐに察したように彼女が反応した。


『もしかして、男か~』


「か、からかわないでよー」


 自分でも声が少し上ずっているのが分かる。こういうことに疎い自分が恥ずかしくなる瞬間だ。

 彼女は、からかいながらもアドバイスをくれる。


『祭りだし、浴衣でいいんじゃない?』


「浴衣…かぁ。持ってないかも」


 浴衣を持ってないことを思い出し、少し落ち込む。

 やっぱり普通の服で行くべきかな?


 しかし、そんなわたしを気にかけて、愛羅ちゃんがすかさず助け舟を出してくれた。


『じゃああたしが貸してあげるよ!』


「え、ほんとに?あ、ありがとう!!」


 嬉しさで声が弾む。

 やっぱり愛羅ちゃんは頼りになるし、優しい友達だ。


『あとで渡しに行くから、準備しといてね』


「うん、ありがとう。ほんとに感謝してるよ!」


 通話を切った後、ホッと息をついた。愛羅ちゃんに相談できて良かった。


 電話を切った後、スマホを手に持ちながらベッドに腰を下ろし、深呼吸をした。

 相談して少し気持ちが落ち着いたけど、それでも心臓の鼓動はまだ早いままだ。


「悠斗くんと、2人で祭りに行くんだ…」


 声に出してみると、改めて実感が湧いてきて、なんだか顔が赤くなってきた。

 悠斗くんが「2人で行こう」って誘ってくれるなんて、少しも予想していなかったから、さっきの電話の時は心臓が飛び出しそうだった。


 それにしても、どうして急に2人で?と不安になりつつも、どこか嬉しい気持ちが胸を支配していた。


「ふふ、どうしよう…」


 気づけば、口元が自然に緩んでいた。そうだ、まずは準備だ。愛羅ちゃんが浴衣を貸してくれると言ってくれたのが、本当にありがたい。

 浴衣なんて、最後に着たのがいつだったかすら覚えていないけど、こういう特別な日にこそピッタリだよね。


「浴衣を着て、悠斗くんに会ったら…どう思ってくれるかな?」


 少し恥ずかしい気持ちもあるけど、いつもは見せない自分を見せるのも悪くないかもしれない。

 悠斗くんがどう反応するのか、想像するだけで少しドキドキしてしまう。



 ――愛羅視点――


 ここなっちから電話を切った後、あたしはしばらくその場に立ち尽くしていた。


「ふーん、そういうことね…」


 思わず1人で呟いてしまう。

 祭りに行く予定があることを聞いた瞬間、何となく悟ってしまった。


「後悔しないように、って言ってたけど…行動に移すまでが早すぎでしょ…なんだよ……やるじゃん、あいつ」


 自分のことを少しは引きずってほしいという、ワガママな考えが巡り寂しい気持ちになる。

 でも、何より悠斗が前に進む姿を想像して、自然と笑顔がこぼれた。


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